コミック6巻発売記念SS【可愛い悪戯?】〜彼方side②〜

「かなちゃん!これオススメだからやってみてよ!」

中学生の時。親友に【ラブリー・ヘヴン】という乙女ゲー厶を勧められ、促されるままにプレイを始めた私は、あっという間にそのゲームに夢中になった。


ヒロインになりきって、ハラハラドキドキな展開を格好良い攻略対象者と共に乗り越えていく。

最後に待ち受けるのは、泣けるほどに悲しくて切ないバッドエンドか、胸がいっぱいになるほどに幸せなハッピーエンドか。

『みんな仲良しでいつまでも幸せに暮らしました』そんな、誰とも恋をしないままに迎えるノーマルエンドもあったっけ。


魅力的な五人の攻略対象の中で、王道な正義のヒーローキャラである王子様クリストファーに、私は恋をした。


サファイアブルーの瞳。後ろに一つに纏められたサラリとした金色の長い髪。

綺麗なサファイアブルーの瞳に見つめられるだけで、息をするのも忘れるくらいにドキドキしていた。

ノートの端に彼の名前を書くだけでも身悶えしていたことは、私だけの秘密でたる。


身を挺してヒロインを守る時の真剣な表情と、ヒロインにだけ見せる優しい笑顔。

驚いた顔は可愛くて、悪役令嬢シャルロッテの暴挙を止められないことに苦悩し葛藤する姿も、バッドエンドで死に別れる時に流す涙も――全部大好きだった。


王子様クリストファーに愛されるヒロインと名前が同じことが嬉しくて。

親友に『かなちゃん、ヒロインに似てるよねぇ』なんて、言われた日にはダイエットを始めてた。

ご飯の量を減らして、一生懸命走ったり腹筋したりして、髪型を変えて、笑顔の練習だっていっぱいした。

そうした努力の甲斐があって、ヒロインと瓜二つになれた時には、天にも昇るほどに嬉しかった。



――そう。

私は、ゲームの中に登場するではない。

王子様クリストファーに恋をし、彼に愛されるヒロインを真似ただけの



両親に捨てられた未成年の私は、親戚の家をたらい回しにされた。

行く先、行く先で『殺人者の妹』や『人殺しの妹』と罵られて冷遇され、心にも身体にも沢山の傷を付けられた。

こんなに辛い思いをするのなら、死んでしまいたいと思うのに、自分では死にきれず……死んだように生きてきた。


ろくにご飯を食べさせて貰えなかったせいか、気付けば生理が止まっていたけど、それで良かったのかもしれない。

生理が来る度に、親戚の人に『生理用品が欲しい』と必死に懇願して買って貰うことが、凄く恥ずかしくて……辛かったから。



私がどんなに困っていても、泣いていても、酷い目に遭っても、ゲームの中の王子様クリストファーが助けてくれないことくらい、とっくに分かってた。


いつか、王子様クリストファーから自然に卒業して、違う誰かと恋愛して、結婚をして、その人の子供を産むんだろうなと思っていた。

…………だけど。

そんな平凡な未来を夢見ることさえ、生理が止まってしまった今の私にはできなくなってしまった。



私は何のために生きているのだろうか。

すぐに殴られる親戚の家には帰りたくなくて、真っ暗になった公園のベンチに座ってぼんやりと夜空を見上げていた。――あの日。


ふと気付くと、目を開けることができないくらいに眩しい場所に立っていた。

今まで真っ暗な公園のベンチに座っていたはずなのに、だ。


恐る恐る瞳を開けた私は、目の前に広がる光景に息を飲んだ。


白いローブ姿の沢山の異国人の老若男女が、私の周囲を取り囲むように立っていた。

彼等は高揚した顔で私を見つめながら、一様に『聖女様だ』と口にしていて、跪いて涙を流している人までもがいた。


……これは夢?私は夢を見ているの?


――それはゲームの画面越しに、何度も見たことのある光景だった。

異世界からやってきたヒロインが、白ローブ姿の集団に歓声をもって出迎えられる――『聖女召喚』のシーン。

ラブヘヴの冒頭部分そのままの状況に、何故か私が置かれていた。


英語が得意ではないはずなのに、異国人の彼等の言葉がはっきりと聞き取れてしまう。

こんなことができるのは人なのに。


……どうしよう。違う……違うのに。


全身がカタカタと震え出した時、白いローブの集団が急に左右に別れて、真ん中に道ができた。

その道の先には――私がずっと助けを求めていた王子様クリストファー。その人がいた。


以前の私だったならば、夢にまで見た光景に純粋に胸を踊らせたことだろう。

けれど、今の私の胸の中を占めているは、困惑以外の何ものでもなかった。


この世界に召喚されるはずなのは、本物のヒロインであって、ヒロインに似ているだけの偽物の私ではないのに……。


そんな私が抱いた疑問と困惑は、悪役令嬢のシャルロッテを現れた瞬間に解消された。


ストーリー通りならば、ヒロインが悪役令嬢と出会うのは学院の中であって、召喚されてすぐのこの場所ではない。

私という偽物が、召喚されたことで生じたなのだ。


――つまりきっと、これは神様が与えてくれた慈悲なのだろう。そうでなければ、私がこの世界に召喚されるはずがない。

私の境遇を不憫に思った神様が、自分で死ぬこともできない臆病な私が死ぬための場所を用意してくれたのだ。


本物のヒロインなら――王子様クリストファーと結ばれて幸せになれるけど、偽物の私が幸せになんてなれないから。


「……だったら………あのゲームのように私を殺して欲しい……」

悪役令嬢のシャルロッテは、バッドエンドの時のように、私を毒で殺してくれるだろう。


私はそれまで『』との仲の良さを見せつけるだけで良い。それだけでシャルロッテは、私を殺してくれるから。


「……っ?」

やっと苦痛から解放されるのに、どうして胸が痛むのだろうか。



早く楽にして欲しくて、わざわざ目立つ場所でクリス様との仲の良さを見せつけるようにして煽っているのに、シャルロッテは一向に釣られてくれず、何故か静観されていた。


……おかしい。

ゲームの中では簡単に激高していたのに。


シャルロッテが邪魔をしてこないせいで、私のサポート役であるクリス様と思いがけずに一緒に過ごす時間が増えた。

彼の優しさに触れる度に、抑えていた気持ちが蘇り……死にたくないと、このままずっとクリス様と一緒にいたいと、許されない気持ちが芽生え始めてしまった。


……このままではいけない。

そう焦り始めた時に、待ちに待った機会がやってきた。

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