レビューお礼 【第三部読了後にどうぞ】

【レビューお礼】① 洗髪

【レビューお礼】viola-sumireさま宛 ①


(※第三部、20話の直前あたり、ニザランでリアナが目ざめる前のお話です)



♢♦♢

 

 フィルバートはたらいに張った湯に手をさしいれ、温度を確かめた。


 ツリーハウスの中は暖かく快適で、寝台に眠る少女の頬はかすかに赤みがさしていた。顔の見えない癒し手は、リアナの〈竜の心臓〉の働きを弱める装置を入れたと聞いている。医学的なことはフィルにはわからないが、少なくとも顔色はずっとよくなっていて、それが彼の支えになっていた。


 寝台から彼女を抱えて下ろし、床のたらいに髪を浸す。頭皮にも湯をかけて、しばらく待ってから洗髪をはじめた。

 この体勢はあまり好きじゃないな、と、何度目になるかわからないが思った。連隊の部下たちの何人かをこういう体勢で看取ったことを思いだすからだ。でも、ニザランの王の女官たちに彼女の洗髪まで任せたくなかったので、しかたがない。

 女官から渡された石鹸は、意外にもイーゼンテルレの流行りのものだった。泡立てると、なにか彼の知らない数種の花の香りがする。

 片手で細い首をささえ、もう片方の手で地肌を洗う。最初は泡立てるのも大変なほど汚れていたが、ここ数回はほとんど汚れもなく、頭皮も髪もきれいだった。耳の後ろや襟足からはじめ、片手だけで器用に洗っていく。



 きい、と扉が開いて、小柄な子どもが猫のように身を滑らせて入ってきた。フィルが剣に手を伸ばすことはなかった。はじめてのことではなく、足音でだいたいわかってもいたので。

 とはいえ、最初に剣を向けられたことと、そのときの約束を子どものほうではちゃんと覚えていた。手を挙げてなにも武器となるものを持っていないことを示してから、一定の距離を取り、男の作業を眺めている。


 ちゃぷん、ぱしゃん、と水の音。

 丸窓からは明るい冬の日差しが降りそそぐ。


「……今日も眠っている」赤毛の子どもが言った。しゃがみこんで、まるまるとした子どもっぽい手で頬を支えている。

「白竜の王はヘビなのか? エサも食べないのか?」


 フィルは答えた。「冬眠のことを言っているなら、彼女は違うよ。眠っているだけだ」

「ふうん」

 ここ何日か、こうやってときおり現れる子ども。時代がかった言葉で話す、オッドアイの奇妙な子で、宮廷の関係者らしい。だが王族でないフィルは興味がなかったし、彼女のほうもそれを誇示するわけでもなかった。

 フィルは子どもというものをよく知っていて、その基準からすると彼女は静かな部類に入る。女児だからかもしれない。

 年下の従弟いとこの子守をしていると、男児というのは本当に世をはかなみたくなるほどあらゆるものをダメにしてしまう生き物なのだと思う。自分もかつては、その種族の一員だったはずなのだが。

 それに、リアナも、なかなかやんちゃな子どもだったと言っていたな。畑を荒らすノウサギを六匹も仕留めたとか。それを武勇伝のように話すのが、またかわいくて……。


「冬眠していたヘビが死んでしまったんだ。ちゃんと冷たい土をかけてやったのに」

 子どもは思いついたままのように、とりとめなくしゃべっている。「白くてきれいなヘビだった。クリーム色の縞が入っていたんだ」


「それだけじゃわからないな。急激に温度が変わったか、冬眠前に内臓が弱ってたとか」手を動かしながらフィルは答えた。「ヘビを越冬させるのはけっこう難しいよ」

 手早く洗い終えたところで、念入りにすすぎはじめる。石鹸が残ると肌に悪いだけでなく、衛生的にもよくないので、ここが大切なところだった。


 少女は青と黄の目でじっとリアナを見つめていたが、ふとつぶやいた。


「その子を洗うのを、やってみたい」

「ダメだよ」

 フィルはリアナから目を離さず、おだやかに言った。「触っちゃダメだ。俺以外は」

「どうして? ヘビのときみたいにはしない。気をつけて、そーっと触るから」

「いいや」

 おだやかだが、有無を言わさぬ口調だった。


「ふうん……」

 子どもは残念そうにため息をついた。『自分は大人だから、子どものように駄々をこねたりはしない』とでも言いたそうな、未練たっぷりのため息だった。


「はやく目が覚めてほしい?」子どもがまた訊いた。


「ああ」耳に水が入らないように注意しながら、フィルは湯を流した。無防備な頭は重く、温かい。

「こうやって眠っているあいだは、俺の手から逃げていったりしない。どこかへ飛びだして無茶なことをしないかと気をもむこともない。ほかの男のものになることも」

 流し終えた頭を浴布でつつみ、大切なものを扱う手つきでそっと水気を押し取っていく。

「……それでも、早く目覚めてほしいよ」


 赤毛の子どもは、『よくわかっている』とでもいいたげな、その実なにもわかっていない鷹揚なうなずきで答えた。「ここには、いたいだけ居ていいんだぞ。その子には余の毛布をわけてあげる。ボートにも一緒に載せてあげる」


「元気になったらね」フィルは笑みを返してやった。「どうもありがとう」



 そして、気がつくと子どもは来たときとおなじくらい唐突にいなくなっていた。フィルは顔をあげてそれを確認すると、再び髪を拭く作業に戻った。






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レビューありがとうございましたm(_ _)m

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