第3話~なかなおり、しよ?~
それは偶然でも何でもなく。
全ては最初から仕組まれていた。
「えっ!?えええええ園長さん!?どうしてここに!?」
その事に気付いたのはずっと後で。
今日は大好きなアイドルのライブがあって、隣にはもっと大好きなあなたがいて。
こんな幸せな時間が永遠に続けばいいとその時は思っていた。
でも
そうはならなかった。
第3話~なかなおり、しよ?~
◇
「PIPライブ会場はこちらでーす!まもなく開演しまーす!」
会場に着いたタヌキはまずその人の多さに圧倒された。どこもかしこもPIP最後の勇姿をひと目観ようと全チホーから集まってきたPIPファン、通称フリッパーで溢れ返っている。
「うわぁ……物販並んでたらすっかり遅れちゃった」
これでもだいぶ時間に余裕を持って行動していたのだが物販はチケットの有無に関わらず購入出来る為当然その混み具合は会場内よりも激しい。結局買えたのは今着てるこのTシャツだけだった。
「えっと……これも持ったしあれも持った、よね。あとは……」
自分のブロックへ向かいながら彼女は装備を確認する。両手にはそれぞれセカンドとサードライブのサイリウム、首からフォースライブのタオルをぶら下げ頭にはファンクラブ限定ライブのキャップ、そして胸には光り輝くPIP Finalの文字…大丈夫だ問題無い。
PIPのライブに参加するにあたって過去のライブグッズを身につけるのはある種のお約束みたいなものでそれを見ればその人のフリッパー歴もひと目で分かる。ここで更にファーストライブのリストバンドも着けていれば立派な最古参フリッパーの完成なのだが、そこまでの存在は最古参一歩手前のタヌキですら今まで見た事が無かった。
「(あっ!?凄い!この人ファーストからのファンだ……)」
しかしそこは流石ファイナル。ちょうど目の前で同じようにチケット番号を確認していたその男性の腕には誇らしげに紫色のリストバンドがはめられていた。
今でこそPIPはここまで人気になったが実際は下積みも長く、様々なちほーを巡ってはライブを繰り返し行ってきた。その頃から彼女達を支えてきたファンが今目の前にいる。タヌキはありがとうございます、と心の中で感謝しその脇を通り過ぎようとした。
「……ってえっ!?えええええ園長さん!?どうしてここに!?」
紫バンドの男性が顔を上げる。
そこにいたのはいつもの凛々しい姿からは想像も出来ない、どこからどう見てもただの一PIPファンの姿をした園長だった。
「あ、あの………えっと………」
気まずい。昨日逃げるようにして彼の元を去ってしまった上にまさかこんな所で、しかもこんな形で再会するとは思ってもみなかった。心臓が胸を裂くように鼓動するのを必死で抑え何とか平静を保つ。
一方彼の方はというと、そんなタヌキの事などお構いなしに興奮した様子で挨拶してきた。まるで昨日の事など無かったかのように。
しかしそれもそのはず、何と彼もまた同じように“とある人物”からチケットを譲ってもらってここに来たのだという。
「え!?それってまさか……!!」
急いで彼のチケットと自分のチケットを見比べる。
やられたと思った。
そこにはペアを意味する連番がありありと記されていた。まんまと彼女に一杯食わされたのだ。
恐らく初めからこれが目的だったのだろう。彼女の事だからもしかしたら観客に紛れて今もどこかから観察しているかもしれない。そう思うと少し寒気がするのと同時にその気遣いが身に沁みた。
「フェネックちゃん………恐ろしい
実際のところ彼女には感謝してもしきれない。彼女のお陰で今こうしてまた園長と話す事ができ、ずっと行きたかったライブにも来る事ができたのだ。彼からしてみてもこの状況はまさに僥倖だったろう。
「それにしてもビックリしちゃった……。まさか園長さんが初期からずっと応援してるフリッパーだったなんて……」
セカンドからファンになったタヌキにとって初期の頃の話はよく知らないが、彼は実に楽しそうにその当時の事を語ってくれた。まだライブハウスでグッズも全てメンバーが手売りしていた時代、初めて買ったのがこの紫のリストバンドで今でもこれは自分とPIPを繋ぐ宝物なのだという。誇らしげに掲げる右手が照明に照らされて眩しい。
「そうだったんだ……。でもいいなぁ。私ももっと早くにファンになってればよかったな」
そんなタヌキを見てちょっと調子付いたのか彼はまるで印籠のようにその手をずい、と近づけてきた。どうだいいだろうと見せびらかす仕草はまさに子どもだ。
「べ、別に羨ましくなんてないもんっ!園長さんのいじわる!」
気が付けばタヌキは夢中で話していた。思えば彼とこうやって共通の話題で話した事は一度も無い。いつも一方通行か、通行すら出来ずに終わるパターンが殆どだ。それがたった一つ、共有できる話題があるだけでこんなにも変わるものなのか。そんな事に気付けただけでも少し勇気が出た。
ただ喋っているだけで心が満たされる幸せな時間。本当は羨ましいしもっと意地悪だってされたい。いつもは素直になれないタヌキもこの時ばかりは気持ちが揺らいだ。
思わずそのリストバンドにも手が伸びそうになる。その時ふいに動いた彼の手とぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
二人分の声が重なる。先に謝ったのは園長の方だったがその理由はタヌキが思っていたのとはちょっと違っていた。
「え?昨日の事でずっと謝りたかった……?」
彼は頭を下げる。ちっとも忘れてなんていなかった。
もしかしたら何か悪い事を言ってしまったんじゃないか、さくら味のジャパまんはもう嫌いになったんじゃないか、そして一度自分の前から消えていったのはやはり自分に何か原因があったんじゃないか…。
堰を切ったように口にした言葉はそのどれもが自分を責めるものであり、そしてタヌキを心配するものだった。
「そ、そんな事ない……!あれは勝手に私がいなくなっただけだし……園長さんは何も悪くないよ!」
そうだ。悪いのは全部自分だ。自分の軽はずみな行動が彼を苦しませてしまった。
本当は好きで好きでたまらないのに、その気持ちに素直になれなかったせいで余計な心配を掛けてしまった事に嫌悪する。周りの喧騒がやけにうるさく感じた。
「……え?これって……」
彼は持っていたリストバンドを外すとタヌキに渡す。仲直りの印だという。
「えぇ!?そ、そんな悪いよ……。だってこれお宝みたいなものだってさっき……」
しかし彼は聞き入れようとしない。これがどれ程価値のあるものなのかは彼自身一番良く理解している筈だ。それでも受け取って欲しいと譲らないのはそれだけ本気という事なのだろう。緊張しているのかその手は固く握られていた。
「あ、ありがとう……!私、大事にするね」
ホッとした彼から安堵の息が漏れる。正直なところ自分のお下がりだから貰ってくれるのか不安だったらしい。こんな事なら家にある予備を持ってくれば良かったと嘆いている。
「……そ、それは別に良いというかむしろそっちの方が嬉しいというか……じゃなくて!!」
昂ぶる気持ちを抑えそのリストバンドを付けるとじんわりと温かい感触が伝わってきた。その温もりがたった今の今まで彼が身に付けていた事を感じさせる。
まるで彼に腕を掴まれているような、そんな幸福感がタヌキを満たす。いつかはこんな風に腕ではなく手を、それも直接握ってくれたらどんなに幸せだろうか。いやむしろこれでも十分幸せじゃないか。これ以上何を望む事があろうか。そんな風に今を噛み締めながら妄想にふけっていた。
だからその時後ろの方からけたたましい爆発音が鳴り響いた事にも気付くのが一瞬遅れてしまった。
『セルリアンだーーーーーーー!!!!!!』
残酷な現実が虚構を引き裂いた。
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