第3話「酸っぱいは成功の元」
ヒロ子と富美雄は結婚が決まり披露宴といふ段取りになる
そう…あまりにもあっさりと
お互い後がなかったのと二度も同じ人て見合いするというのは何かの縁だろうと思ったようだ
当時、見合い後にトントン拍子で結婚なんて話しはよくある事で妹のキヨ子のように学生時代から交際していて恋愛結婚といふのが案外珍しいケースであった
披露宴は久留米の某料亭でヒロ子は見合いの時の紳士な印象の富美雄とは裏腹にこの披露宴から富美雄の思わぬ奇行ぶりを知るはめになる
ヒロ子は披露宴に遅れてはならないと山北の伯父からジープを出してもらい日田から久留米まで向かう
現在では日田と久留米間は高速道もあって一般道でもそんなに遠くない道のりだが当時は久留米から日田に車で向かうとタイヤが二本パンクすると言われる程の道の悪い箇所が多々あり所によって道路舗装もされてなくとても長く感じる道のりだった
披露宴開始の二時間前に着いたヒロ子は両家の親族に挨拶を済ませ身支度を整え一時間前には大振り袖の花嫁衣装に身を整えた
ところが…肝心の花婿の富美雄が披露宴開始時刻になっても現れない
一時間過ぎ…会場が騒つき始めたその時、富美雄が何の悪びれもなく現れた
富美雄は典型的な夜型人間でこの日も11時からの披露宴なのに9時過ぎに起きて昼食に近い朝食をとりそれから床屋に行って家に帰って身支度を整えてから会場に現れた
田舎時間…と言うより久留米時間である
いい年になるまで一人で着物も洋服も着た事のない坊っちゃん育ちの富美雄からの強烈な洗礼であった
さて結婚式
これも遅れに遅れ大慌てで始める
三三九度の盃となる
ヒロ子が盃を取り御神酒を口につけると…
酸っぱい…
ヒロ子は三三九度の盃とはこんなに酸っぱいものかと思った
その時、親族席から
「こりゃ酢じゃなかと?」
富雄の祖母の伊田スミが声を上げた
その途端、式場内の参列者から
「やっぱりこりゃ酢か」
「酢じゃ思ったばい」
新郎の富美雄が遅れてきたせいもあってか仲居さんがうっかり三三九度の瓶子に入れる酒を酒の瓶と酢の瓶を間違って入れたらしい
ヒロ子はよりにもよって自分の結婚式で新郎が遅れてくるわ三三九度は御神酒でなく酢…
情けないやら恥ずかしいやら
その時、スミから
「酒は米の水で時が経つと酢になりますけんがこの夫婦も酢になるまで添い遂げられると良か事です」
上手くまとめてくれた
披露宴が始まり座も盛り上がった所、仲居さんから
「すいません、後がつかえとるもんでそろそろ」
富美雄が一時間以上遅れてきたせいで次に控えている宴席の時間にかかり皆お膳を持って大慌てであちらこちらに追い立てられる
また富美雄もタキシード姿で長い時間正座していたので足が痺れてスッゴケてしまい回りから大笑いされた
後に富美雄は能楽師になり嫌といふ程正座する事になるのはこの時ヒロ子も富美雄も夢にも思わなかった
日田まで帰る両親や兄妹や親族の乗るバスを見送りながらこの先不安なな気持ちでいっぱいのヒロ子はこのまま皆と一緒にバスに乗って帰りたい気持ちで一杯だった
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