学院生活スタート

「新入生代表シャルロッテ・アヴィ。」


「はい。」


名前を呼ばれた私は、ピシッと姿勢を正し、椅子から立ち上がった。優雅さと気品を忘れない様に歩き出し、壇上に上がる前には、学院長や来賓の方々に頭を下げる。

そうしてからまた姿勢を正し、壇上へと上がって行く。

マイクの置いてある壇上の真ん中に立ち、軽く一礼をしてから微笑みを浮かべると、会場内から一斉に、ほうっと言う吐息が漏れ、恍惚とした視線を向けられた。


………。


公爵令嬢という立場上、見られる事には慣れているつもりだ。

幼い頃から王太子妃候補として、好意や悪意、値踏み等の様々な視線を浴びて来たからだ。

見られる立場の人間は、傲慢ではいけない。謙虚でなくてはならないのだ。

だから、こんなに沢山の熱い視線を向けられているかといって、『皆が私の容姿に見惚れてる』だなんて馬鹿な事は微塵も思わない。


そう…思わない。

絶対に違うから…。


引きつりそうになる頬を気合いで制しながら、スピーチする為に口を開く。



…そもそも新入生代表のスピーチを務めるのは、入学前に受ける試験で首席になった生徒だ。

優秀な家庭教師のお陰で、それなりに勉強は出来る方だとは思うが、首席になれる程の頭はない。

今年の首席は確か、特待生の一般生徒だった筈だ。ラヴィッツ学院には貴族だけでなく、優秀な特待生の一般生徒もいる。


因みにクリス様はきちんと首席だったよ!


それなのに何故、慣例を破ってまで私が代表スピーチをのか…。



それは間違いなくお兄様のせいである。


否、正しくは…アイスクリームのせい…か?


以前、プレゼントした魔道具を使い、アイスクリームを学院中の教師や生徒、その関係に至るまで全てに余すことなく布教し、更に王都中にその存在を広めたお兄様。

…そこまではまだ良かった。


そのアイスクリームを作ったのが私だとバラしさえしなければ…。


…見てよ。

私を見るギラギラとした沢山の瞳。

この恍惚とした瞳は私を通して、愛しいアイスクリームを見ている瞳なのだ。


嬉しくもなんともない…。

寧ろ、怖い。助けて…リカルド様。


つまり、アイスクリームの信者と化した学院が、嫌がる私を無理矢理に代表挨拶者にしたのだ。


スピーチが終わり、早々に壇上を去ろうとする私の背中に向かって、大喝采と歓声が上がった。


『アイスクリーム様だ!』

『シャルロッテ様はアイスクリームの様に白く美しい!』

『アイスクリームの女神様万歳!!』

『アイスクリーム最高!!シャルロッテ様最高!』


…これからの学院生活どうしてくれるの?

どうやって過ごせと?

もう彼方とか神とかの問題じゃないよ!?



…こうして私の学院生活は始まりを迎えた。











と、いう夢を見た。


「…良かった。本当に…夢で良かった!」


上半身を起こしたベッドの上で膝を抱え、大きな溜息を吐いた。


こんなのが現実だったら洒落にならない。


「ん…?もう朝なの?」


サイドボードの上に置かれた、ふかふかクッションの上に丸まって寝ていた金糸雀と、魔王サイオンこと『サイ』がモゾモゾと身動ぎ始めた。


「あ、起こしてごめん。私は学院行くけど、金糸雀達はまだ寝てて良いよ。」


私は金糸雀とサイを一撫でして、ベッドから降り、寝室からそっと出た。



夢で見た様に新入生代表スピーチをさせられる事もなく、無事に何事もなく入学式は終わった。


アイスクリームの女神なんて冗談じゃない。


私に与えられた寮の部屋は一人部屋だ。

公爵家の娘という身分からすると、当たり前なのだが…シャルロッテと同年代の女の子と同室という生活もしてみたかった。


基本的に貴族位の生徒は一人部屋。市井の一般生徒は二人部屋となっている。


広い部屋には寝室や侍女の控室を含めて個室が三部屋ある。

一人では何も出来ないお嬢様も多いからね。


私?

私は『一人でも大丈夫』と言ったのだけど、マリアンナが一緒に来る事になった。

そこに、金糸雀とサイ、ロッテも居るから、早くも賑やかな寮生活を送れている。


「おはようございます。早いですね?お嬢様。」


ナイトウェアのワンピース型の寝間着を脱いで、制服に着替えていると、キッチリと侍女服を身に纏ったマリアンナが控室から出て来た。


「うん。ちょっと嫌な夢見て…ね。」


苦笑いを浮かべながら、制服の前ボタンを止めて行く。

ラヴィッツ学院の女子の制服は、セーラー襟の付いた紺色の膝下丈のワンピースだ。

襟元には大きな白いリボンを結び、素足は黒のタイツで隠すのだ。

とても清楚で可愛いデザインである。

この基本のデザインさえ守れば、アレンジは自由だ。レースやリボンを増やすも良し、家紋を刺繍するも良し、勿論、何もしなくて良し。

私はフリルの付いた白いペチコートを下に履いて、ワンピースの裾からフリルだけを見せている。


夏は同じデザインで、色が白になり、リボンは紺になる。


因みにお兄様と同じく《エトワール》で作って貰った文句の無い逸品だ。


因みに、男子の制服は女子と同じ紺色のブレザーとスラックスになる。

中のシャツやネクタイ、ジレの色は自由である。


ドレッサーの前に座り、白いリボンを結んでいる間に、マリアンナが髪の毛を整えてくれる。

今日は両サイド編み込み、くるりんぱとさせた髪の毛を片側でルーズに纏めた大人っぽい髪型だ。

うん。今日もマリアンナの腕は凄い。


ドレッサーからテーブルの方に移動すれば、朝食のフレンチトーストと紅茶を出してくれた。


「オハヨウゴザイマス。ゴ主人様。」


テーブルの傍らにはロッテが置かれている。


「おはよう。ロッテ。今日も美味しいフレンチトーストをありがとうね。」


微笑みながらロッテに触れると、『チン』とロッテが嬉しそうに音を鳴らした。



「私にもフレンチトーストを頂戴。」

「ロッテ。私も頼む。」


寝室から金糸雀とサイが出て来た。


ロッテのフレンチトーストの誘惑には勝てなかった様だ。


「ハーイ。マリアンナ、パンヲ三ツ入レテ下サイ。」


「三つ?金糸雀様とサイ様のじゃないの?」


マリアンナが首を傾げる。


「マリアンナノ モダヨ?チャント食ベナイト駄目ダカラネ?」


「…ロッテ!」


口元を手で覆い、顔を赤くしているマリアンナは笑顔でロッテを撫でた。


「ありがとう。ロッテ。」


優秀なロッテは、最近アップデートされて更に進化した。

パンを入れるだけでフレンチが出来たり、卵を入れれば、日替りでスクランブルエッグや目玉焼きを作ってくれるのだ。


私はそんな穏やかな光景を横目に見ながら、紅茶をすする。


幸せな光景だ。そして何より平和だ…。


入学式から三日目。

彼方はいつ現れてもおかしくない。


いつまでもこんな日々が続けば良いのに…。

そう思ったこの日。


遂に……動き出した。

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