コミック6巻発売記念SS【可愛い悪戯?】
「い、良いのかな……?」
「ふふっ。良いの、良いの!」
戸惑う彼方を横目に見ながら、私はワンピースの長袖の袖をまくり上げた。
私が今着ているのは飾りの少ないシンプルなワンピースである。その上には侍女達が使うのと同じエプロンも身に着けている。
幼いごろからドレスを着慣れているとはいえ、貴族のドレスは体型を良く見せることに特化しているものが多く、動き辛いものばかりだし、高価な生地や綺麗なレースやらドレープを汚すのは心苦しいので、調理や作業用としてシンプルで安価なワンピースを特別に仕立ててもらっている。
普通の公爵令嬢は、自ら調理しないものだ――なんて、時代錯誤もいいところのお説教は私には通用しない。
私はやりたいことは全て自分でやってしまう公爵令嬢なのだから。ふふっ。
ワンピースのポケットの中から小瓶を取り出した私は、その蓋を開けると躊躇いもなくボウルの上で傾けた。
小瓶の中に入っていた透明な液体が、一滴、二滴と落ちていくと、バニラに似た甘い香りが辺り一面にふわりと広がった。
「これをサクッと混ぜて、パパッと冷やせば完成だよ!」
ドヤ顔でそう言うと、彼方が瞳を大きく見開いた。少し表情が翳ったところを見ると……何やら考え事をしていたのだろう。
まあ、それも無理はない。
証拠隠滅とばかりに、小瓶をまたポケットの中に入れた私は、彼方を元気付ける意味も込めて、サクッとパパッとチート魔術を駆使し、あっという間にチョコレートプリンを完成させた。
「これを作戦通りに食べさせれば……ふふふっ。楽しみにしていてね!彼方!」
「ど、どうしよう!?本当に良いのかな!?」
赤くなったり青くなったりと、クルクルと表情を変える彼方。
私と同じく侍女のエプロンを身に着けている彼方が……なんとも可愛らしいことか。
今度、お揃いのエプロンを新調しよう。是非ともそうしよう!
妹のように彼方を可愛がるクリス様の気持ちがとても良く分かる。――分かるのだけど、クリス様と私の気持ちが一緒では駄目だろう。
あの方には、そろそろ彼方を一人の女性として認識して頂こうと思う。そうでないと、クリス様に恋する彼方が不憫でならない。
【目指せ。妹からの脱却!】
人の恋路だから直接的なフォローはしないけど、陰ながら手を加えるのは……有りだよね?
――彼方がこの世界に召喚されてから数カ月。
この世界にもだいぶ馴染んできた彼方は、同じ年代の子供達と比べるとまだまだ細いものの、頬は少しふくらとし、初めて会った時のような『病的』な細さは感じられなくなっていた。
満足に食事を与えられず、栄養不足によって止まってしまっていた月のものも、先月に無事に再開した。
涙を流して喜ぶ彼方を抱き締めながら、彼方の周囲の無責任な大人達に酷く暴力的な感情を覚えた。
できることなら彼方の代わりに復讐してやりたいとも思うけれど……異世界にいる彼等に手を出す術は現状ない。
手が出せない相手に一人でモヤモヤ、イライラしているならば、その時間を彼方をとことん甘やかす時間に当てたほうが健全であると判断した私は、とある計画を実行することにした。
彼方には誰よりも幸せになって欲しい。一人で辛い目に遭ってきた彼方は、幸せになる権利があるのだから。
私は自分ができる全力をもって彼方を支えていく所存である。
――例え、王族を利用することになろうとも。
***
「……シャル。クリス様に何かする時は、前もって僕に教えてくれないかなぁ?」
「ふ、ふぁい」
私はお仕置きとして、お兄様に頬を引っ張られている最中です。なう。
――実は、私が作っていたチョコレートプリンには『若返りの薬』なるものが入っていた。
それをクリス様に食べさせたのだ。
何のために?それは勿論、彼方のためにである。
彼方と私の二人で、我が家の秘蔵アルバムを見ている時。
生まれたばかりの私とお兄様と一緒に写る三歳くらいのクリス様の写真を見つけたのだ。
ゲームの中には出てこなかった激レアなショタ写真に、彼方は口元を抑えてバンバンとテーブルを叩いた。
その時の彼方の気持ちが私には痛いくらいに伝わってきた。
その時の写真は私の魔術で、複製してプレゼントしたけど、どうせなら実物を見てみない?と私が提案したことで今に至る。
「ルー、べつにわたしはかまわぬぞー?」
チョコチップクッキーを頬張るクリス様は、ぷにぷにでムチムチな三歳児へと若返っていた。
大きなソファの上にちょこんと座り、短くなった足をブラブラと揺らすその姿は、まるで天使のように可愛らしかった。
クリス様の隣には満面の笑み浮かべた彼方座っており、汚れた口元を拭ったり、アイスクリームを食べさせたりと、甲斐甲斐しくクリス様のお世話をしている。絶賛推し活の真っ最中である。
因みに写真は、これでもかというくらいに撮ったので、ご安心を
「クリス……寛容なことは良いことだけど、もっと王太子としての自覚を持ってくれないか」
お兄様は私の頬を引っ張ったままで、クリス様を睨んだ。
「むぐ。どくならもんだいだが……もぐ。これくらいはかわいいいたずらだ」
「話すか食べるかどっちかにしてくれないかな?」
「うむ」
「もう……」
ハムスターのように口いっぱいにお菓子を頬張り続けるクリス様に、お兄様が深い溜め息を吐きながら脱力した。それと同時に伸び切った私の頬も解放された。
彼方とクリス様の正面に座ったお兄様は、眉間にシワを寄せながら片手で頬杖をついた。
ポンポンと空いているソファの部分を叩いているのは、座れということだろう。私は素直にお兄様に従った。
「これ、普通に不敬罪だからね」
「え?でもエルフの里で……」
「何?」
「いえ……」
ジロリとお兄様に睨まれたので、空気を読んだ私はそのまま口をつぐんだ。
ヒリヒリする頬をまた掴まれたくはない。
「どのくらいで元に戻るの?」
好きな物を沢山食べられて嬉しいクリス様と、幼い頃の推しを堪能することができて嬉しい彼方。
WIN-WINで幸せそうな二人を見つめながらお兄様が言う。
「二時間ほどかなーと」
「そっか。それなら大丈夫かな」
「……もしかして、何か予定がありました?」
上目遣いに尋ねると、ジト目が降ってきた。
「忘れたの?今夜は聖女様のお披露目会がある日でしょう?」
「あ……」
「やっぱりね」
お兄様は深い溜め息を吐いた。
一定時間が過ぎれば無事に元に戻る薬だが、彼方のお披露目会までに戻らなかったら、大変なことになる。
その時に罪を問われるのは…………私だ。
「すみませんでした」
私は素直に頭を下げた。
お兄様は私の心配をしてくれていたのだ。
「……分かれば良いよ。だから、今度からクリスに何かする時は、絶対に僕に相談してからにしてよ」
「承知しました!」
「あーあ、疲れたから膝貸して。これで許してあげるから」
お兄様はそう言うなり、私の膝を枕にしてソファに横になった。
クリス様に何かするなではなくて、何かする時は……って。お兄様も十分に不敬である。
クスクスと笑いながら、サラサラの髪に指を滑らせると、お兄様が瞳を閉じた。
すると、本当に疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
ふと正面を見ると、お腹いっぱいになったクリス様もまた彼方の膝を枕にして眠っていた。
小さな天使は眠っても天使だった。
私もお兄様に釣られて眠ってしまったのだけれど、
クリス様が元に戻って目覚めるまでの間、彼方は幸せな時間を堪能することができたようだった。
――彼方の膝の上で目を覚ましたクリス様。
『お目覚めですか?』と言いながら、蕩けるような優しい笑みを浮かべた彼方に密かにときめいていたことは余談だ。
お披露目会で彼方をエスコートする際に、彼方に触れる手がぎこちなかったこともまた余談である。
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