コミック6巻発売記念SS【可愛い悪戯?】〜彼方side③〜
――それは、悪役令嬢シャルロッテの『お茶会』だった。
攻略対象と距離を縮めていくヒロインに、嫉妬を募らせたシャルロッテが、毒殺を企てるイベント。
攻略対象者の好感度を一定数まで上げていれば、シャルロッテの計画に気付いた攻略対象者によって、毒入りのお菓子を食べる前に救い出されるが――好感度を上げられていなかった場合には、毒入りのお菓子を食べてしまい『バッドエンド』となる。
ゲームとは違って、パラメータが表示されているわけではないけれど、クリス様との関係はなかなかに良好だった。大事にされていて、甘やかされている。……だけど、それが恋愛感情でないことに、私は気付いてしまった。
私を見つめるクリス様の瞳には、
それは、私が偽物だという現実を突き付けられているようで、思わず無意識に腕を擦っていた。
万が一にもクリス様が助けに来ないように、王城にある珍しい本が読んでみたいとお願いをして、学院から彼を遠ざけた。
私の我儘なお願いにも拘らず、何故か物凄く嬉しそうに出掛けて行った優しい彼を騙すようで心苦しいけれど――偽物の私の物語はもう終わらせなくてはいけないから。
*****
「……シャル。クリス様に何かする時は、前もって僕に教えてくれないかなぁ?」
「ふ、ふぁい」
クリス様に【若返りの薬】を盛った形になってしまったシャルは、お仕置きとして兄のルーカス様に頬を引っ張られていた。
シャルの家のアルバムを見ている時に、たまたま見つけてしまったクリス様の幼少期の秘蔵写真。
ゲームの中には出てこなかった貴重な姿に、つい悶絶してしまった私の願いを叶えたばかりに……。
『私が怒られればすむ話だから』と言ってくれたが――お餅のように伸ばされたシャルの頬が、とても痛々しい。
罪悪感が私の胸を締め付ける。
じっと見つめてると、気にしないでとばかりに、シャルは親指を立てながらニコリと笑った。
「反省してる?」
――そのせいで、またルーカス様に頬を引っ張られてしまうことになってしまったのだけど。
「ルー、べつにわたしはかまわぬぞー?」
シャルの作った薬の効果で、三歳児まで若返ったクリス様。
幼児特有のぷにぷにの頬とムチムチの手足。丸いお腹が愛らしくて堪らない。
舌っ足らずなせいで『ルーカス』と呼ぶことができず、『ルー』呼びに切り替えたクリス様。
大きなソファの上にちょこんと座り、短くなった足をブラブラと揺らすその姿は、まるで天使のように可愛らしい。
私のために痛い思いをしているシャルには、物凄く申し訳ないのだけど……シャルが与えてくれたこの時間は、久し振りの穏やかで幸せな時間だった。
――お茶会のあったあの日。
私にとって、ゲームの中の登場人物でしかなかった悪役令嬢の『シャルロッテ・アヴィ』は、望み通りに私を殺してくれただけでなく……私を生まれ変わらせ、更には新しい世界を教えてくれた。
シャル――和泉さんの命を奪った男の妹であり、前世に悔いを残して亡くなった和泉さんの前で、何度も死を願った罪深い私を彼女は救ってくれたのだ。
いくら感謝をしてもしきれない。
和泉さん――シャルが助けを求めた時には、私の命をかけてでも全力を尽します……なんて言ったら、優しい彼女に怒られるよね。
『シャルロッテ・アヴィ』という存在は、今の私にとって――時には、母のような存在であり、姉でもあり、大切な友達でもある。誰にも彼女の代わりなんていない。かけがえのないのない存在だ。
……クリス様よりも特別で、大きな存在になっているのは、何となく内緒である。
お腹いっぱいになったのか、欠伸をし始めたチビクリス様を私の膝に誘導して、頭を優しく撫でれば、スースーと可愛い寝息が聞こえてきた。
彼女が側にいてくれるから、私はこうして安心してクリス様を想うことができるのだ。
――ゲームの中でのシャルロッテとルーカスの関係は、とても歪なもので……。
スタンピードに間に合わなかったルーカスは、自分だけが平和な場所にいたという罪悪感から、壮絶な中を生き残ったとことん妹を甘やかした。
――その結果、妹のシャルロッテは我儘な悪役令嬢に成長し、断罪されてしまった。
『どうすれば良かったのだろう……』――そう項垂れながら苦悩する彼を救いたかったけど、結局それは叶いそうにもなくて途中で諦めてしまったのだ。
私の目の前で仲良く眠る二人を見ていたら、その時のことをふと思い出した。
この世界の貴方は、誰も失っていないし、妹のシャルロッテとは、何でも言い合えるような羨ましいくらいに仲の良い兄妹だよ。
あの時に感じたやり切れない気持ちが、今、やっと昇華されたような気がした。
私を思ってくれるシャルの気持ちに少しでも報いることができるように。
幸せになるように精一杯頑張るから。貴方もどうか……諦めないで。
三人が眠りから目覚めるまで、私は穏やかな気持ちで、この幸せな時間を過ごした。
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