動き出す時①
午前の授業が終わり、学院の中庭にある芝生の広場に来ると、そこには既にサイと金糸雀の姿があった。
「遅くなってごめんね。」
「大丈夫だぞ!主よ。」
小走りで駆け寄ると、サイがニコリと笑った。
「シャルロッテ。午前の授業お疲れ様。」
金糸雀は軽く羽ばたき、私の肩に留まる。
「うん。今日はちょっと…大変だった。」
魔術の実技の授業があったのだが、チート能力を全力で放出する訳にも行かず、なかなか苦労したのだ。…加減するって難しい。
「実技室で火柱出したもんね。」
後ろを付いて来ていたミラが口元に手を当てクスクスと笑う。
「…なっ!ばらさなくても良いじゃない!」
「必死に冷静さを装ってたけど、こっちから見たら焦ってるの丸分かりだし。皆が気付いてないのが可笑しくて、可笑しくて…。」
ミラは笑いながら、慣れた手つきで芝生の上に大きなシートを敷いていく。
入学してまだ三日目だが、ここで四人でお昼を食べるのが定番となっているのだ。
「主は色々と豪快だからな。」
「そうそう。シャルロッテは規格外よね。」
「この間なんか、『シャルロッテ様、踏んで下さい!!』とか言われてた。」
「あら。それは凄いわね。」
「うん。《完璧な公爵令嬢の微笑み》とやらに悩殺されたらしいよ。」
「ふふっ。また、たらしたのね。」
「流石、我が主。」
「他にも…」
って、待てーい!!
人が黙っていればさっきから…。
『踏んで下さい!!』は、怖かったんだからね?!意味分からないし!
「…お昼ご飯あげないよ?」
ボソッと呟くと、金糸雀とサイの身体が大きく跳ねた。
「ま、待って!お腹空いたわ!」
「主、ご飯は大事だぞ!?」
金糸雀は私の頬に、サイは私の手にとそれぞれが身体を擦り寄せて来る。
…うっ。モフモフ…。
二人は、私のモフモフ好きを見越して、自身を最大限に利用して来たのだ。
そんな事をされたら…許してしまうじゃないか!
「もう…。仕方無いな。」
私は苦笑いを浮かべ、異空間収納バックの中からランチボックスを取り出した。
今日の昼食はサンドイッチだ。
食パンやクロワッサン、バターロールにハムや野菜、チーズやハンバーグ、デザートの様にフルーツが挟んである物もある。
今日も凄く美味しそうだ。
これは朝の内に、学食で頼んでおいた物だ。
生徒達は基本的に、昼食は学食を利用し、夕食は寮で出される物を食べ、朝は各自自由である。
お願いすれば、こうして外で食べられる様に用意もしてくれるのだ。
因みにマリアンナは、寮でロッテに見守られながらご飯を食べたり、他の生徒の侍女達と交流を深めたりしている。
「主よ。そこのハムが挟んであるのが欲しいのだが。」
サイがモフモフの足で、サンドイッチを指す。
「はい。どうぞ。金糸雀はどれが良い?」
「私はフルーツのが良いわ。」
お皿に二人の好みの物を取り分ける。
「はい。どうぞ。」
「「いただきます!」」
…モフモフな生き物が、ご飯を食べている姿を見ているのは何とも言えない幸福感がある。
「シャルロッテ、早く食べないと時間無くなるよ。」
「あ、うん。」
ミラに促されて、ハムとレタスのシャキシャキとした歯ごたえに似た、タスの葉の挟んであるクロワッサンに手を伸ばす。
パクっ。
んー!!
新鮮なタスの葉の食感が良いアクセントになっている。ハムの塩気をクロワッサンがまろやかに包んでいるのも良い。
シンプルなだけに、それぞれの食材の持つ美味しさが際立っている。
二個目は何にしようかな…。
ランチボックスを見ると、ボックスが怒濤の速さで空のスペースを作り出されている。
…早く食べないとな。
私は微かに微笑みながら、ハンバーグとチーズの挟んである、ハンバーガーに似たサンドを手に取った。
「学食や寮のご飯も美味しいのだが、主の作ったお菓子や酒が飲みたいぞ。」
「そうね。フォンダンショコラとか食べたいわ。」
サイと金糸雀は、サンドイッチを次々と食べているというのに、他の食べ物の話をしている。
…凄いな。
「お酒は無理だけど、次の休みにお菓子は作ってあげるよ。」
「やった!ありがとう。シャルロッテ。」
「嬉しいぞ。主よ。」
こんなに笑顔で喜んでくれるのなら、作り甲斐もある。
二人の好きな物を沢山作ろう。
余ったら、異空間収納バックに入れておけば良いのだから。
ふふっ。
笑いながらハンバーガーにかぶり付くと…。
……っ?!
周囲の木々がざわめき出した。
しかし、怖いとか不快だという感じは全くしない。
春の木漏れ日の中、母の腕に抱かれて眠っている時の様な、温かくも安らかなこの感覚は…まさか……。
「サイ…もしかして…」
「ああ。聖女が召喚された様だな。」
いつものサイの柔らかな雰囲気は消え、若干不機嫌そうだ。黒猫の姿に魔王の面影が重なって見える。
遂に…この時がやって来た。
ドキンと大きく鼓動が跳ねる。
バクバクと心臓が痛い位に波打っている。緊張から喉はカラカラに乾いていて、唾を飲み込んでも楽にならない。
「シャルロッテ…?」
心配そうな表情を浮かべたミラが、私の顔を覗き込んで来る。
私はそれに少しぎこちなくも笑い返した。
それから瞳を閉じ、胸に震える手を当てながら深呼吸を数度繰り返す。
…大丈夫。大丈夫。
何度も自分に言い聞かせ、最後に大きく息を吐いてから瞳を開けた。
彼方は学院の裏山にある泉の畔にいる筈だ。
「私、聖女の所に行って来る。」
シートから立ち上がると、真剣な顔をしたミラが私の手をグイっと引いた。
「俺も行く。」
今まで自分の事を『ミラ』と呼んでいたミラは、アヴィ家の養子に入った頃から、一人称を『俺』に変えていた。社交時には『私』と言い、両方を使い分けている
私の手を強く引くミラの手は、出会った時の様な小さい手ではなく、男の人の手をしていた。
ミラには昔、【赤い星の贈り人】なのを告白している。リカルド様に話すよりも少し前の事だ。そして、養子入る時には、以前には話していなかった事も話したし、これから私がしたい事も全て話した。家族になるミラに隠し事をしたくなかったからだ。黙って私の話を聞き終えたミラは暫く絶句していたが、それもそうだろう…。この世界の
だけど…ミラは受け入れてくれた。その上で私と兄妹になってくれたのだ。
私は何て……恵まれているのだろう。
「うん。一緒に行こう。」
私はニコリと笑って、ミラの手を握り返した。
「む…もぐ…私も行くぞ。主。」
「勿論、私もね。」
慌ててサンドイッチを咀嚼し、ランチボックスを空にした魔王と金糸雀にも頷き返し、私達は泉の畔に向かった。
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