新天地~女神の心③
「……」
カトリーナは、無言のままジロリと視線だけを動かしてサイを見据えた。
サイはカトリーナの無言の威圧に怯むことなく、少しずつ近付いて行く。
「そんな風に悔やみ続ける事をカーミラもそなたの家族も望んではいまい」
「…………綺麗事ね」
「ああ、そうだ。綺麗事だ」
カトリーナの前にちょこんと座ったサイは大きく頷いた。
「誰かに庇われて救われた命ならば、その者の分までもっと大事に今を生きなければならない。そなたのように過去を悔やみ続けるのではなく、過去に向き合って前を向いて生きていく。……それが遺された者の務めなのではないのか?」
「……そんなのは、詭弁よ」
「ああ、詭弁かもしれないな。……無論、カーミラを救えなかったあの日を忘れた事は一度もないし、未だに後悔している。魔王になって、あれほどまでに自らの無力さを痛感した事はない」
「……ホント、無能ね。大切なカーミラをみすみす死なせてしまったのだもの」
「私の事は好きに言えば良いさ。だがな、女神カトリーナ。全てを理解しろとは言わないが……そなたの言う『置いて行く側』も断腸の思いで決断したのだという事を忘れてはならない。カーミラ達も心から望んだわけではないのだから」
「…………」
「愛する子供達を置いて逝かねばならぬという決断をカーミラさせてしまった私は……死ぬまでこの業を背負い続けるだろう」
そこまで言ったサイは、クルリと後ろを振り向いて、金糸雀とクラウンを交互に見た。
「子供達よ。これはカーミラの夫であり、お前達の父親としての私の業だから、お前達が責任を感じる必要はない。お前達はただ何も考えずに幸せになれば良い。それがカーミラと私の望みだ」
『罪を背負うのは自分だけで良い。子供達に罪は何も無い』と言ったサイは、とても穏やかな顔をしていた。
初めて会った時は、あんなに泣き虫だったのに……。
「主よ……それは言わない約束だ」
私の心の声が聞こえたサイが苦笑いを浮かべた。
あ、ごめん。
私は心の中で謝った。
サイが全てを飲み込んで受け入れられる様になったのは、金糸雀達と仲良くなった最近なのかもしれない。
それまでは女神カトリーナの様に、ただただ自分が無能だと責め続けていたのだろう。
「幸せにならないといけないのは、お父様も同じだわ!お父様も私達と一緒に幸せになるのよ!私達の不幸をお母様が望むはずがないんだもの!!」
金糸雀はパタパタと羽ばたいて、サイの元に飛んで行った。
「お父様の馬鹿!馬鹿!」
サイの頭部を
「……ああ、そうだ。カーミラなら私達の幸せを願うはずだな」
突つかれて痛いはずなのに、サイは一言も『痛い』とは言わずに愛娘からの攻撃を受け続けている。
「そうよ!馬鹿!」
サイを突つくのを止めた金糸雀は、サイの肩に留まって顔を擦り寄せた。
「悪かった」
サイは金糸雀の頭をポンポンと優しく叩いた。
「私は死んだ後に、カーミラに会えるのが待ち遠しくて堪らない。カーミラの遺してくれた愛しい子供達の話をたくさん聞かせたいのだ。たくさんの土産話を持ってカーミラの元に向かうつもりだが……」
言葉を途切らせたサイは、ここでカトリーナに視線を向けた。
「そなたはどうだ?ずっと洞窟に引き籠もって泣き続けているだけだろう?死後にカーミラやそなたの両親達にする為の土産話はちゃんと用意できるのか?」
『それに……』と言葉を続けたサイの右足がポッと光を帯びた。
あれは……魔力?
魔力を封印されているはずの
それだけ魔王の力は偉大だったという事なのだろう。
私にはサイが何をしたのか分からなかったが、カトリーナには何らかの効果があったらしい。
「……そんな!知らない!私は知らなかったもの……!」
カトリーナが両耳を塞いで取り乱しだしたからだ。
どうやらサイは、私には聞こえない声でカトリーナと会話をしているらしい。
もしくは……私だけが聞こえて、いない?
微かにカトリーナの声が聞こえるだけで、それも完全ではない。
私の回りにだけ薄い結界の様なものを張ったのだろう。
どうしてそんな事をしたのか、全く分からないが……私には聞かせたくない話の内容なのだろうという事だけは分かる。
金糸雀やセイレーヌ達の心配そうな顔を見れば一目瞭然なのだから。
だからこそ、私が聞かなければならない。
色々と気遣ってくれているサイ達には、本当に申し訳ないと思うが……聞かなければ後悔すると思う。知らないままで後から後悔するのだけは嫌だ。
私は結界の一部に、こっそり穴を空けることにした。
私の万能チートさんに出来ない事はない!
意識を研ぎ澄ませ、小さな小さな穴を空けるイメージを膨らませて………っと。
プチッと、風船を針で突いたような感触が右手に伝わってきた。
一瞬、サイの右の眉毛付近の毛がピクリと動いた気がした。
カトリーナとの会話に集中して聞こえていなければ良いが……。
「……あの竜はお前達神のせいで子を失ったのだ。一時でも同じ神であるお前を恨んでも仕方ないのではないか?」
直ぐにそんな声が聞こえてきた。
……神って、何のこと?
ドクンと胸が嫌な風に鼓動した――――。
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