私のお母さん

お母さんになってくれたエリカちゃんは、保育園の迎えもしてくれた。

いつもぎゅーっと抱きしめていってらっしゃいって言ってくれる。

いつも笑顔でお帰りと言ってくれる。


「ユズちゃん、お母さんが来てくれて良かったね。」


保育園の先生や、友達のお母さんが言ってくれた。

私は元気よくニコニコ返事をしていた。

嬉しくて、私はエリカちゃんのことをお母さんと呼ぶようになった。

そしてみんなに自慢した。

エリカちゃんがお母さんにになってから

お父さんは帰宅時間が少し遅くなった。

いつも一緒に食べられた夕食にお父さんの姿がないこともあった。

それでも私にはお母さんがいるから良かった。

毎日が楽しかった。

お父さんの帰りが遅いとお母さんが私とお風呂に入ってくれる。

いつもはお父さんが私の髪の毛や身体を洗ってくれる。

だけどお母さんは違った。


「ユズはもう5歳だから頑張って洗う練習しようね。」


その他にも、いつもはおばあちゃんが私の好きな物だけを食卓に並べてくれたけど

お母さんは違った。

私の苦手な野菜も沢山食卓に並んだ。


「一口でもいいから食べてみようね。」


寝る時間も決められた。

着替えも自分でやるように言われた。

お母さんは毎度上手くできない私を応援してくれた。

最初は初め自分でやるということが楽しかったけれど、それは始めだけだった。

暫く経つ頃にはお母さんは意地悪だと思うようになった。

お風呂で髪の毛を洗ってる最中に私は曇った鏡にお絵かきをしたりして洗っていることを忘れてしまう。

食事中にはテレビにかじりつき、食べ終わるのには2時間かかる。

それも殆ど残してしまう。

そんな私に何度もしつこいくらいに声をかけてきた。

ある日、いつものように朝食を済ませて部屋で着替えをしていた。

お母さんはキッチンで朝食の片付けをしていたから一人で。

まだ上手く着替えられない私は沢山時間がかかる。

ズボンが上手に腰まであげられずにもがいていると

目の前に昨日のやりかけていた折り紙が目に入った。


あ、これ最後まで折らないで寝ちゃったんだ。


思い出した私は折り紙の続きをやり始めた。

できた折り紙を見て、今度は黄色の折り紙に手を伸ばした。

その次も、またその次も、3枚の折り紙が完成したところで部屋のドアが開いた。


「ユズ、着替えできた?」


お母さんだ。


「あ、今やる!」


折り紙に夢中になって着替えをしている最中だったことを忘れていた。

折り紙をカーペットに置いて結局着替えはお母さんに手伝ってもらった。

準備ができて玄関を出る時、靴を履こうとするがこれもまだうまくできない。

脱ぐのは簡単なのになんで履くのは難しいんだろう。

そんなことを考えながら履いていたら傘立てが目に入った。


あ、この傘はユズのやつだ。

黒いのはおじいちゃんのかな。

そういえばお父さんが傘さしてるのってあんまり見たことないかもしれないな。


「ユズ!ユズちゃん!」


ハっとして我がにかえる。

靴を履いてる最中だったことを忘れてしまっていた。


「ユズ大丈夫?何度も声かけたのに聞こえなかった?」


私にはそんなに沢山声をかけられた記憶が無かったし

そんなに時間が経ったようにも感じられなかった。


「え。そうだっけ?」


「うーん。まぁ、いいか。」


お母さんは少し考える素振りを見せたが、何事も無かったように笑顔になり

手を引いてくれて保育園まで一緒に行った。


「ユズのお母さん可愛いね。いいなぁ。」


友達によく言われるようになった。

前は自慢ばかりしていたけれど少し愚痴を言いたくなった。


「だけど意地悪だよ。ユズにばかり何でもやりなさいって言うもん。」


「カレンのお母さんも怒ったら怖いよ。昨日も怒られたし。」


ふーん。

お母さんっていい時ばかりじゃないんだな。

そんなことを考えながら今日も保育園が終わった。

それでもお母さんが迎えに来てくれると自然とみんな笑顔になる。

それは私も同じだった。

迎えに来てくれた母の姿を見ると嬉しい。

その日は帰宅するとお父さんが既に帰ってきてた。


「ユズ、お帰りなさい。」


久しぶりに一緒にお風呂に入った。


「ユズね、一人で洗えるんだよ!」


自慢したくて仕方なかった。


「凄いね。ユズはお姉ちゃんになったんだね。」


お父さんに褒められて嬉しかった。


だけど身体を洗っている最中に泡でシャボン玉を作ったりして遊んでしまい

結局お父さんが洗ってくれた。


お風呂から上がって着替えを手伝ってもらい歯磨きをしてもらった。

今日は一人で寝るんだ、だってお姉ちゃんだもん!

とお母さんに言って一人寝室に入った。

お父さんにお風呂場で言われたことが嬉しかったから。

でも本当はちょっと寂しかった。

そして段々と暗い部屋で心細くなり怖くなってきた。

中々寝付けられなかった。

私は気付かれないようにゆっくりと寝室のドアを開けた。

廊下に出るとリビングのドアからはまだ明るい光が漏れていた。

お父さんとお母さんの姿を見たら安心して寝られるはず。

そう思い、また静かにリビングのドアに近づいた。


「ちょっと心配ね。ユズちゃん。」


「エリカは気にしすぎるんだよ。まだ5歳だぞ。」


「気にしすぎで済むならいいんだけど万が一のことがあったら心配じゃないの?」


私の話だ。

でも、何の話をしているのかが分からなかった。


「小学校に上がる時また様子を見て考えよう。」


「そうね。」


よく分からなかった。

ドアを開けようか迷っているとトイレからおばあちゃんが出てきた。


「あら、ユズちゃん。寝られないのかい?」


「うん。」


「そうかい。おばあちゃんと寝るかい?」


「うん!」


お母さんが来てから、おばあちゃんと寝ることは無かった。

久しぶりのおばあちゃんの匂いに温もり。

安心して寝付くことができた。

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