ブラインドパンツポーカー
「女体、触りたいなあ……」
「は?」
私の姉――今の一瞬で絶縁したくなったが――、
「え、何? アンタアレなの?」
「うんそう。キミのお姉ちゃんはレズよりのバイだよ。ちなみにバリネコ」
突然のカミングアウトに、私は声が出なかった。春日野家の次女として生を受けて19年、2歳上の姉の性的嗜好をなんの脈略なく聞かされたのだ。その驚きと嫌悪感は筆舌に尽くしがたいものがある。
「待って、気持ち悪……」
「おっとマイシスターよ、それは普通に傷つくぞ? お姉ちゃんは勇気を出して告白したのに」
この唐突レズ・春日野葵生の妹である私、春日野
が、この姉・葵生には圧倒的にかけているものがある。
「や、レズとかバイが気持ち悪いって話じゃなくてさ」
「あとバリネコ! そこ重要!」
「それが気持ち悪いって言ってんの!」
「えっ? お姉ちゃん気持ち悪いの!?」
「気持ち悪いと思わないの自分で!? 実の妹に、セッ――」
「せ?」
「――クスのこと普通教える!? なんつーの、バリネコとかそういう立ち位置の話とかさ!?」
「立ってはしないかなあ? 基本は側位かシックスナ――」
「お前ワザとやってんだろ!? 私はお姉ちゃんがしてる時の情報とか全ッ然興味もないし知りたくないの!」
「私は知っててほしかったのになあ? 興奮するし」
「厄介な性癖しやがって……」
私は頭を抱えた。
19年妹をやっていて分かったことだが、私の姉は頭のネジが2本くらい飛んでいる。
あれは私が小学生の時だった――
「あ、いま回想入ったねマイシスター。うんうん、終わるまで待つよ」
――あれは私が小学生の時だった!
当時、私はいつも姉の背後を追いかけるそれはそれは可愛らしい妹だった。なかよし姉妹グランプリがあれば、5年連続優勝からの殿堂入りは確実。そのなかよしさでご近所の皆さんをほんわかさせてきた絵に描いたような理想の姉妹だ。
だが得てして真実は違う。
私が姉を追いかけていたのは、命令されていたからだ。
「お姉ちゃんの言うとおりにしてたら怖くないからね、あかりちゃん♪」
「うん! おねえちゃんだいすき!」
「うぇへへ。じゃあ、今日も加入しようか、パンツ保険」
「はーい!」
――あろうことか、私の
「当ててあげようマイシスター! ズバリきみは今、パンツ保険のことを思い出していたね?」
「ああそうだよ、思い出したくもない……!」
パンツ保険は、私を守る命綱――とは姉の曰く。
それは小学生当時、いじめられていた私を守るために姉が突如提唱したスキームだ。いじめっ子達から守ってもらう対価として、脱ぎ立ての下着を姉に献上し丸一日ノーパンで過ごすというもの。
皆まで言うな。気が狂っていることは自覚している。狂ってはいようと、当時の私は下着のそういう用途など思いつきもしなかったし、実際いじめは姉が解決してくれたので毎日、家の玄関を出たところで姉に脱ぎ立ての下着を献上していたのだ。それも喜んで。若さ故の、一生物の過ちだ。
「懐かしいなあ。たしか中1の冬が最後だったよね? もうパンツは渡さないって言われた時、お姉ちゃん悲しすぎて寝込んじゃったのよねえ……」
「悲しいのは私のほうだわ! アンタが言うから信じてたのに、友達に話したらドン引きされたんだよ!? 友達減ったし!」
「でもよかったわよ、朱莉ちゃんのパンツ」
「何がよかっただよ……」
「ではここでお姉ちゃんが感動した朱莉ちゃんのパンツランキング発表! 第3位――」
「やめろバカ!」
振り上げた拳は空を切った。忍者ばりの体術で身体を逸らした姉は声高に叫ぶ。
「第3位は、朱莉ちゃんのパンツがお姉ちゃんと同じサイズになった中1の春! もうね、お姉ちゃん感動しちゃって、思わずその場で履いちゃった!」
「死ね!」
「第2位、たまたまパンツ履き忘れてた朱莉ちゃんがいつもの要領でスカートたくし上げた小3の夏! あれはすごいインパクトだったわ……お姉ちゃんあれ以来たくし上げ性癖に目覚めちゃってね」
「もうやめて……!」
「栄えある第1位は忘れもしない、朱莉ちゃんのパンツに赤いシミがついてた小5の春。日付も覚えてるわ、4月17日の水曜日! すっごく嬉しかったなあ、お母さんに頼んでお赤飯も炊いてもらって――」
「気色悪いんじゃーッ!!!」
持っていたスマホを投げつけたが、姉は華麗にキャッチしてみせた。そしてクネクネと悶えながら、私に覆い被さってくる。
もちろん、抱きつくことが姉の目的ではないことくらいすぐ分かる。なぜなら私の腰の、スキニージーンズの隙間に両指をガッシリと滑り込ませているから。
「なのに朱莉ちゃんはスカートをやめて、パンツスタイルに現を抜かしている! このズボタチまがいめ! あのフェミフェミしてた可愛いたくし上げ妹はどこへ!?」
「誰のせいでスカート履けなくなったと思ってんだ!? あと私はアンタと違ってドストレートだ一緒にすんなクソレズ!」
「はい今のポリコレ的にアウトー! ポリコレ棒百叩きの刑!」
「実の姉妹のほうがアウトだろがアタマ湧いてんのか!?」
「あ、もしかして朱莉ちゃんPMS?」
「よし分かったお前殺す!」
「殺せるかな、今のお姉ちゃんを……」
ざわ……。
謎の擬音が脳裏を駆け抜けた。その直後、どことなく姉の顎が尖って見える気がしてくる。逆境無頼。狂った
――姉・葵生、リミッター解除……!
さらには渋い声のナレーションがざわざわ……と鼓膜を揺らす気さえしてくる。
ものすごく渋くていい声だ。まるで司令官のような、はたまたまるでダメなオッサンのような、そしてはたまた世界の果てまでイッてきたような調子である。
「では始めようか、朱莉ちゃん。ブラインドパンツポーカーを……」
「ブラインドパンツポーカー……!?」
「ククク……」
――葵生が提案した勝負……。
ブラインドパンツポーカーとは……!
「……私も朱莉ちゃんもパンツを履いている。だがパンツは見えない。つまりお互いのパンツは今、裏向きになったトランプも同じ……」
――葵生、スカートの裾をたくし上げる。
だがパンツ……見えず……! チラリズムの極地……!
「そう
「いや見たくないし――」
「今、場に4枚の
――4枚の
赤のレース……。
青のボーダー……。
緑のオールドスタイル……。
黄のなんか淡いヤツ……。
なおこれらすべて、朱莉の私物! カラフル……!
「なに私のパンツ勝手に漁ってんだ!?」
「いけないなあ、朱莉ちゃん……実にいけない……。勝手に
「はあ!?」
「ククク……」
――葵生、不敵な笑み……!
朱莉、手が止まる! 葵生の放つ、圧倒的拘束力……!
「ルールは至って単純……! 4枚の見せ
「そんなアホみたいな勝負誰がやるか!」
「ならばお姉ちゃんの不戦勝……! 朱莉ちゃんはお姉ちゃんの
「アンタいい加減にしないと本気で訴えるぞ!?」
「ククク……! 狂気の沙汰ほど面白い……!」
――葵生、狂気!
この勝負に負ければ朱莉……肉便器確定……!
どう出る……!?
「……分かったよ、やりゃいいんでしょ。私が勝ったら、二度と近づくな。寄るな触るな声もかけるな。ていうか死ね」
「ククク……いいだろう……!」
――葵生、圧倒的余裕……!
なぜならこの勝負、既に勝敗は決している。出来レース……!
葵生、実は朱莉のパンツローテーションを把握していた……。
その数、6枚……! 場の4枚を除く残り2枚、白と黒。
圧倒的モノトーン……!
「一応、役の確認させて。場の4枚は色もデザインも違う。もし私が赤を履いていたらワンペアでいいワケ? 同じデザインだった場合も?」
「そうよ、朱莉ちゃん……」
「パンツの……いや、
「ええ、最強は黒……! その後、赤、青、緑、黄と続き、最弱が白……。スタイルも同様……最強はレース、その後にボーダー、オールドスタイル、ヒモ、なんか淡いヤツと続くわ……」
「つまり私が黒のヒモパン履いてたら、
「ええ、その通りよ……。実際のポーカーのルールなんて知らないけど……」
――葵生、笑い……こらえる!
このとき既に葵生、朱莉の
なぜなら……!
――葵生の
そう……この女、春日野葵生……。
実は今、妹・春日野朱莉のパンツを履いている……!
つまり自動的に……!
朱莉の
「ククク……」
――葵生、勝利を確信……!
「はあ……。こんな勝負で勝ちたくないんだけどな……」
「やってみないと分からないんじゃない? 朱莉ちゃん……」
――朱莉のブラフ、葵生には通じず……!
情報戦に勝る葵生、圧倒的有利……!
対して朱莉、逆境……! 逆転は不可能……!
「……もういいよ、アホらし。ほら、手札オープンで」
「
「いいからとっととパンツ出せ」
――葵生、スカートの裾を……たくし上げ……!
パンモロ……! 黒のレース、
同時に葵生、堂々たる勝利宣言……!
「黒、赤、青、緑、黄。5色バラバラのフラッシュ。この場において最強の役……ククク……」
――ざわ……。
「どう、朱莉ちゃん……? 最強の
「……………………」
――朱莉、沈黙……! それもやむなし……!
姉の股間には最強の
「お姉ちゃんは、朱莉ちゃんのパンツローテーションを完璧に把握しているの……。面白いわよねえ……! どんなにブラフをかけたって、朱莉ちゃんの
――葵生、疾風怒濤の畳みかけ……!
ぐうの音も出ないほどのダメ押し……!
「朱莉ちゃんの
「やっぱり履いてると思ったよ、私のパンツ……」
「ククク……」
――葵生、誇らしげ……!
妹のパンツを履いて喜ぶ変態……! だが変態ゆえに勝利……!
「……しょうがないか」
――勝利……! 圧倒的勝利……!
同時に脳裏をめくるめく光景!
カクヨムではお届けできない……酒池肉林……!
淫靡、淫乱、インモラル、アブノーマル……!
恍惚……恍惚……! 圧倒的恍惚……!
――だが勝利の栄光、亀裂走る……!
「……一度しかパンツ見せないから、ちゃんと見といて」
「ククク……楽しみね……。どうせ、白のなんか淡いヤツでしょう……?」
「違ったらどうする?」
「ブラフは効かない――」
――葵生、ここで気づく! 考慮しなかった、唯一の敗北の可能性……!
残る
「――まさか、朱莉ちゃん……!?」
「恥ずかしいけど……ッ! 目ェ開いて見さらせボケ姉ーッ!!!」
――朱莉、スキニージーンズ……脱衣……!
そして
その見せ
――
「……5色色違い、デザイン違い。つまり、ストレートフラッシュ!」
……
…………
………………
「はあっ……はあ、はあ……何これ……。……夢……?」
枕元に置いたスマホが深夜三時を指していた。
額にへばりついた汗を腕で拭い、私は下半身に手を伸ばす。
案の定、下着はつけていなかった。
「やっぱ履かないで寝るとクソみたいな夢見ちゃうな……」
のそのそとベッドから起き出して、タンスの中から下着を取り出す。夢に出てきたものと同じ色、デザインの下着が6枚。その中から黒のレースを取り出して、腰のあたりでパチンとゴムを鳴らす。
「パンツ、ヨシ!」
そして、隣で寝息を立てていた姉の葵生を踏み潰して、私は布団の中に収まった。
今日は冷える。全裸で寝ていたから余計にだ。
「……おやすみ、お姉ちゃん」
「んうぅ……おやひゅみ……朱莉ちゅわん…………ぐう…………」
何故パジャマ派の私が姉と同じベッドで全裸で寝ていたのか、その時はさっぱり気にもならなかった。
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