誕生日①

「ルーカス、シャルロッテ。誕生日おめでとう。お前達の人生に幸多からんことを!」


乾杯の音頭を取ったのはお父様だ。


『おめでとう』と皆が一斉にお祝いの言葉を述べながらグラスを掲げる。


「ありがとうございます。」

私とお兄様は、皆に感謝の言葉を返しながら同じ様にグラスを掲げた。


この世界の貴族達は『乾杯』の時にグラス同士をぶつけない。

グラスにが入るのを嫌がるからだ。

薄くて値の張るグラスを傷付るのが嫌なだけでなく、『色々な関係にが入らない様に』等と縁起を気にしているのだ。


…一方。そんな貴族達とは違い、市井の酒場ではガンガンとグラスをぶつけて乾杯を楽しんでいる。重くしっかりとしたグラスは、乾杯くらいではひびなんて入らないからだ。ひびが入ったら入ったで、それを肴に楽しく飲めるのだ。

和泉の記憶がある私としては、市井の様にわいわいとざっくばらんに楽しむ方が好みだ。


怖い上司に両脇を固められた状態で飲むお酒と、貴族同士のお酒の席の緊張感は似ている気がする。つまらない駆け引きをしながら飲むお酒は美味しくない…。



アヴィ家のホールで行われている立食パーティー式の会場では、皆がそれぞれに楽しそうに語り合ったり、お酒や用意された食べ物を摘まんだりしている。

お父様に、お母様、双子の弟妹に邸の皆。お兄様やリカルド様、彼方、クリス様、ミラにサイ、金糸雀、ロッテに……皆一緒だ。

トントン。


楽しそうに笑っている皆を見ていると、目頭の奥辺りがツンとした。

ここは私が守りたかった大切な場所。

私の原点だ。


私はグラスを傾けて、念願のお酒を口に含んだ。

ああ…。美味しい。

ラベルの程よい甘さと弾ける炭酸の心地好さ。身体の隅々にまでお酒が染み渡る…。

私はこの日が来るのをずっと心待ちにしていた。それが今、叶ったのだ。

和泉でいえば久し振り…シャルロッテでいえば初めて(シモーネのは含めない!)のお酒。まだ一口しか飲んでいないというのに、クラクラする。大分酔いが回っている様だ。

しかし、そんな酩酊状態は嫌いではない。

…トントン。


長い様で…短い日々だった。


ボーッと会場を眺めながら感慨にふけっていた。


沢山の出来事を乗り越えて、皆で一緒にお酒を飲める幸せ…。

…生きていて良かった…。


セイレーヌの為に早く、神アーロンを目覚めさせてあげないと。あの二人にも幸せになって欲しい。

神様を目覚めさせるなんて大役だけど、私のチートさんならきっと出来る…筈!

お兄様達皆もいるしね!

後は、サイ達か…。

…トントン。


…って、誰だ!!

幸せ気分に浸っている私の肩をさっきから叩いている奴は!


キッと睨み付けながら振り返ると…瞳に涙をいっぱい溜めた少年がそこにいた。

これは少年に擬態したクラウンである。

私より背の低い少年が自らを指差し、悲しそうな瞳で私を見つめている。


あっ……!

…クラウンの存在をキレイさっぱり忘れていた!ごめん、ごめん。

「テ…テヘペロ?」

すっとぼけた顔で首を傾げてみる。


すると…。

クラウンの瞳が大きく見開かれたかと思うと、ボロボロと大量の涙が溢れ出して来た。


やっぱり…誤魔化せないか。


「うわぁぁーん!」

クラウンは号泣しながら、私のお父様達の方へと走り去って行く。


ごめん!!

存在を忘れてたのは、わざとじゃないよー!?多分。

罪悪感でほんの少しだけ胸が痛んだ。

…1ミリ位?


お父様達の元に辿り着いたクラウンは、双子達から交互に撫でられ、慰められていた。

流石、私の可愛い天使達だ…!

紅葉の様な小さなお手てはプニプニで、これまたプニプニの頬っぺたに、私の頬を擦り付けると『くすぐったいよぉ…』と可愛い笑い声を上げる。

ああ…今直ぐ二人をギュッと抱き締めたい。


想像するだけでお酒が進む!

また一口。更に一口とグラスを傾ける。


クスクス。

笑い声の聞こえた方を見れば、今度はお兄様とリカルド様、ミラが揃って立っていた。

「シャルは双子達が大好きだよね。僕もだけど。」

「はい。あの子達は愛しすぎて『可愛い』なんていう枠には収まりません!!」

ドヤ顔で答える私。


「……僕は?」

はうっ?!

私よりも頭一つ以上背の高いリカルド様が、モフモフのお耳を垂れさせて、上目遣いに私を見つめている。


…そんなの可愛い過ぎるでしょ?!


「勿論!リカルド様は私の愛しい方です!!」

皆がいる前ではしたないのは分かっているが…酔いが私を行動的にさせる。

ギュッと両手でリカルド様を抱き締めると

「ありがとう。シャルロッテ。」

嬉しそうな声が降って来た。

「へへへっ。」

お互いに顔を赤らめて見つめ合う事……三秒。


「はい、はい。バカップルは撤収。」

呆れた顔のお兄様とミラに、私達の間をかれた。

お兄様がリカルド様を、ミラが私を…同時に引っ張った感じである。


むー。

私は直ぐに非難の眼差しをミラに向けた。

三秒って!!たった三秒しかくっついていられなかったんだよ?!


「…文句は『ルーカスお兄様』に言って。」

ミラは苦笑いを浮かべている。

私の心の中の文句は、きちんとミラに伝わったらしい。

むー。

伝わったのは何よりだが、これはこれで見透かされている様で面白くない。

今更?そういう問題ではない!


「お兄様?」

今回の元凶に、矛先を変えようと視線を動かした所で……私は全てを諦めた。


何をどう諦めたか…。


それはお兄様とリカルド様が、いつぞやの『ハブとマングース再び』の雰囲気を纏いながら笑いあっているからだ。


…うん。ここは関わっちゃ駄目だ。

私は、そんな二人からサッと視線を反らす。

ミラも同じ事を思ったらしく、同じ様に視線を反らしていた。



「…全く。ルーカスもリカルドもシャルが相手だとブレないな。」

グラスを手にしたクリス様と彼方が苦笑いを浮かべながら近付いて来る。


「彼方!ご飯食べてる?!」

「うん。サンドイッチとか沢山頂いたよ。」

私が駆け寄ると、彼方はふわっと微笑んだ。


……!!

息が止まるかと思った。

今日の彼方の着ているブルーのドレス…。

こ、これはゲームの中の彼方とクリス様が初めてダンスを踊るシーンにあったものではないか!!


カッと瞳を見開いた私に同意する様に、彼方は頷きながらはにかんだ。


濃いめのブルーのチューブトップで上半身はスッキリと。ウエストの辺りからふわっと広がるブルーのグラデーションのスカート。細身の彼方にとても良く似合うデザインだ。


ダンスに不慣れな彼方を気遣ったクリス様が、月明かりの注ぐ王城の中庭に誘い出してからの…ワンシーン。

あのスチルはとても綺麗で印象的だった。


クリス様をチラッと見れば、彼方と同じブルーのアスコットタイやポケットチーフを使っていた。ここはゲームの装いとは違っているが、今の彼方とクリス様の関係性が見えて嬉しくなる。

二人が婚約するのも時間の問題かもしれない。


……っ。

ポロッと涙が一筋溢れた。


「「シャルロッテ?!」」

彼方とミラが驚いた様な声を上げる。


「あ…れ?」

泣くつもりなんて全然なかった。

慌てて目を擦ろうとすると、彼方がハンカチで私の涙を拭ってくれた。


おかしいな…中身は彼方よりも年上なのに…この状況はまるで小さな子供に戻ったみたいではないか。


「彼方…ごめん。悲しい…訳じゃないんだ…。」

溢れ出した涙は何故かなかなか止まりそうになかった。

そんな私を彼方がギュッと抱き締めて来る。


「…大丈夫。私には…分かるよ。」

「…ありがとう。」

彼方に抱き締められながら私は、ふと…は泣き上戸なのかもしれない。と、そう思った。


「…幸せになろうね。」

「…うん。」


いつの間にか彼方にも涙が移っていて…。

私と彼方は沢山の人達に優しく見守られながら、温かい涙を流し続けた。

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