プレゼント
《ダンジョン消滅~ルーカスの入学の間》
*********
私はその日、お兄様がお父様と揃って一緒に出掛けたのを見計らい、ミラの部屋を訪れた。
明日までお兄様達は帰らなーい!!
自由だーー!!ヒャッホー!
…って、そうじゃない。
お兄様の目が無い、貴重なこの機会を逃してなるものか。
トントン。
ミラの部屋のドアを軽くノックし、返事も良く聞かずに部屋の中に滑り込む。
おおっ…と。
ミラの部屋の中には、前よりも沢山の魔道具で溢れ返っている。
これでは、寝る場所しか確保出来ていないのでは?と思える位に、足の踏み場が無い。
早く広々とした、研究施設が出来れば良かったのだが…。
先日、ダンジョンを攻略したせいで、思わぬ障害が生まれてしまった。
アヴィ家の裏山にあるダンジョンは、ダンジョンマスターだった【終焉の金糸雀】を外に出した事により、間も無く自然消滅する予定だからだ。
私としては…ダンジョンがいつまでも形を残しているよりも、消滅してもらった方が安心出来る。
残ったダンジョンに、新たなマスター誕生!なんて勘弁して欲しいからね。
当初の予定としては、ダンジョン探索と平行しながら、裏山の一角に魔道具開発の研究施設と、ダンジョン解明の為の研究所を作る予定であった。既に建設は着工されているのだが…、大事な研究資源が消滅してしまうのだから、方針転換も仕方無いだろう。
その為に、一時的に工事を中断させている状態なのだ。
まあ…そう遠くない日に、工事は再開するだろうけど、研究施設の完成を待ち侘びているミラからすれば、一時的な中断とはいえ、堪ったものじゃないだろう。
貴重な魔道具を踏んだりしない様に、しっかりとワンピースの裾を持って、部屋の中をゆっくりと進んで行く。
机に向かって座り、作業に集中していたミラには、ノックの音は聞こえていなかったらしい。
この状態で声を掛けたら…驚くよねぇ。
声を掛けるか否か。
私は顎に手を当てながら首を捻る。
しかし…そもそもミラに声を掛けないと、話が始まらないのだ。
息を吸って、呼び掛けようとした時…。
「シャルロッテ、今は手が離せないから、ちょっと待ってて。」
こちらを振り返りもせずに、ミラが言った。
「え!?…あ、ああ、うん。分かった。」
私の方が驚いた。
…初めから気付いていたのだろうか?
素朴な疑問を持ちつつ、ミラが作業を終えるまで黙って待った。
作業が一段落したミラは、ソファーに二人分のスペースを無理矢理に作った。そして、開けたスペースに座る様にと目線で促す。私はミラと向かい合う形で腰を下ろした。
「お待たせ。で、今度は何を作りたいの?」
うっ…。
まだ何も言ってないのにバレてる。
って、まあ…いつものパターンか。
「あ、その前に!私が部屋の中に居たのには…気付いてたの?」
「うん。アレでね。」
ミラは机の上の天井を指差した。
ミラが指差した先にあったのは、小さな箱状の物で…和泉の世界に良くあるアレに見えた。
アレは…。
ジーッとその箱を見ていると、『ピコン』と小さな音が聞こえた。その瞬間に、パッと箱の中に人の影が映り込んだ。
この部屋の扉に張り付いて、中を伺っている様な侍女の姿。
マリアンナ…何してるの…。
「分かった?」
ええと…ミラの言葉の意味は、箱状の物の事…だよね?
「う、うん。ミラの部屋に近付くとアレが教えてくれるんだね!」
「…驚かないの?」
眉間にシワを寄せて首を傾げるミラ。
しまった!
ここは驚く所だったのか!
「え…?!ええと…凄いと思ってるよ?!」
私は身振り手振りを加え、多少オーバーとも思える様なリアクションを見せる。
ミラがこの世界で初になるだろう、監視モニターを作った事は驚いた。流石はミラ。発想力が柔軟だ。
しかし、私的にはマリアンナのこの行動に非常に困惑しているのだ。
大方…私達が何かやらかさない様に『見張れ』と言う、お兄様の指示かもしれないけど…。素早いマリアンナの動きはプロの密偵の様だ…。監視モニターで全てバレてるけどね!
「…ごめん、充分に驚いてるんだけど…それよりもマリアンナの方が気になって…。」
「…知らなかったの?」
「…何が?」
「彼女は君の護衛みたいだけど…って、その顔じゃ、知らなかったんだ…。」
…護衛?マリアンナが…??
「て言うか…アヴィ家の使用人は
…何だと…!?
確かに執事のマイケルは、お
しかし、その他の普通だと思っていた皆が…素人ではないと…?
「で、でも!マリアンナも他の侍女さん達も…お預かりしている大事な娘さん達なのよ?!」
にわかには信じられない話に、私は否定したい為だけの理由を連ねて行く。
「彼女達の家名は?」
「ええと…マリアンナはルーズベルト男爵の娘よ?」
他にも知っている侍女達の家名を連ねる。
「それ…全部、騎士とか軍事関係の家名だよね?しかも男女問わずに優秀な人材なら家督を継がせるって明言してる、珍しい家ばかりだ。」
…そこまで言われたら、偶然とは言い切れない。
王城でも無いのに、この邸は一体どうしたいのだ。
「まあ、アヴィ公爵家だったら仕方無いんじゃない?」
ミラはケロッと言うけどさ…。
何この…取り残された感は。
…まあ、でもこんな家だから皆が、私の事を受け入れてくれたのかもしれない。
そう思うと、少しは気分が晴れた気がする。
「シャルロッテは、ムームーみたいだからね。」
「…ムームーって何?」
「それも知らないの?」
ミラか説明してくれた話によると『猪突猛進の四足歩行の生き物』
…って、猪じゃないか!!
誰が猪だ!!!
…全否定したいのに…否定しきれない自分が悲しい。
「それで?何作りたいの?」
苦虫を噛み潰した様な顔をしている私に、苦笑いを浮かべたミラが尋ねる。
…うん。話題を変えよう。
…かくかくしかじか。
一通り説明を終えると、ミラの赤みがかった瞳がキラリと輝いた。
「何それ!ミラも欲しいんだけど!!」
ミラは興奮した様で、ソファーから立ち上がるり、私に向かって詰め寄って来ると、私の両手をギュッと握った。
…外から『キャー!!』と言う、黄色い声が聞こえた気がするのは…気のせいだよね?
しかもマリアンナ一人の声じゃない。
チラッとモニターを見ると、黒山の人だかりの様に何人もが扉の前に居る。
君達は何をしてるの!?
…コホン。
今日、私が作りたいと思っているのは、和泉の世界にあった、『材料を入れて、レバーをクルクルと回せば完成!』となるあの有名な玩具に似せた魔道具だ。
これを作って、入学するお兄様の贈り物にしたいと思ったのだ。
長い学院生活で、今までの様に自由にアイスクリームを味わえなくなるお兄様が、『いつでも美味しいアイスクリームを食べられる様にしてあげたい』と思う妹の真心だ。
…なんてね。
実は下心がありありだ。
勿論、お兄様に食べて欲しいのは本当だけど、そこで一緒にリカルド様が食べてくれたら…と言う思惑もある。
それに、アイスクリームの教祖になりかけてるお兄様が使っていたら、貴族達や、王都内に広まるのも早いと思うんだよね。
アイスクリームの材料は市井でも普通に手に入る物ばかりだしね。
市井にアイスクリームが出回れば、いつでもどこでも美味しいアイスクリームが食べられるじゃないか!
ふふっ。
と言うことで…早速、魔石を用意し、イメージを練る。それをミラが形にしていく…。
*******
「「出来た!!」」
アイスクリーム製造機1号『ルー君』の完成だ。
試しに材料を入れてハンドルをグルグルと回してみる。
すると、五分足らずでアイスクリームが完成した。
早い!!これならお兄様でも簡単に出来る筈だ。
味も問題無い。美味しいアイスクリームだ。
お兄様喜んでくれると良いな。
その後、後二台自分達用に『ルー君』を二台作り上げた。
後日。
お兄様が入学の為に、王都に旅立つ際にプレゼントをした『ルー君』が、思惑以上の威力を持って、学院内や王都で大旋風を巻き起こす事になるのを、この時の私はまだ知らなかった。
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