静観
彼方が召喚されてから数日。
『…シャル…ロッテ…アヴィ?本当に…?
だったら…あのゲームの様に私を殺して欲しい…。』
あの時に物騒な事を呟いた彼方は、今や初めて出会った時とは別人の様な変貌を遂げていた。
無表情だった顔は、いつも笑顔を絶やさない聖女の様な愛想の良さに変わり、明るい性格もあって教師や生徒達から慕われている。
『聖女』の心のサポート役には、国王から直々にクリス様に命じられた。それにより、私は結構な確率で二人が寄り添い、仲良くしている所を見せつけられている。
二人の仲睦まじい様子に、早くも『聖女様を王太子妃候補に!』と声を上げている者さえいるそうだ。
現在、魔物に脅かされている人々はいないし、魔力を封じられて猫になった魔王は私と一緒に居る。
ゲームの様に聖女が旅に出る必要はない。
平和な学院内でクリス様と彼方を中心にして、多少状況は違うものの――ゲームの中で彼方が作り上げていく人間関係の構図が出来上がりつつあった。
そこには勿論、ハワードやサイラス、お兄様やミラも含まれている。
そして、肝心な悪役令嬢のシャルロッテ・アヴィたる私は、それを静観していた。
……彼方のしている事は、全て【クリストファー・ヘヴン】の攻略に繋がる為の行動だと分かっていたから。
クリストファーのルートは、王道であるが故に細かい設定はあるものの、実はとても単純だったりする。
まず、悪役令嬢のシャルロッテを怒らせる為には、クリストファーと一緒に長い時間を過ごせれば良い。激情型のシャルロッテは、それだけで勝手に嫉妬をして、色々仕掛けてくるのだ。
しかし、私はそんな挑発には乗らない。
頑張っている彼方には悪いが、この世界にクリストファーに恋する悪役令嬢のシャルロッテ・アヴィは存在しない。
私はその未来を変える為に、今までずっと頑張って来たのだから……。
クリス様?
好きに落としなさい。
お兄様やミラ?
お薦めだから、どうぞどうぞ。
…ハードとサイラス?
…も、物好きだね…?
何も仕掛けない
彼方が和泉と同じ世界の人間である事や、私に殺されたがっている事…等々。
『この件が落ち着くまでは絶対に学院に来ないで下さい!』とお願いしてある。
私を
プウッと膨らませた私の頬に『僕にはシャルロッテだけだよ。』と、微笑んだリカルド様がキスをしてくれた事はお兄様には内緒だ。
私達はラブラブですよ?!
お兄様やミラにも一通りの事情は話してあるし、学院の生徒や関係者には、私のプライベートの事を勝手に話したりしないようにお願いしてある。
今やこの世界に流通しているドライフルーツやアイスクリーム、ラベルのお酒…等々だが、『アヴィ領の物は一味違う』と、国の権力者達を含んだ根強いファンは多い。
そんな
…権力を盾にするのは、本来なら好きではない。
だけど、今は状況が状況だ。使えるその力を使わない手はない。
いつ使うの?今でしょ!
と、まあ。
それらのお陰もあって、私が静観出来ている訳である。
…彼方に何があったのかは分からないけど、まだ若いのだから自分を大事にして欲しい。
不意に命を落とす事になってしまった和泉としてはそう思ってならない。
死んだら終わりだ。生きたいと思っていても叶わない人だっているのだから…。
「クリス様。後でまた力の使い方を教えて下さい!」
チラッ。
「ああ。構わないぞ。」
「本当ですか!嬉しい!」
チラッ。
クリス様に寄り添い、一言一言話し掛ける度に、彼方は私の方へ視線を向けてくる。
さっきからチラチラと……大根役者か!!
――放課後。
図書室に居る私の視界に入る場所で、大根役者こと彼方の茶番劇が繰り広げられている。
彼方が明らかに不振な行動をしているというのに、隣のクリス様は気付いていないのか…爽やかに微笑んでいる。
…私は何を見せられているのだろうか。
人差し指で眉間を擦り、縦シワが寄りそうになるのを必死に堪える。
ここで嫌な顔を見せたりしたら、彼方の良い様に解釈されてしまう。それは何か嫌だ。
はあ…。
どうするかな。
ギャルゲーをした事はないから、女の子の落とし方なんて分からない。
「餌付けしたら?」
餌付けか…。
でもね、彼方にとってアイスクリームもチョコレートも珍しくないんだよ。
「ドライフルーツは?」
んー。
彼方の居た世界の若い子達はあまり食べないかな。
「じゃあ、お酒は?」
お酒も駄目だなー。
彼方の年齢では飲んだ事もないだろうし、というかそもそも飲んじゃ駄目だから。
あー…お酒の事を考えていたら、私が飲みたくなってきた。
「ラベル酒の入ったフォンダンショコラが食べたいぞ。主よ。」
良いね!簡単にお酒を楽しみたい時はそれだよね。
「メイ酒漬けフルーツのアイスクリームも良いわよね。」
うんうん、それも良いね。
…って、あれ?
「サイに金糸雀?!」
私の横にはいつの間にか、サイと金糸雀が居た。
「あ、やっと気が付いたわね。」
「うむ。主は全く気付かなかったな。」
サイと金糸雀は顔を合わせてクスクスと笑っている。
「私…今までの事を全部口に出してた?」
「出してたわよ。大きな独り言ね。」
金糸雀達だったから良かったものの…他の人が通り掛かっていたら変な目で見られただろう。
……危ない、危ない。
「今日も聖女は道化の様だな。」
チラッと彼方を見たサイが苦笑いを浮かべる。
「うん。何で皆気付かないのが不思議なんだけどね。」
私は思わず首を傾げた。
「ああ。それは【神の愛し子】という魅了効果のせいだろうな。」
「魅了?!」
「私みたいな他者を操る方ではなく、『自分を良く魅せる』方の魅了ね。」
…成る程。
私から見れば、瞳は全然笑ってないんだけどね。
寧ろ、瞳のガラス玉度が日に日に増してる気がする。
このままではマズイかな…。多分、お互いに。
これ以上、彼方を放置していたら、何もしていない事で断罪される流れになりそうで怖いというのもある。
……それなら。
「よし!」
「殺るのか?主よ。」
椅子から立ち上がった私に向かって、サイが物騒な事を言い出した。
「殺りません!!」
そんな事をしたら処刑ルートに入ってしまうじゃないか!私は殺されるのも、殺すのも嫌だ。
「取り敢えず、餌付け作戦してみようかと!」
ガッツポーズを決めながらニッコリ笑った私は、サイ達と寮の自室に戻って行く事にした。
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