作戦開始!

昨日、寮に帰ってから、ロッテと一緒に沢山のお菓子を用意した。


…問題はこれをどうやって彼方に食べさせるか、だ。

授業以外はクリス様が付きっきりだし、彼方から色々聞き出す為には、出来れば二人の時に作戦を実行したい。


それでなくとも悪役令嬢わたしは、彼方から警戒されているだろうし…って。

…あれ?もしかして、大丈夫じゃない?


ゲームの中でシャルロッテが、彼方に毒を盛るシーンがあった。彼方は私に殺されたがっているのだから、それを利用すれば良いのでは??


そうと決まれば…。


【クリストファー様が大切にされている聖女様とわたくしの二人で、是非とも交流を深めたく思います。放課後、中庭でお待ちしております。シャルロッテ・アヴィ】


彼方宛てに手紙を書いた。

手紙の内容はゲームの物と同じ文章にしてあるから、これで彼方が釣れる筈だ。


一応、邪魔が入らない様に、クリス様はお兄様に足止めして貰うことにする。


…さあ、作戦開始だ!!



**************


学院の中庭の一角には、ガゼポがある。

因みにこれは、アヴィ家にあるのと同じ、ベンチシート仕様の物だ。


私はそこでお茶会の準備をして彼方を待っている。


彼方はいつ来るだろうか…。

ぼんやりしていると、カサッと落ち葉を踏む音が聞こえた。


「…シャルロッテ様。こんにちは。」


…来た。

ニヤリと上がりそうな口角を叱咤し、椅子から立ち上がって彼方を迎え入れる。


「ああ…彼方様。突然お呼び出ししてしまい、申し訳ありませんでした。」


制服のワンピースの裾をほんの少し両手で持ち上げ、大袈裟な程に頭を下げる。


「不躾なわたくしをどうかお許し下さいませ。」


そして、頬に手を添えて微笑む。


うん。完璧!ゲームで見た悪役令嬢のシャルロッテのままだ!


「…い、いえ。私もクリス様……」


大根役者の彼方もゲームと同じ流れに沿おうとして、失敗した。


『婚約者の前で、その相手を愛称で呼ぶのか』という強い不快感を一瞬だけ滲ませると、悪役令嬢のシャルロッテに圧倒された彼方が怯んだのだ。


クリス様がそう呼ばせているのは、本人に聞いたので既に知っている事である。

別にクリス様が、誰にどう名前を呼ばせようが私には知った事ではないし、関係無いのだが…彼方は私がクリス様の婚約者だと思い込んでいるので、今回はそれを利用させてもらう。


「…私も…シャルロッテ様とはお話したいと思っていました。」


どうにか心を持ち直した彼方は、ぎこちない笑みを浮かべた。


ガラス玉の様な瞳は、不安気にゆらゆらと揺れている。


自分で言うのもなんだけど、シャルロッテのきつめな顔で睨まれると怖いからねぇ…。


何度もゲームをプレイして、シャルロッテを知ったつもりになっていても、所詮それはバーチャルな世界のこと。

実際に体験するのでは、迫力も臨場感も違うはずだ。


こちらは小さい時から、猫被りの演技をしているプロの公爵令嬢なのだ。伊達に王太子妃の修行もしていない。素人を威圧するなんて簡単だ。


「まあ!彼方様もそう思って下さっていたなんて…嬉しいわ!どうぞ、お座りになって!」


震えている彼方の肩を掴み、少し強引に椅子に座らせた。


「今日はを用意しましたの。沢山召し上がって下さいね?」


彼方の向かい側に座った私は、頬杖を付いてニッコリ微笑んだ。


本日のメニューは、ラベルの炭酸ジュースと、フォンダンショコラ、クッキーにドライフルーツ、ゲームの中で彼方が好きだと言っていたパフェやパンケーキも用意してある。



「…え…どうして…?」


「どうかなさいました?」


反応を見るからに、彼方も好きだったらしい。

ゲームの中のお茶会では、クッキーや温かい紅茶しかなかったから、こんなに種類があったら驚くか。

私は素知らぬ顔で演技を続ける。


「…それで、私のとは、いつもどの様なお話しをされているのですか?」


「…クリス様は、この世界に慣れてない私に…色んな事を教えて下さっています。」


「そう。最近は私と一緒に居て下さらないのに…やはり聖女様は…特別なのね。」


ここでポロリと涙を溢した。

大根役者の彼方とは違い、『涙』はちゃんと用意済だ。


「シャルロッテ様…私は…特別なんかでは…」


「…良いのよ。彼方様は悪くないわ。クリス様の決めた事ですもの…。」

溢れ出る涙を拭って微笑む。


「…ごめんなさい。少し情緒不安みたいなの。私には構わず、どうぞ召し上がって?」


「あ、あの…ええと…」


…よし。

私の涙に完全に主導権を持っていかれてしまった彼方から、大根役者の仮面が完全に外れた。


泣いてる悪役令嬢を見て、オロオロしている彼方は、とても優しい子なのだと思う。

…可哀想だけど、後もう一押し。


「このクッキーはクリス様も大好きなんですのよ」


彼方にクッキーの入っている器を差し出し、クッキーを無理矢理一枚取らせると、顔面を蒼白にさせた彼方は、手元のクッキーと私の顔を何度も見比べている。


「…どうかしましたか?もしかして、クッキーはお嫌いですか?でも、大丈夫ですよ。とても美味しいですから」


私は器に入っていたクッキーを一枚取ると、にこやかに笑いながら、それを彼方の口元に近付けていった。


うっすらと開いた彼方の唇が、小刻みに震えているのが見えるが、構わずに更に近付ける。



「嫌!!」

後少しで唇に付くという所で、彼方は小さく叫んだ。そして、クッキーを持っている私の手を思い切り振り払ったのだ。


「え…あっ…!ごめんなさい!!」

そう謝った彼方の瞳は、涙で潤んでいた。


…良かった。

彼方は死ぬ事なんて望んでいなかった。


私は安堵の溜息を吐いた。


平然とクッキーを食べたら、どうしようかと思ったよ…。



「ふふっ。毒なんて入ってませんわよ?」


そう言って、クッキーを自分の口に運ぶ。


うん。今日もサクサクで美味しいね!



「…え?」

驚いた様に彼方の茶色の瞳が大きく見開かれた。


「ほら。大丈夫でしょう?」

そう言いながら両手を振って見せると、彼方は口を開けてポカンとした。


「勿論、これだけでなく他のにも入ってませんわ。そんな事したら、折角の美味しいお菓子が勿体無いじゃないですか。」


そう言いながら、次にドライフルーツを指で摘まんで口に運ぶ。


うん。

完全にカラカラな訳ではなく、果汁のジューシーさが残る感じが堪らなく美味しい。



「これ、好きなんでしょう?」


パフェやパンケーキを彼方の前に置くと、ギュッと両手の拳を握り締めた彼方が、私を睨み付けて来た。


「…貴女は…誰?」


「私は、見ての通りシャルロッテ・アヴィよ?」


「違う。私が知っているシャルロッテ・アヴィは、貴女じゃない!」


「私は本物のシャルロッテよ。…中身はちょっと違うけどね?」


私は苦笑いを浮かべた。

ここまで全力で否定されるとは思っていなかったのだ。


「…中身が違う?」


私を睨み付けていた瞳が、不安気に揺れ始めた。


私の真意を量りかねているのだろう。

…それは無理もない。彼方にしてみれは意味が分からないだろうし。


「そう。私は悪役令嬢のシャルロッテ・アヴィにならない為に、頑張ったのよ。」

私は苦笑いを浮かべた。


「そんな…、もしかして……貴女は転生者なの?」


「そう。私はこの世界のシャルロッテと、日本人として生きて来た人間との二人分の記憶を持っているの。」


今時の若い女の子は柔軟で良いね。

説明が少なくて助かるよ!!


「え?…日本人…!?」


「だから、貴女を殺すつもりはないの。ごめんね。」


「そんな……じゃあ…私はどうしたら…!!」


私が謝ると、彼方はボロボロと大粒の涙を流し始めた。


立ち上がった私は、彼方の元に駆け寄った。

そして、そのままギュッと彼方を抱き締める。


驚いた彼方が、反射的に私を押し退けようとしたが、それでも構わず強く抱き締め続けた。


「ふっ…ぐっ…うぅっ…。」

漏れる嗚咽は段々と大きくなり、最初は戸惑っていた様子の彼方の両手が私の背中に回った。


「私は…私は…!!ここで楽になれると思ったのに…!!何で?!どうして殺してくれないの!!」

彼方は私に抱き付いたまま、泣き叫んだ。


私は何も言わずに、何度も彼方の頭を優しく撫で続けた。

この小さな身体にどれだけ事情を溜め込んで来たのかは分からないが、吐き出せるなら、吐き出させた方が良い。



――それからどの位が経っただろうか。

私の腕の中から規則的な寝息が聞こえてきた。


人差し指を使って、汗で額に貼り付いている彼方の前髪をそっと剥がす。


まるで記憶が戻った時の私みたいだと思った。


私もあの時、こうしてお兄様に抱き着いて全てを吐き出した後に眠ってしまったのだ。

…今思い出すと恥ずかしいけど…ね。


「寝たの?」

懐かしい昔を思い出していると、背後から優しい声が聞こえてきた。


「はい。お兄様。」


…相変わらず神出鬼没だな。


私は苦笑いを浮かべながら、振り返った。

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