シャルロッテ17歳(お酒のために篇)
新天地~竜の地へ➀
「シャルロッテちゃん。竜の地へ行ってみんかのう?」
――その日。
学院内をウロウロと徘徊するルオイラー理事長とばったり出くわした私は、唐突にそんな事を言われた。
……さて。
皆さんはこのルオイラー理事長の事を覚えているだろうか?
この学院の創設者にして、この国を支える始祖竜の一人である。
今は、息子に学院の全権を譲り、学院内をフラフラしながら学院の生徒に呪術を仕掛けたりしている、色々な問題を起こす歩く老害――コホン。とても暇な老人である。
学院の生徒達が大好きが故にちょっかいを出しているらしいが、呪術を仕掛けられた生徒はたまったものじゃない。
今までの被害者達は『性別転換』、『丸一日、木になる』、『語尾にニャーが付く』等々の嫌がらせにも近い呪術を掛けられているのだ。
この被害を防ぐ為に、生徒も教職員も一丸となって対策を進めているのだが……。
この神出鬼没な老人の奇行を止められずにいる。
唯一、扱いが上手かったお兄様は、残念ながらもう学院の生徒ではない。
それは、私が二学年へと進級したからだ。
お兄様やリカルド様、クリス様達。最上級生は押し出されるように卒業してしまったのだ。
困った時は『アイスクリーム』とアドバイスを貰ったが…………迷惑行為は現在進行系な状況である。
――半年前の私の誕生日。
シモーネに復讐をした私と彼方は、その後に神アーロンを無事に目覚めさせ、自らの願いを叶えてもらった。
彼方が願ったのは――この世界でこれからも生きていく事と、壊れてしまった両親の関係の修復。
自分を捨てて出て行った両親の事なんて放っておけばいいのに……彼方は悲しいくらいに優しい子だった。
私だったら不幸を願ってしまいそうなのに、彼方は自分の両親もシモーネの策略に使われた被害者なのだと、自分の存在を無かったことにまでして、あの事件の修正を願ったのだ。
――そして、私は家族から『和泉』の記憶を削除することを願った。
アーロンの好意により、概念という存在で日本に還った私は、想像だにしていなかった母の姿を目にした。
痩せ細り、憔悴しきって、生活がままならない状態になってしまっていた母は、私が死んでからずっと自分を責め続けていたようだった。
私の死がこんなにも母を苦しめていただなんて思いもしなかった。
もっと前を向いて生きてくれていると思っていた。
そう……願っていた。
だけど、実際はそうではなかった。
今のお母さんに、お父さん達の声は届かない。
死んでしまった娘――和泉の声でないと駄目なことは明白だった。
私は家族から『和泉』の記憶を削除することを選択した。
……忘れられるのはとても辛い。
最愛の家族の中から、『
それでも私は、敢えてその道を選んだ。
和泉はそこには二度と戻れないから……。
今の私が出来る方法で、残された家族の幸せを守ることに決めた。
だから、お母さん。もう良いよ。
そんなに悩まないで。……幸せになって……。
――私は自らの手で、母親の中から自分の記憶を消した。
細かな修正は全てアーロンがしてくれたらしい。
最後にもう一度だけでも、お母さんとお父さん、弟の智志、お姉ちゃんの顔が見れて良かった。
私の選んだ選択は、間違っていなかったのだ。
――と、半年前の回想はここで終わる。
生まれ変わった私の長い、長い人生はこれからだ。
だって、まだお酒の為に生きていないじゃないか!!
スタンピードを回避し、魔王サイオンの力を封じ、魔物はいなくなった。
無事にリカルド様の婚約者の位置を手に入れ……。
ヒロインの彼方も登場して……和泉としての人生に向き合い、彼方と共に過去の清算をしたのだから、これからはシャルロッテとして自由に生きても良いよね?
シャルロッテ的スローライフ開始である!!
大好きなお酒をたくさん飲んで楽しく生きるのだ!!
そう考えた矢先に……冒頭のシーンに戻る。
「どうして竜の地……へ?」
私は困惑顔のまま首を傾げてルオイラー理事長を見た。
「シャルロッテちゃんはお酒が好きなのじゃろ?」
「ええ。大好きですね」
「だったら丁度良い!竜は酒好きが多いから、ココにはない酒が味わえるかもしれないぞ?」
……マジですか。
私はこの世界で色々なお酒に巡り会い、自分好みのお酒を造り出したいという野望がある。
食用花の【ラベル】、【シーラ】、【スーリー】を使用したお酒を流通させる事は叶ったが、まだまだ私は満ち足りてなんかいないのだ。
って……『ココにはない酒』……だと?
そんなの行くっきゃないよね!?
わーい! 竜達の嗜むお酒ってなんだろう?! ドキドキする!!
因みに、竜と魔物を一緒にしてはいけないよ?
……本気で怒られるからね?!
この世界には獣人が存在するのと同じ様に、太古から存在する種がある。
それがルオイラー理事長の様な竜族である。
「でも……学院の授業が……」
「そんなのは気にするでない。シャルロッテちゃんは女の子だしのう。短期留学とでもしておけば問題あるまいよ」
……相変わらず女生徒に甘い学院である。
頭なんて二の次、三の次と言われている気分だが……この学院での女子の扱いなんてこんなものだ。
男子にはかなり厳しいけどね?!
今になって思うと……ルオイラー理事長は女子に幻想を抱いているのかなーと思えなくもない。
……何世紀前の子女の話だ!! と、ツッコミはするけどね。
確かに深窓の令嬢的な女生徒もいる。
謙虚で素直。結婚する相手を立てる理想の伴侶になるべく教育された令嬢が……。
私はそんな大人しい令嬢にはなれない。
気になる事は自分の目で見て、ちゃんと経験をして次に生かしたい。
私の大好きなリカルド様だって、そんな大人しい私は求めていない。
リカルド様大好き!!
おっと。話がだいぶズレてしまったが…………。
つまり、私は竜の国に行っても問題無いということだ!
ヒャッホーイ!
それならば遠慮無く行っちゃうよ?
「どうしたら行けるのですか?」
「それは簡単じゃ。シャルロッテちゃんの所に道化の鏡が居るじゃろう?」
……ちょっと待った。
また?! ここでもクラウンなの!?
私はルオイラー理事長を思わず睨み付けてしまった。
「ど、どうしたんじゃ!?」
「いえ……。他に方法があったりとかは……」
「無いとは言わんが、何週間かかるか……」
「分かりました! クラウンをしばいてきます!」
私はルオイラー理事長に深々と頭を下げてから、私は駆け出した。
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