百合会議 中編
「柳瀬先輩との話ですか」
岡村は議事録を取るために使っていたノートPCを閉じた。
これから自身が話す内容は、あとでいつでも記述できる。今は、話すことに集中すべき。語り部たる岡村の機微を読み取ってか、議長・河村以下3名は議事録を取らないことに大した疑問を示さなかった。
「話をする前に、飲み物を頼んでもよいでしょうか。喋りすぎて喉が渇いてしまったもので」
「無理もないと思うスよ。じゃあ皆さん、何にします? 自分は明日早いんでソフトドリンクにするつもりスけど」
「私はコーヒー……じゃなくてウーロン茶にしておきます。河村さんは?」
「同じもので結構よ」
こういった場に慣れている営業の反町より早く、岡村は百合会議の会場たるカラオケボックスに備え付けられたタブレットに手を伸ばす。とりあえずウーロン茶を3つと、自分の分のアイスコーヒーを手早く注文する。タブレットには《注文完了》と表示された。
「あざっす、岡村っち」
「いえ、新参者ですから。さて、柳瀬先輩との話でしたか」
「ええ、聞かせて? 貴女と柳瀬さんの出逢いと、彼女が仕事を辞めた理由。そして貴女が百合会議の後任として参加することになった理由を」
河村の言葉には、どこか岡村を値踏みするような響きがあった。こちらを見透かそうとしてくるじっとりと湿っぽくて仄暗い、下卑た興味本位とでも言うべき感情だ。それは他の2名、反町と細川に至っても同じ。
――当然だろう、と岡村は思う。
百合会議は、女と女のエピソードを話し、好き勝手に妄想を披露する場だ。先の2名のエピソードからも明らかだったように彼女らは、生きている人間の内面を勝手に解釈し、歪曲し、妄想し、単なる娯楽として味わっている。それはたとえ本人が不在だからとは言え、人間の尊厳を踏みにじる蛮行だ。
岡村は、自身と柳瀬の尊厳が踏みにじられることを覚悟する。
先ほどの細川のエピソードで、北島と鳥羽を毒殺未遂の犯人だと妄想したことと同じように、自身が彼女らにとって都合のいい枠に嵌められることを覚悟する。
身勝手で欲深い、人間を理解した風を装いながらも色眼鏡でしかモノを見られない、偏見に満ちた女達の娯楽になることを覚悟する。
「では、拙い部分も多いとは思いますが」
それでも、岡村は話すと決めた。
世話になった柳瀬に頼まれたからだけではない。この3名の前で自身と柳瀬のことを喋りたくて、百合会議にやってきたのだから。
「私、岡村早苗と柳瀬董子のエピソードを、お話します――」
*
柳瀬董子先輩は、私の
当時の私にとって先輩は、憧憬の対象でも嫌悪の対象でもない、私より長く働いているだけの人間でした。
ですので、職業訓練が終われば当然、先輩と密に連絡を取り合うこともなくなりました。
ご存じの通り本社の総務部は、グループ会社全体の総務も担当することになっています。私は本社担当でしたが、先輩は子会社を担当しておられました。職場こそ同じワンフロアではありますが、各総務課はパーティションで区切られていますし、担当外の社員と同じ仕事をすることもほとんどありません。
私と柳瀬先輩もその礼に漏れず、せいぜい顔を合わせた時に軽く挨拶をする程度です。
そんな百合的には大した面白みもない日々を送り、二年の月日が流れたころ。
私と先輩を結びつけることになる、ある出来事が起こりました。
「岡村さん。少しだけ、お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
柳瀬先輩は珍しく、神妙な顔をしておられました。私と同じ人見知りで、あまり感情を顔に出すタイプではない彼女です。私は、奇妙な違和感を覚えました。
「これを本社側で手配してくれないかな」
手渡されたのは、日時とアルファベット三文字、英数字の羅列、そして「2名」と書かれたメモ書きでした。私は瞬時に、メモが示すのは
日比谷商事グループでは、業務で利用する航空券の手配は総務が担当することになっています。社員が勝手に予約した場合は全額自己負担となってしまうため、こうした雑用は日常茶飯事です。
ですが、私は何かが引っかかりました。
「わかりました。が、なぜ柳瀬先輩のところに本社の雑用が届いたのでしょうね」
「ええと、ね。私が本社の内線を私が取ったからなの。本社総務課の岡村さんたち、忙しそうだったから」
はたしてそうだろうか、と感じました。
オフィスの一角にまとまっている本社総務課では、私を含めて十数名の社員が働いています。さらに個々のデスクには内線電話が置かれており、どんなに多忙を極める年度末期であっても、誰かしら内線電話には出られるはずです。
その時は、私もそこまで疑問には感じませんでした。せいぜい奇妙なこともあるものだ程度に思い、メモ書きの通りに2名分の片道航空券を予約して、その日は終わります。
ですが翌日。またしても私の前に柳瀬先輩は現れました。今度はメモ書きと、小袋のキットカットを添えて。
「ごめんね。今日も本社の雑用を頼まれちゃった。電話が鳴ってると受け取っちゃうクセがどうしても抜けなくて」
「分かります。私も先輩から教わりましたから」
「岡村さんは入社直後から優秀だったもん、私が教えたことなんてそれくらいだよね」
「とんでもないです。……あ、褒められた時は『とんでもないです』と謙遜することも、先輩から教わりました」
「そっか、教えが生きてるようでよかった」
そして、メモ書きの通りに航空券の予約を片付けました。戴いたキットカットのメモ欄には「ありがとう」と書き添えられています。
おそらくこの時が、私と柳瀬先輩のターニングポイントだったのでしょう。
本社社員からの航空券の予約電話をたまたま先輩が受け取ってしまう。
子会社担当の先輩には予約ができないので、本社担当の私が代行する。
そして私はご褒美に、先輩から「ありがとう」のキットカットを貰う。
こんな関係がしばらく続きました。
*
「はあああ……! いい……! 最初はピンときてなかったけど、ゆるやかに何かが始まろうとしてる感じ! 最高! ですよね、河村さん!」
「……10億点」
「なるほど、加点方式ですね? なら次はもっとキュンキュンくるエピソードが出るに違いないです! 反町さんもそう思いますよね!?」
「あ、ああそうスね! ていうか岡村っち、拙いとか言いながらスゴく話し上手じゃないスか。もう少し面白おかしく語れたら営業向きスよ!」
「とんでもないです」
柳瀬の教えを忠実に守り、岡村は謙遜してみせた。
実際、営業への転属を打診されたことはあった。上司が言うには「岡村を総務で使い潰すには惜しい」とのこと。だが岡村はその誘いを「とんでもないです」の一言だけで一蹴し、今も本社の雑用をこなしている。
「それで、二人の馴れ初めは聞いたわ。その先を聞かせてもらえる?」
「その前に、皆さんで乾杯をしましょう。ソフトドリンクですが」
折よく届いたソフトドリンクを持ち上げて、乾杯。岡村を含めた会議参加者は、各々の飲み物をゆっくりと喉に流し込む。
「はあ~……! 明日仕事じゃなかったらビールの気分なんですけどねー?」
「次の百合会議は休み前にやるのがいいスね。辞めた柳瀬さんも誘って」
「考えておきましょう」
三名は歓談しながらも、岡村のほうをチラチラと伺っていた。
彼女らの愛する娯楽である、生の人間同士のエピソードが提供されるのを待ち望んでいるのだろう。彼女らの姦しい話が途切れるまで待ってから、岡村は再び過去を振り返りながら口を開いた。
*
柳瀬先輩とのキットカットの関係が続いてしばらく経った頃、私と先輩はある社内プロジェクトを任されました。
勤怠管理とセキュリティの全社統一プロジェクト、です。
皆さんご存じのことと思います。日比谷社員の大半から「使いにくくてたまらない」「元に戻してくれ」とご指導ご鞭撻を賜っている、あの評判の悪い新システム、《セキュア》です。
その功罪はさておき、ひとまず《セキュア》がどういうものか説明させてください。
《セキュア》には大きく、ふたつの機能があります。
ひとつは、勤怠管理機能です。PCを使う社員の場合は、ログオンからログオフまでの時間を勤務時間として。PCを使わない社員には、職場に備え付けのカードリーダに《セキュア》のIDカードをタッチしてもらうことで勤怠時間を自動集計します。
そしてもうひとつは、鍵としての機能です。その社員のIDで、セキュリティエリア――たとえばオフィスとか工場とか物流倉庫とか――に入室できるか否かを《セキュア》システムが即座に判定してくれます。また、入室許可・不許可に関わらず、誰がいつどこに立ち入ろうとしたかのログも記録されます。言わば、マジメに記録をつけてくれるデジタル時代の警備員さんです。
大雑把に言えば、《セキュア》は社員の皆さんを監視するシステムです。
私自身、評判の悪さは理解できますが、これも働き方改革の一環です。お察しください。
前置きが長くなりましたが、《セキュア》の話は以上です。
さて、ここからが本題になります。
私と柳瀬先輩は、《セキュア》プロジェクトチームの一員としてしばらく、担当の垣根を越えて一緒に仕事をしました。
仕様を決め、社内のソフトウェアチームと打ち合わせし、バグの嵐もテストも乗り越え、なんとか《セキュア》の稼働に漕ぎ着けてから数日経ったある日のことです。
「岡村さん。このIDのクリアランスオファー、対応してもらえるかな」
先輩はいつものようにキットカットを携えて私の前に現れました。ただし今回はメモではなく、メールを印刷したものです。
ちなみにクリアランスオファーとは、そのIDでセキュリティエリアに入室できるように《セキュア》を書き換えること。たとえば、私のIDでは研究開発部門には立ち入れませんが、書き換えさえすれば入室できるようになります。
まあ、「合鍵をくれ」と言ってきた人に合鍵を渡すようなものだと思ってください。
「管理者の許可は取ってありますか?」
「いやあ、ていうか。なんでもね……?」
しばらく共に仕事をしていたこともあり、私と先輩はそこそこ親しく会話を交わすようになっていました。先輩は、私と話していることがバレないよう、机の影に身を隠し、私に耳打ちをしてきます。
「……忖度案件らしいよ」
日比谷商事のような大企業ではままあることです。上層部からの無言の圧力とでも言いましょうか。本来であれば上長の承認は元より、《セキュア》管理者による審査が必要であるにも関わらず、先輩の持ってきたクリアランスオファーは特例中の特例でした。
「分かりました。先輩のために手を汚します」
「な、何もそんな言い方しなくてもいいじゃない? 私、《セキュア》の操作苦手だし。失敗して《セキュア》壊しちゃったらどうしようって思うと怖くて触れなくてさ……」
「先輩みたいな機械オンチでも簡単に操作できるように、設計したはずなんですけどね」
「ごめん! ……じゃあ教えて? 授業料は払うから」
本当はここで、私から先輩への逆
私はその場で、先輩から預かったクリアランスオファーを処理しました。
「作業料金はキットカットで手を打ちますよ」
「もうちょっと高望みしようよ? 焼肉店とかイタリアンバルとか」
「タダなら行きます」
「なら、合コンに付き合ってくれるかな?」
本当に唐突でした。
まさか先輩の口から、「合コン」なんて言葉が飛び出すとは思いもよらなかったのです。
「合コンですか……?」
「うん、頼まれちゃって……。ほら、頼まれると断れないじゃない……?」
「断ればいいじゃないですか」
「でも、私が担当してる子会社の人だし……。どうしても会って話したいって言うから……」
実はこの時私は、密やかに先輩のことを慕っていました。
頼りになるようで頼りない、私だけを頼ってくれる人間。
そんな可愛らしい、子どものような人間を好きになるなという方が無理な話でしょう。先輩と仕事をするうちに、母性本能とやらをくすぐられてしまったのかもしれません。
だからこそ。
妹か娘のように感じていたからこそ、先輩が見せた女性の一面がどれだけ私にとって衝撃的だったかは、皆さんならご想像いただけると思います。
「だから、お願い。岡村さんだけが頼りなの。会社に岡村さんしか友達いないの……」
「仕方ないですね……」
頼まれると断れないのは、私も同じことです。
結局私は、柳瀬先輩との合コンに付き合わされることになってしまいました。
そして数日後。
私と先輩、そして先輩が担当している子会社の社員2名で、こじんまりとした合コンが催されました。
しかしながら、私も先輩も人見知りです。初対面の方を相手には、なかなか話もできません。会話を盛り上げようとしてくれる相手側の2名には申し訳がないですが、そもそも私も先輩も別段交際相手が欲しい訳ではありません。それこそ――
「会って話がしたかったんです」
――と語る、相手方2名の語りをぼんやりと聞いていただけでした。
話の内容は覚えていません。内容よりも、自分には無縁だと思っていた「合コン」に、さらに縁遠いと思われる先輩と一緒に参加したという事実の方が、私の中では勝っていたのです。
合コンは特に盛り上がることもなく、連絡先を交換することもなく、空振り気味に終わりました。帰路に着くべく駅までの道を歩いていた時、私は突如先輩に呼び止められました。
「……ごめんね岡村さん、付き合わせちゃって」
「とんでもないです。食事代まで払っていただいた子会社のお二人には悪いことをしましたけど、先輩とお話できて楽しかったです」
「そっか。ありがとうね」
「ええ」
いつも通りの短い会話でした。その場にキットカットを介さないこと以外は、職場でのやりとりと大して変わらない、用件だけの会話です。
この時も、先輩から感謝の言葉を受け取って終わりだろうと私は思っていました。
が、続きがありました。
「ねえ。私、仕事辞めようと思ってるんだ」
「え」
ここ最近は、先輩に驚かされることばかりです。
私の顔を見て、先輩は頼りなさそうに苦笑します。
「今度の内示でね、異動が決まったんだ。三ノ輪さんの部署に」
「ああ……」
大企業である日比谷商事には、能力不足や素行不良、あるいは上層部に楯突いた社員を閑職に左遷するという悪しき風習がありました。
その閑職――すなわち、追い出し部署が三ノ輪香澄さん率いる通称・三ノ輪部署。三ノ輪さん自身は仕事のできる情に厚い人と評判ですが、首切り役という悲しい使命を押しつけられています。
「それって、会社からお荷物社員だって思われてるんだよね。いろいろ頑張ったんだけどな……」
「そんなことはないと思います」
「ありがとうね。でも大丈夫。私まだ28だし、再就職先も見つかるよ」
「ですね。それに職歴に日比谷商事とあれば、引く手あまただと思います」
「それはそれでプレッシャー感じるなあ」
冗談めかして語ってはいますが、先輩の顔は笑っていませんでした。
何かもっと励ますようなことを言うべき。頭の中ではそう分かっていましたが、私にはどう声をかけたらいいものか分かりません。
世話になった先輩が――あの妹か娘のようだった可愛らしい先輩が退職するのです。もう二度と頼られることもなければ、キットカットのメッセージを読むこともできません。
寂しい、と思いました。悲しいとも悔しいとも思いました。
先輩にお荷物社員の烙印を押した上層部に復讐したいとすら思いました。
その時ようやく私は先輩に対して向けていた思いの強さをハッキリと認識しました。
おそらく。私は――。
「……先輩。もう少しだけ、お話していきませんか」
時刻は午後九時を回ったところです。まだ終電までは時間もあります。もちろん翌日は仕事ですから長居はできません。
ですが、今のこの機会を逃したら、私も先輩もこの退職の話を終わった用件だと、心の中で処理してしまう気がしました。先輩から頼まれた航空券のメモ書きのように。あるいは忖度案件だという《セキュア》のクリアランスオファーのように。
先輩の答えも同じでした。
「私もね、岡村さんに。いえ、早苗さんに告白したいことがあるんだ」
ああ、と思いました。
恋愛経験に乏しい私でも、柳瀬先輩が伝えようとしていることは分かります。
であれば私の胸の高鳴りと、短く浅い呼吸の理由は。
先輩を見ているだけで胸が締めつけられそうになる理由は。
合コンの時、先輩が子会社の人と話しているのがイヤだった理由は。
先輩の退職の話に、悲しさばかりか上層部への恨みさえ募らせた理由は。
「急に馴れ馴れしいよね、名前で呼ぶなんて」
「いえ」
「でもね、ずっと呼びたかったから。こんな機会でもないと、呼べないかなって」
「そうですか」
「かわいいもの、早苗ちゃんって名前」
「……ちゃんはやめてください。もう、いい大人です」
「じゃあ、やっぱり……早苗さん」
「……はい」
ですが、そこで会話は途切れました。私はいちおう、聞き返します。
「あの。それで告白と言うのは……?」
「え、もうしたよ? 『早苗さんって名前で呼びたかった』って」
「ああ……」
私は頭を抱える他ありませんでした。
途端、先輩に対して芽生えていた恋心らしきものはシュンと萎えて、平常心を取り戻します。
そうです。
柳瀬董子さんは、初めからそうでした。頼りになりそうで頼れない、子どものように可愛らしくて、心を無意識に無自覚に弄んでくる先輩です。
そして私は、そんな先輩を愛とも情ともつかない母性本能じみたもので見守っている後輩です。
それが私、岡村早苗と柳瀬董子の関係です。
皆さんの望むような、ラブロマンスとしての百合物語にならなくてすみませ
ん。
*
岡村は話を終えた。そしてアイスコーヒーを飲み干し、百合会議参加者の顔色を改めて伺った。
3名は途中から奇声も茶々も挟まなかった。彼女たちは、岡村と柳瀬の話に聞き入っていたのだ。細川は口元に手をあてて瞳をきらめかせていた。反町は身体をこちらに向けて身を乗り出さんばかりだった。議長・河村だけが平然と、顔の前で手を組んで話を聞いていた。
が、その直後。百合会議は拍手に包まれた。
「素晴らしいわ、岡村さん。そして残念ね……」
「ううええええーっ!!! 岡村さんのことひどい人だと思っててごめんなざいーっ!!! そんな失恋じでだなんて知りまぜんでしたーっ!!!」
「ツラかったスね、岡村っち。自分の胸で泣いてもいいスよ?」
岡村の語るエピソードはどうやら、『先輩への恋に破れた後輩』として解釈されたようだった。
参加者3名の、他人の恋愛模様を娯楽として楽しむ気質はやはり好きにはなれない岡村だったが、状況としてはある種の恋バナと同じだ。それに途中岡村自身、語るのが楽しくなって熱が入ってしまった部分もある。
人間は、愛情や友情が絡んだ話に共感したい生き物なのかもしれない。
岡村はひとり密やかに、3名を人間の尊厳を踏みにじる蛮行だと断定したのを謝罪した。百合会議の会場で、この3名を前にすると、どうしても緊張してしまうからだろう。柳瀬先輩から頼まれた手前、悟られる訳にはいかなかった。
「すみません、もう1杯ドリンクを頼んでも?」
「うん飲もう飲もう! ていうかお腹も空いたし何か食べよ? 私注文するね!」
「このパーティープレートにしようよ! なんか女子会っぽくていいじゃん」
「それなー!」
社会人としての化けの皮が剥がれすっかり友達感覚の細川と反町は、タブレットを操作して何やら注文を始めていた。
岡村は自分から注目が逸れたことに安堵し、ふとスマホに目を遣る。時刻は午後八時半。二人目の細川の話が終わったのが七時半過ぎだったため、実に小一時間近くひとりで喋っていたことになる。喉も渇く訳だ。
「ところで河村さん! 岡村さんのエピソードは何億点なんですか!?」
「いや細川っち、これは億じゃ収まらないよ。兆いくんじゃない?」
好きにしてくれ、と思った岡村に、河村は静かに告げた。
「いえ、もっと聞きたいわ。まだ話していないことがあるでしょう、岡村さん」
岡村の背中に、冷たいものが走った。
だが、本題は最初から――柳瀬に百合会議の真実を聞いた時から織り込み済のことだ。
心の奥底から湧き上がってくるのは、先の物語とはまったく真逆の感情だ。それはあまりにもほの暗くおぞましく、岡村の内心を煮えたぎらせるもの。そして本来は決して、決して明るみに出してはならない最悪のもの。
岡村を突き動かす、名状しがたい恐ろしい感情。
それがまだ顔には出ないように。河村を見て盗んだ下卑た笑顔で覆い隠して、岡村は息を吐いた。
「そういえば、柳瀬先輩から百合会議を任された話が抜けていましたね」
「頼めるかしら? なんたって百合の会議だもの。岡村さんは、柳瀬さんが同性愛者なのかもしれないと勘違いしたんじゃなくて?」
「そうですね、その辺りのお話も……恥ずかしいですが、しようと思います。ちょうどお食事も来ましたね。では私のお話を、最期のデザート代わりにお楽しみください」
やんやと盛り上がる細川と反町。興味深く微笑む河村。
岡村はその場のテンションに似合った笑顔をひとつ見せて、先ほどカラオケボックスの店員が持ってきたパーティープレートに目を落とした。
ポテチ、クッキー、グミ、マシュマロ。
さまざまな種類のお菓子が山盛りになったプレートの中にひとつだけ、小袋のキットカットが添えられていた。
「ではいよいよ、私と柳瀬先輩の物語を締めくくりましょう」
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