ルーカス・アヴィ

「おい。ルーカス。」



「…何?」


眉間にシワを寄せ、読みかけの本から顔を上げると、僕の机の前には『筋肉ワンコ』ことハワードが立っていた。

『筋肉ワンコ』とは言い得て妙な物で、ハワードを表現するに相応しい言葉であった。

因みに、ハワードを『筋肉ワンコ』呼ばわりしているのは、僕の妹である《シャルロッテ・アヴィ》だ。


ハワードは、『単純で根が真面目な熱血馬鹿』である。

良く言えば、『素直で明るい馬鹿』と言った所か?


個人的にハワードの様な裏表の少ない人間は好ましい。能力を使わずとも、大体は考えている事が分かるから。


それは妹のシャルロッテも同じだ。

考えている事が全て顔に出る。お馬鹿で可愛い妹である。

そんなシャルロッテには、成り行きで能力を明かす事になったのだが、出来れば隠しておきたかったのが…本音だ。


僕の能力は【全知】。

人の心を鑑定…つまり、人の心を読む事が出来る。

今では完全に制御が出来る様になった為、勝手に他人の思考が流れ込んで来る事は無くなった。しかし、能力に目覚めたばかりの幼い頃はそうはいかなかった。止めどなく流れ込んでくる他人の思考の波に、このまま頭の中がパンクしておかしくなってしまうのではないかと思っていた。


そんな時に妹のシャルロッテが産まれた。


産まれたばかりの赤ん坊であるシャルロッテは、ドロドロとした思考を持つ大人達とは違い、生きる為の本能的感情しか持っていなかった。

赤ん坊なんてそんなものなのだが、幼かった僕には知るよしも無い。

真っさらなシャルロッテに縋る様に依存した。

常に妹の側に居て、シャルロッテの素直な心の声だけを聞く。

一年程そうしていていただろうか。シャルロッテと会話が出来るの様になって来た頃、ふと、他人の思考が勝手に流れ込んで来ていない事に気が付いた。

かといって能力が無くなった訳ではない。人の心を読もうと思えばいつでも読めた。いつの間にか能力を制御する事が出来る様になっていたのだ。


いつも一緒に居たからか、シャルロッテの顔色を見るだけで気持ちが分かる様になったのは余談である。


能力が制御出来る様になり、周りを見る余裕が出来る様になると、今まで気付かなかったが、シャルロッテの大きなアメジスト色の瞳の中に【赤い星】がある事に気が付いた。


それを両親に告げると、二人は目に見える程に動揺し出した。ただならぬ大人達の様子に、子供ながら《大変な事》だと理解した僕は、シャルロッテの事を守らねばならないと思った。自分の為に。


幼い子供の頃のシャルロッテは、今の様に破天荒でお転婆だった。僕はそんな妹がしでかす事が楽しくて、楽しみで仕方が無かった。なのに…クリスの婚約者候補として名が上がった時から、妹は王太子妃としての常識に縛り付けられ、ただのつまらない人間に教育されてしまった。

そんなつまらなかった妹が、一年前に来た時には歓喜で胸が震えた。


シャルロッテの【赤い星の贈り人】は、異世界人の《天羽あもう 和泉いずみ》と言った。

僕よりも年上の和泉は、貴族等の常識や身分や差別に捕らわれない自由な女性らしく、突然の思い付きで、突拍子もない事をしでかした。

規格外の能力を全力で使用してみたり、お酒に固執してみたり。シャルロッテの年齢を思い出して大人しくしてみたり…等々。


自由で楽しそうな、でも、ふと大人の顔に戻る《和泉》に、僕は惹かれていたのだと思う。

彼女の側に居て、彼女の世界を共有したい。

僕がずっと守ってあげたい。…恋だと思っていた。


そんな和泉には想い人がいた。

先日、婚約を発表した《リカルド・アーカー》。ハーフ獣人の穏やかで優しい僕の友人だ。

元々、親交はあったが、そんなに仲が良かった訳ではない。だが、和泉があの日、泣きながら『リカルド様に会いたい』と言ったから、彼女の心の不安を少しでも軽くしてあげられる様に、願いを叶えてあげる為に不本意ではあったが、

初対面で和泉がプロポーズし出した時は、流石に唖然としたけどね。


差別意識の低い彼女は、リカルドだけでなく、男女問わず近付く者達を、何だかんだあってもなつかせてしまう。人たらしの素質があるのだろう。それが面白くなくて、兄権限で相手を遠ざける事も多々あった。


スタンピード回避の為に、沢山悩んで、泣きながらも前を向いて、困難に立ち向かおうとする彼女の姿をずっ見ていたら…この気持ちは恋なんて簡単なものではなく、もっと深い気持ちでは無いのでは…?と思い始めた。


僕にとって、シャルロッテは産まれた時から特別な妹で、和泉はシャルロッテの大切な一部だ。

僕を救ってくれたシャルロッテには、幸せになって欲しい。


だけど…目の前でイチャイチャされたら面白くないから、意地悪しても良いよね?


…目の前に居るのが、シャルロッテではなく『和泉だったら』と思った時があったのは……僕だけの秘密。


この胸の痛みが無くなるまでは、存分に義弟を苛めてやろうと思う。

覚悟しててよね?




「ルーカス、聞いてんのか?…副会長?!」


「……何?」

耳元で怒鳴るハワードに顔をしかめながら問い返す。


考え事をしていたから、ハワードの話を全く聞いていなかった。


「師匠がいないと、本当、感じ悪いぞ?」


それは否定しない。

と言うか、まだハワードは妹の事を『師匠』呼びしてるのか。シャルロッテに嫌がられる訳だ。


「……で、何?」


「…口調だって違うし!師匠の時はもっと優しいくせに…」

「ハワード?」


男友達と可愛い妹を一緒にするな。

ジロリとハワードを睨み付ける。


「…悪い。先生がまたやらかしたみたいなんだよ。」


僅かに身体を引かせたハワードは、やっと本題に入った。こういう所は空気を読んでくれるから話が早くて助かる。


自分の態度がそうさせている事を棚に上げながら内心で苦笑いする。


「…またか。生徒会長クリスは?」


「違う教師に呼ばれてる。」


「仕方無いな。」


軽く舌打ちし、読みかけの本に栞を挟んで席から立ち上がった。

まだ、一年生ではあるが、この春の選挙で最上級生を打ち破り、クリスが生徒会長で、副会長が僕になった。学院内の揉め事の仲裁は生徒会の仕事だ。ハワードは書記で、サイラスが会計である。

この栞は、シャルロッテが作ってくれた物だ。ラベルの花を押し花にした物である。

苛立っている気持ちを押さえる為に、一瞬だけ栞に触れる。


……。


「それで、どこ?」


歩き出した僕を誘導する様に、ハワードが前に出る。


「こっちだ。」


ハワードの早歩きに合わせ、僕も早歩きした。



*******


「…理事長。何度言ったら分かるのですか?生徒の実力を視るのは授業の時だけにして下さいと言っているじゃないですか。」


「だって…。」


「『だって』じゃないでしょう?」


「試してみたくなったんじゃもん。」


僕の目の前には、年齢不詳の老人であるルオイラー学院理事長が、白い長い顎髭を撫で付けながら、『カッカッカー』と独特の笑い声を上げながら立っている。


ルオイラー理事長はこの学院の創設者であるのだが、現在は、息子に学院の全権を預けて、自分はフラフラと学院内を歩き回り、生徒に突然、呪術を掛けたりと、問題を起こしている迷惑な暇老人である。

そして、本当の姿は…この国を支える始祖竜の一人である。


はぁー。

僕は溜息を吐きながら、眉間を押さえた。


この子供の様な言い訳を並べる、くそ爺…理事長の相手をするのは疲れるのだ。


「そうだ。ルーカス。またあいすくりーむを作ってくれんかの?」


…全く反省していない。


「嫌です。」


「ケチ。」


…誰がケチだ。


「シャルロッテちゃんはあんなに優しくて可愛いのに。お兄様はケチじゃのう。」


「……は?」


このじじいはどこで妹と繋がった?


「この前、お前さんに会いに来てたじゃろ?その帰り道にしたんじゃ。美味しいお菓子をくれたのよ。カッカー。」


ニコニコと笑いながら何度も、髭を撫で付ける爺。


いつの間に…。

て、言うかシャルロッテ…大物ばかりの止めてくれないかな。

確かに、シャルロッテの作るお菓子は美味しいから気持ちは、分からないでもない。

だけど、家にこれ以上余計な物要らないんだけど。


全く…僕の規格外の妹は、本当に僕を飽きさせないよ。


「僕はケチなので、ルオイラー理事長には今後二度とアイスクリームはあげませんからね。」


僕はニコッと笑った。


「…る、ルーカス!それは!その…わしが悪かったから勘弁してくれ!」


「駄目です。」


「ルーカスー!!」


「……ルーカスすげえな。」


僕達のやり取りを黙って見ていたハワードが苦笑いを浮かべた。

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