コミック7巻発売記念SS【可愛い人(金糸雀・サイ)】②

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「……あの時は本当にすまなかった。こんな言い方はどうかと思うが、それどころじゃなかったんだ」

黒猫姿のお父様が、しゅんとしながら頭を下げる。


「また随分と昔の話を掘り出してきましたわね」

アイシャこと黄色の小鳥姿の金糸雀わたくしは、苦笑いを浮かべた。


――あの時のことは、勿論覚えている。

まだ幼かった自分が、赤ん坊だったイシスの世話をしていたのだ。

なかなかに辛くて大変だったけれど……全てを知った今ならば、仕方のないことだったと理解している。


いなくなってしまったと思っていた使用人達を、お父様が全員始末していたと聞いた時は驚いたが、前妻のハンナの暴挙を誰一人止めようともせず、逆に主人であったはずのお母様の居場所を教えるという愚行を犯したのだから、始末されて当然だ。


「アイシャとイシスが死ななくて、本当に良かった。カーミラには感謝しかないな」

ホロリとお父様は涙を流した。


当時の時間の感覚があやふやで、はっきりと覚えていないが――何と十日もの間、二人きりだったそうだ。我ながら、よく生きていたなぁと思う。


イシスのオムツと、二人の着衣には全て『清浄』の加護が付いていた為に、不衛生な環境になることがなかった。

幼い私には気付けなかったのだが、日持ちするフルーツや食料、大量のミルクといった物が用意されていたそうだ。


お母様はそこまで先を視ていたのか、もしくは、そうなることを予測して、用意してくれていたのか……。

お母様のことを一つ、また一つと知る度に、私達へ注いでくれた計り知れない愛情の深さを実感して、温かい気持ちになる。

同時に、愛に報いることができない今の状況が、悲しくて、やり切れなくて、もどかしい。


どうして、あの時の私は子供だったのだろうか。

今の私ならば、少なくとも足手まといになんてならないし、お母様を死なせたりしないのに……。


私の中にある狂気が『こんな世界壊してしまえ』と唆してくる。


「…………お父様。どうして号泣しているのですか。流石に……これは引きますわよ?」

少し目を離した隙に、お父様の周りに水溜りが出来ていた。

どれだけ泣いたらこんなことになるの。



「……アイシャ。子供は、親から与えられた愛に『報いることができない』と考える必要なんてないんだ」

「……え?どうして、それを……?まさか……」


お父様には【全知全能】という他者の心を読む能力がある。

クリソベリルの腕輪によって、魔力を封じられてはいるが、心を読むくらいはできるのだ。


「いや。私もお前の親だからな。力なんて使わずとも顔を見れば分かる」

お父様はボロボロと涙を溢しながら、首を横に振った。


「親からの愛は、見返りを求めない無償の愛――と言いたいところだが、『何事もなく無事に成長した幸せな姿を見たい』という望みがあるから、それを子供が叶えてくれたなら、十分に報いてもらったことになる。カーミラはお前達の成長を楽しみにしていたから、立派に成長した今のお前達を心から喜んでいると思うぞ」

お父様はボロボロと涙を溢しながら、にっこりと笑った。


「……後はな、カーミラは、アイシャの花嫁姿を夢見ていたんだが……私にはまだそれは…………」

お父様がダーッと滝のような涙を流し始めた。

水溜りがあっと言う間にどんどん広がっていく。


……台無しだ。

とても感動的な話をしてくれているはずなのに、お父様の涙が全てをダメにしてしまっている。


私はお父様にジト目を向けた。


「わっ……!何、何、どうしたの!?」

持ち手の付いた大きなカゴを抱えたシャルロッテが、部屋に戻ってくるなり、驚きの声を上げた。


「主よ……!娘が、娘が……嫁に……!えぐ、えぐ……」

「……え!?金糸雀、結婚するの!?」

「そんな予定も相手もいないわよ」

「あー………うん。分かった」

スンとした表情になった私を見て、シャルロッテは色々と事情を察してくれたようだ。



「ヘーイ!クラウン!」

「合点!姉御!!」

シャルロッテがパチンと指を鳴らすと、すぐに弟のイシスこと――クラウンが現れた。


……いつの間にこんな連携技ができるようになったのかしら。

シャルロッテは、クラウンをずっと嫌っていたはずなのに。


風の様に現れて風の様に去って行った弟は、シャルロッテの部屋を自らの涙で池にしようとしていたお父様を何処かへ連れ去ってしまった。



「ねぇ、お父様を何処へ連れて行ったの?」

「私のお父様の所だよ。うちも最近面倒くさくてさ……。父親同士で話させるのな一番良いかなって」

シャルロッテは深い溜め息を吐いた。


「シャルロッテも苦労するわねぇ」

「流石に慣れたかな。それに今よりも昔の方が酷かったからねぇ……」

シャルロッテの瞳が黒く歪み出した。


「もう、魔石、魔石、魔石………!ってそれしか頭になくて、大変だった記憶しかないよ」

「あー……あれね」

ダンジョンマスターだった金糸雀は知っている。


シャルロッテの父達は、効率よく魔石を得ようとする為に、ダンジョンの各階層で魔物を増やしに増やして、シャルロッテからキツいお仕置きをされるということの繰り返しだった。


「思い出したくもない、遠い記憶だよね」

「お疲れ様。父親にはお互い苦労させられるわよね」

「ホントだよ……」

「でも、そういうところが可愛いじゃない」

「……へ?うちのお父様は全然可愛いと思わない」

シャルロッテは嫌そうな顔になる。


「……そうなの?」

「そうだよ。サイは兎も角、うちのお父様がかわいと思えるのは、お母様くらいだよ。きっと」

シャルロッテは溜め息を吐きながら、大きなカゴの中からカップを三つ取り出した。


「今日はプリンなのね?」

「そうだよ!でもね、これで完成じゃないんだ」


そう言ったシャルロッテは、プリンのカップをガラス皿の上でひっくり返し、そこにアイスや生クリーム、フルーツをどんどん盛り付けていく。


「じゃーん!今日のデザートはプリン・ア・ラ・モードてす!!」

「わー!良いわねこれ!」

「色んな物が盛り沢山で、ストレス解消!」

「どれだけストレス抱えてるのよ……」

「………………。もうすぐマリアンナが戻って来るから、三人で女子会しようよ!」

「ええ、勿論よ。……でも、お父様の分もある?」


べ、別にお父様が可愛いと思うからとかじゃないし?

ちょっと良いこと言ってたからよ?

それも涙で台無しだったけど。


「……何よ、その顔は」

ニヤニヤしているシャルロッテの顔に苛立つ。


「別にー?金糸雀は今日も可愛いなぁって思っただけ」

「そ、それは当たり前よ。私を誰だと思っているの!絶世の美貌の金糸雀様よ!?」



――一方、その頃。

お父様とシャルロッテの父親の涙のせいで、客室がしずんだとか、しずまなかったとか。




     ――――終――――



***・****・****・****・*** 


  皆様。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます^^

今回のSSは、7巻絡みのものになりました。

自分でストーリーを考えておいて、どうかと思いますが、夜中〜朝方にかけて号泣しながら書いてました。

って、……サイか!

でも大丈夫。安心して下さい(?)水溜りはできていません。


因みに、コミック7巻のカミーラの最期のシーンも大号泣しました。


後1話分SSいけるかなー?

あ、本編は絶賛修正沼に陥りました。

読み返せば読み返すほどに修正しまくりで、先に進まない……(T_T)

……頑張ります!


コミック共々、WEB小説も引き続き何卒よろしくお願いしまーす!!



※誤字脱字は眠いからです。すみません(汗)

(酷い言い訳)



ゆなか

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