第5話「早起きは損」

ヒロ子が嫁いで一年経とうとしていた

だいぶ色々な事に馴れてはきたが伊田家の人間は相変わらず変わっていた


富美雄は昼間は寝ていて夕方近くなると起きてきて仕事を始める

そう、富美雄の代では青果市場はおろか漬物屋も閉めて電気屋をしていた

富美雄は子供の時から時計や蓄音機があると分解して中身を見たがるが元に戻せないので親戚の家に富美雄が来ると機械類を隠されていた

機械や電気機器を触るのが好きだったらしい


また父の弥兵衛譲りの大変な酒好きで酔っぱらって店の看板やバスの停留所をバカ力に任せて持ち帰ったりしてある時などは久留米税務所の看板を持ち帰り家の前にご丁寧に立てかけてあったが朝起きてヒロ子が見て驚いた

今でもそうだがいくら酒の上とはいへ犯罪である

富美雄を叩き起こし看板をすぐ持っていくよう言うが酔いが覚めた富美雄にそんな力もなくヒロ子は恐る恐る久留米税務所に電話をして

「あの・・・うちの前に税務所さんの看板がですね・・・」

すると税務所の受付も

「そうですか、すいません、所員がすぐ取りに行きますんで、ご連絡ありがとうございます」

と・・・ヒロ子は怖くて引取りに来た税務所員にお茶とお菓子を出してわざわざご苦労様ですと言った態を表していたが富美雄が酔って持ってきたなどとは怖くて言い出せずにいた

こんな事でよくヒロ子を困らせて相変わらず祖母のスミの煙管片手に

「富美雄ちゃん!そげなこつ通らんばい」

の小言も何の効果もなかった



祖母のスミとヒロ子は仲が良くスミは

「ヒロ子さ〜ん」

と気やすくヒロ子にあれこれ頼み事をしていた

中でもヒロ子に頼んで作ってもらったちゃんちゃん子が気に入っており毎日これを羽織っていた

またスミの楽しみがテレビであり当時、時代劇が毎日のやうに放送されていると

「こん人は昨日は町人で殺されたとにから今日は侍になってからこげん悪うなっとるばい」

とテレビに向かい真剣になって怒っていたのがヒロ子にとって可笑しかった

ヒロ子を実の孫同様に可愛いがってくれたスミもヒロ子に見守られ息を引き取った



またこの頃、義姉の広子の主人の孝の容態が悪くなり久留米の大学病院に移す事になり富美雄が広子親子が住む佐賀の有浦まで富雄の作業車で迎えに行く事にした


孝は若い頃は久留米医大に通い医者の見習い、今で言うインターンをしていた

義父の弥兵衛が脳溢血で倒れた時にその治療をしたが脳溢血の弥兵衛に脳出血の治療を施し完全な医療ミスをした

弥兵衛の死に際の一言が

「孝君が国家試験に通らんはず」

と、言い残しこの世を去った


孝は医者にならずその後、パチンコ店を経営したのが当り有浦の別邸で何不自由ない生活をしていた



有浦に着いて休む間もなくふの車の後部席に孝を布団ごと乗せて姉の光君と久留米まで向かう


有浦から久留米に向かう途中すっかり日が暮れてしまう

真っ暗な中、富美雄の運転する車のライトだけが頼りであったがその時

線路らしき物が見えたので何気に止まったら…


その瞬間であった

ジャー!!っと凄い音を立てて貨物列車が富美雄たちの車の前を横切った

危機一髪、九死に一生を得た

当時は踏切も無い箇所が多々あり田舎道に当たり前に線路が敷いてある状態は多々あったので線路事故も多かった



久留米に入ると孝はヒロ子に挨拶してから医大(入院先)に行くと言うので伊田家に立ち寄る事にした

ヒロ子たちの結婚式に出席してないので孝は自分の為にここまでしてくれる富美雄に心から感謝していた


家に立ち寄るとヒロ子は車の中を覗きこむようにして

「お兄さん、初めまして、ヒロ子です」

「あ〜ヒロ子さん、生きてお目にかかれて良かったです、富美雄さんにはお世話になりました、日田は鮎が美味しいですもんね」

「鮎がお好きですか、今度鮎をお持ちしますね」


孝は喜びの挨拶もつかの間にこの後すぐに久留米医大に運ばれた

ヒデ子は何とか鮎を食べさせてあげたかったが鮎が時期でなかったので寳屋に嫁いでいるキミ子に頼んで「鮎のうるか」(鮎をすりつぶして作る鮎の塩辛)を送ってもらった

孝は鮎のうるかを喜んで食べたが容態は持ち直さず間もなく他界した



孝は資産家であったが借財もあり妻の光君は遺産を相続せず放棄して身一つ同然となり有浦から幼い息子、娘を連れて暫くは伊田家に身を寄せる事になった



光君親子の同居生活もさる事ながら伊田家内にさらに奇妙な同居生活があった

三女の久美子である

久美子がふと家出をし行方不明になる

心配した家族は警察に捜索願いを届け出て時には母の雪子が身元不明の死体が上がると検分にも行った


行方不明から一年以上経ったある時、久美子が見知らぬ男と二人連れで戻ってきた


何の悪びれもなく帰ってきた久美子もさる事ながら、一緒に来た男も呆れた事に妻も子供も居ると言う

この男、伊佐山と言い職業は大工であった

当時、第一回目の東京オリンピックに向けての工事で作業員の一人として東京に呼ばれたのでかねて目をつけていた久美子を誘い東京まで駆け落ちし東京オリンピックの好景気に乗っかり東京で二人で遊び呆けてスッテンテンになり無一文で伊田家に戻ってきたのである



そんな色々な珍事件が起こる中、ヒロ子の中には新しい命が芽生えていた

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