女子会②

「…………もう、どうするか決めたんですか?」

澄んだ彼方の瞳は真っ直ぐに私に向けられている。


「私はもう決めてるよ。彼方は?」

「私は……迷ってます」

「そっか。だったら最後まで悩むと良いよ」

「……アドバイスはしてくれないのですか?」

「アドバイスが欲しいならしてあげるけど、最後に決めるのは彼方だよ。後悔しないように……んーん。後悔したって良いんだよ。でも、その時にきちんと自分が納得できる様な答えが出せるように今の内に沢山悩みなよ」


私は彼方の頭にポンと手を乗せ、そのまま引き寄せた彼方の額にコツンと自分の頭を当てた。

冷たいと……淡々とし過ぎていると……そう思うかもしれない。

だけど、これには彼方の人生がかかっているのだ。

沢山悩んで考えて答えを出して欲しいと思う。


「あーあ……大人は良いな……」

「今は彼方と同じ年だけどね」

私にもたれ掛かってきた彼方の肩を抱きながら私はペロッと舌を出した。


「私も和泉さんみたいな大人になりたい……」

「んー。でもね、私も他の大人も……彼方が思っている程に大人じゃないよ」

「そう……なの?」

「そうだよ」

驚いた顔をした彼方に微笑みかける。


子供の頃は二十歳を過ぎたら何でも出来る大人になれるのだと思っていた。

しかし、いざその年を迎えても私自身は何も変わってなんかいなかった。

年を重ねるごとに年齢は上がって行き、経験は増えていくが精神的に大人になったとは正直思えなかった。

社会に出ると責任が生まれ、不自由や理不尽な事でも対処をしなければならない場面が増えてくる。その中で皆、試行錯誤を繰り返しながら色んな事を学んで行くだけなのだ。『大人は、』と自戒し続ける。


「大人は色んな意味で器用になっちゃうの。だから私は不器用な彼方達が羨ましい。自分を取り繕わず一生懸命に頑張れる姿が愛おしいと思うよ」

「……でも、私は……」


彼方の『早く大人になりたい』は同年代の子達がぼやく呟きとは意味が違う。

理不尽な状況に振り回されるしかなかった子供だったからこそ思う事。

大人になる事を夢見る子供には戻れない……こんな風に彼方を追い込んだアイツが何度思い出しても恨めしい。


「全部始めからやり直しても良いんだよ?」

「うん……」

私は彼方の瞳を覗き込みながら頭を撫でた。


「……そんなに早く大人にならなくて大丈夫だよ。ここは私達の住んでいた世界じゃない。今しか出来ない色んな楽しい事に挑戦しようよ!」

そう言いながらニッコリ笑うと、彼方は一瞬だけ瞳を丸く見開いた。


中身はアラサー、外見は十六歳の私。

彼方の前でもそうでなくても人生を謳歌すべく精一杯楽しむつもりだ。

だってせっかく生まれ変わったのだから思う様に生きたい。


「……って、あれ?明確なお誘いをしちゃった。ははっ」

「ふふっ。和泉さ……シャルロッテっぽい。でも……そうだよね」

私に釣られて笑った彼方は、直ぐにその瞳を伏せて暫く考え込んだ後に両手でガッツポーズを作った。


「うん!もっと前向きに色々考えてみる!!」

「そうそう!まだ私達はこれからだよ!」


もし、彼方が悩んで立ち止まったなら、私は幾らでも手を差し伸べる。

踏み出す勇気が足りないなら……その手を引いてあげよう。

彼方はもう私にとって大切な妹の様な存在だ。


「ほらほら、沢山食べて飲んで!女子会の醍醐味はこの後の恋バナでしょ?」

「恋バナ……!!」

ボンと一気に真っ赤に染まった彼方を笑って見ながら、彼方のグラスにお酒を追加した。



***


私は膝の上で眠ってしまった彼方の頭を何度も撫で続けていた。

何か嫌な夢でも見てるのか……撫でていないとずっと眉間にシワが寄ったままになってしまうのだ。反対に撫でているととても穏やかな顔になった。


彼方と私が選択しようとしているのは今後の人生である。


神アーロンが目覚めれば、彼方や和泉が住んでいた世界に干渉出来る様になるだろうと女神セイレーヌは言っていた。

しかし神力の少ないアーロンに出来る事は限りがある。


私のチート力と彼方の聖女としての力。

それを全て対価にすればある程度の願いは叶う。


アーロンを起こす時までに今後を決めようと彼方とは話してあった。

しかし、彼方はまだ迷っている様だ。


……私はもう決めてある。

当初の考えとは少し変化してしまったが……根底は変わっていない。

『和泉の家族にも幸せになって欲しい』。私の願いはそれだけだ。



「……クリス様。女子会を除くのはルール違反ですよ?」

私はほんの少し開いた扉の隙間にクリス様の瞳を見つけた。


……何をしているんだか。

まさか気付かれると思っていなかったのか、クリス様の身体がビクリと跳ねたのも見えた。


「あ、ああ……邪魔をした」

バツが悪そうな顔をしたクリス様がそっと部屋の中に入って来る。


「彼方は寝てしまったのか?」

「はい。結構飲ませましたから」

「おいおい……シャルのペースで飲ませたら駄目だろう……」

「これでも酔いは残らない様にしたつもりですよ?」

私はニッコリと笑った。


「息抜きも必要かと。……クリス様。せっかく来たのですから座ったらどうですか?」

空いているスペースを指すと、クリス様はそのまま腰を下ろした。


「では、少しだけ」

「手酌で申し訳ありませんが、お好きなお酒をどうぞ?」

「ああ、全然構わない。悪いな……頂くぞ」


私が初めてクリス様に出会ったのは十二歳の時。

まだ幼さの残る少年だったクリス様は、今ではもう大人の男性の顔になっている。

私が良く知る……ゲームの中に出て来たクリストファー・ヘヴンの顔。


クリス様はお酒のグラスを傾けながら……彼方を優しい眼差しで見つめている。

そんな眼差しを見つけてもシャルロッテは嫉妬には狂わない。

私はこの人に恋をする事なく、別の人を好きになった。


「クリス様」

「ん?何だ?」

「私からのアドバイスを少々。そんなに大切なら一刻も早く自分に縛り付けてしまった方が良いですよ?」

「……ぶっ!!」

ニッコリ笑いながら首を傾げると、クリス様は飲んでいたお酒を吹き出しそうになった。


ゲホゲホと咳き込むクリス様は口元を抑え、彼方を起こさない様にしている。


「後悔先に立たず……『事が終わった後に後悔をしても、取り返しがつかない』という意味です。そうならない様に決断を早める事をオススメします」


そう……彼方が全てを選んでしまう前に。


「……分かっている」

クリス様は私を睨み付けたが、そんな顔をしても全然怖くない。

私はふふっと笑った。


彼方には自由な選択をして欲しいと思っているが……私の目の届く範囲で守ってあげたいと思うのも私の本心だ。


だから、私はこっそりと回りを煽ってみた。


……彼方には内緒だけどね?ズルイ大人でごめんね。


私は苦笑いを浮かべながら彼方の頭をゆっくりと撫でた。

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