コミック五巻発売記念☆ 閑話②『マタニティーブルー』
僕の名前はルーカス・アヴィ。
昨年、妹のシャルロッテが、長年婚約関係にあった僕の親友でもあるリカルド・アーカーと結婚式を挙げた。
『これでお兄様に邪魔されなくなるのね!!』
……と、とても嬉しそうに笑う
その後も、ことある事に新婚家庭に邪魔をしに行ったり、朝から晩まで居座り続けていたら――リカルドがキレた。
ちょっと目を離した隙に、シャルを連れて何処かへ消えてしまったのだ。
それも、この僕が探しても見つけられない場所へ。
――三ヶ月後。
リカルドとシャルが帰って来た時には、シャルのお腹の中には小さな命が宿っていた。
後に知ったことだが、リカルドは数年前から密かに隠れ家を用意していたらしい。
僕の行動を見越しての計画的犯行である。
子供が出来たことを嬉しそうに報告してきたシャル
に、お転婆娘だった頃の面影は既になく、早くも母親の顔になっていた。
「初めは女の子が良いと聞きますが、リカルド様に似た男の子も良いですね」
こんな風に穏やかな顔をする妹を僕は知らない。
「元気に産まれてきてくれるなら、女の子でも男の子でも良いよ。でも、君に似た女の子も欲しいな」
シャルの肩を抱いて髪に口付け、勝ち誇ったような顔で笑うリカルドに、苛立ちと共に複雑な気持ちが湧いてくる。
――普段は穏やかで、人当たりの良いリカルドだが、獣人である彼の本質は人間よりも獣に近い。
幼い頃に両親を亡くし、祖父母に発見されるまで、過酷な日々を過ごしていたリカルドは、『失う』ことをとても恐れていた。
手に入らないものには決して執着しなかったリカルドが、唯一執着をみせたもの。――それがシャルだ。
初対面から積極的なシャルの好意に、はじめこそ困惑していたものの、自分の抱え込んでいた悩みや、その他諸々の問題を全てを受け入れてくれた上で、真っ直ぐに好意を伝えてくれるシャルに、惹かれないはずがない。
シャルを【自分のもの(番)】だと決めたリカルドの瞳には、愛なんて生易しくて可愛いものではなく、狂気じみた独占愛が混じっていることに、鈍感な妹は気付いているのだろうか?
もっと平凡な普通の相手を好きになって欲しかったと思う反面、リカルド以上にシャルを理解し、愛してくれる男がいないことも、僕はとっくに理解している。
相思相愛なら結ばれるべきだとも分かっている上で、邪魔していたのだが……リカルドの強かさは、いつの間にか僕の腹黒さを超えていたらしい。
リカルドが本気を出したら、僕はきっと敵わない。
今回のように誰の目にも届かない場所に、シャルを隠してしまうだろう。
彼がそうしないのは、一重にそれをシャルが望んでいないからだ。だから、こうして戻って来たのだ。
……悔しいけれど、シャルに会えなくなるのも、産まれてくる姪か甥に会えなくなるのも嫌だから、譲歩してあげる。
「……僕は、シャルに似た可愛いらしい女の子の方が良い」
シャルの産んだ子供ならば、リカルドそっくりな男の子でも可愛がれるかもしれないけど、どうせなら初めはシャルに似た女の子の方が良い。
「お兄様のリクエストにお答え出来るかは分かりませんが……元気な子供が産まれるように頑張ります!」
「「頑張らなくて良いから大人しくしていて」」
ガッツポーズをするシャルに不安になって咄嗟に出た言葉は、リカルドとまるっきり被った。
キョトンとしながらパチパチと瞳を瞬かせたシャルは、「二人とも心配し過ぎですよ」と苦笑いを浮かべていたが――――この時。僕とリカルドの間には【絶対に目を離さないようにしよう】という、一つの連帯感が生まれた。
案の定……というか何というか。
流石にお酒は飲もうとはしなかったが、重い物は平気で持とうとするし、規格外な力を使うし、走ろうとするし……。
安定期に入れば何をしても良いわけじゃないんだよ?
喜ぶべきか、悲しむべきか……お転婆な妹は、まだまだ健在だった。
僕とリカルドの気が少しも休まらないまま――遂にその日はやってきた。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
元気な産声が邸中に響き渡る。
……産まれた。
張り詰めていた気持ちが一気に解れ、どっと疲れが湧いてきた。
母親の出産の時もそうだったが、こういう時に男は全く役に立たない。
シャルの苦しそうな声を扉越しに聞きながら、ウロウロと落ち着きなく歩き回ったり、ただ座って待つことしかできないのだから。
僕の隣に座っていたリカルドは放心していたが、赤子の声を聞き逃すまいとピンと立った耳と、嬉しそうに大きく振れる尻尾が、彼の心情を如実に物語っていた。
「……おめでとう。早く行って来いよ」
ポンと肩を叩くと、ハッと我に返ったリカルドが慌ただしく立ち上がった。
「あ……ああ、うん!ありがとう」
はにかんだリカルドは、シャルのいる部屋へと走って行った。
シャルが母親か……。
突拍子もない行動ばかりする妹に、今まで随分とやきもきさせられてきたが、それも今までは大切な思い出だ。
これからシャルは子供と一緒に新しいページを刻み始めるのだ。
産まれた時からシャルロッテを知っている兄としては、なかなか感慨深いものがある。
「ルーカス」
シャルのいる部屋からリカルドに手招きをされた。
いよいよシャルの子供との対面だ。
部屋に入ると、疲労感はあるものの、とてもスッキリしたような顔をしたシャルと目が合った。
背中にクッションを詰めた状態で、ベッドから身体を起こしていたのだ。
「起きてて大丈夫なの?」
「少しなので大丈夫です。それよりも見て下さい」思わず駆け寄ると、シャルは笑いながら、おくるみで包んである赤子の顔をこちらへ向けた。
「……は?」
本当はシャルを労いながら、『おめでとう』というはずだったのに、全て頭の中から吹き飛んだ。
シャルの腕に抱かれている赤子の顔は、何故か今のリカルドの顔をしていた。
「お兄様?」
シャルが不思議そうに首を傾げる。
いやいや、これはおかしいだろ。
赤子はもっと小さくてふにゃふにゃで、こんなにはっきりとした顔立ちはしていないはずだ。
リカルド似の子供も覚悟はしていたが、これは想定外だ。
「お兄様。実はこの子達、三つ子だったみたいなんです」
にこやかに笑うシャルが指す先には、リカルドに抱かれた二つの小さなおくるみに包まれたものがあった。
……三つ子って、まさか。
「ルーカス見て。僕にそっくりな子供達を」
リカルドが見せて来たのは、シャルの腕の中にいる赤子と瓜二つの顔だった。
本来やらば、まだ焦点が合わないはずの赤子と目が合った瞬間。
【シャルは僕のものだよ】
リカルド似の三人の赤子が、勝ち誇ったような顔で僕を見ながら笑った。
******
「――――と、いう夢を見たんだそうです」
「なるほどね……」
私の腰にガッシリと腕を回した状態で、眠っているお兄様を見ながら、リカルド様は苦笑いを浮かべた。
眠れなかったと言っていたが、珍しく何をしてもお兄様は起きそうにない。それだけ眠かったのだろう。離れてくれなそうなお兄様のことは早々に諦める。起きたら離れてくれるだろうし。
お兄様は悪夢だったと言っていたけれど……。
「リカルド様に似た男の子なら、とても可愛いかったと思いますけどね」
「んー、それはどうかな」
「絶対に可愛いですって!」
想像しただけで身悶えしそうになる。
「リカルド様は男の子の女の子だったら、どっちが良いですか?」
「僕は元気なら男の子でも女の子でも良いけど……シャルに似た女の子だったら、物凄く甘やかしちゃいそうだな」
リカルド様が蕩けるような甘い笑顔を浮かべるから、ドキッとした。
「そ、そうなのですか?」
「うん。確実にね。だって、君に似た女の子なんて可愛過ぎるもの。ああ、でも男の子だったら君の取り合いになりそうで、ちょっと困るな」
そう言ったリカルド様は、何やら真剣に考え込みはじめた。
「そんなことにはならないと思いますよ?」
「いや、僕の息子なら確実にそうなるよ。その時は、『母様は父様だけのものだよ』って、大人気ないことを言って泣かせちゃうかも」
困ったような顔で笑うリカルド様に、胸がキュンとする。
「ふふふっ。張り合っちゃうのですね」
想像するだけでも、リカルド様が可愛過ぎる……!
大好きなリカルド様と、リカルド様似の小さな息子に取り合いをされるなんて、天国か!
「うん。僕はとーっても嫉妬深いからね」
「ひゃう……!?」
ニコッと微笑んだリカルド様は、私の鼻の頭にチュッと軽く口付けると、眠るお兄様の耳元で小さく何かを呟いた。
眠っているお兄様の身体が強張ったような気がしたが……リカルド様は一体何を呟いたのだろうか?
「……リカルド様?」
まだ熱く赤らんだままの顔を押さえながら尋ねてみたが、リカルド様は口元に指をあてて『内緒』としか言わなかった。
「君が大好きだよ」
「私もリカルド様が大好きです!」
「……尻尾触る?」
「良いんですか!?」
「勿論。シャルは特別だから」
「……!」
リカルド様のモフモフの尻尾によって、見事に誤魔化された私は、リカルド様がお兄様に何かを呟いたことなんてすっかり忘れて、魅惑のモフモフを堪能したのだった。
――【シャルは永遠に僕だけのものだよ】
*************
ちょっと意味深なタイトルを付けてみました。
たまには困るお兄様も見てみたい!
……夢オチですが。
そして、黒いリカルド様を見てみたい!
……あれ?病んデ…………?
いつまでもルーカスに邪魔されてばかりのリカルドではないのです!(๑•̀ㅁ•́๑)✧キリッ★★
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