岐路②

お兄様に手を引かれ、連れられて来たのは、私のお気に入りの場所であるアヴィ家の庭園だった。


「はい。座る。」


その隅にあるテーブルセットに誘導され、有無を言わさず座らされる。

お兄様は私の隣に、リカルド様は正面へと座った。


そう言えば私…リカルド様にきちんと挨拶していない。


挨拶をする為に立ち上がろうとするが、お兄様に手をしっかり握られていて、立ち上がる事が出来なかった。

仕方無く、私は座ったまま頭を下げる。


「…先程はきちんと挨拶も出来ずにすみません。お久し振りですね。リカルド様。」


『座ったままですみません』と付け加えながら頭を上げると、首を横に振り、こちらを心配そうに見る瞳と合う。


「気にしないで。それよりも…大丈夫?」


…大丈夫?って何だろう。

お兄様に押さえ付けられてるこの状態の事?


意味が分からずに首を傾げると、リカルド様は困った様な顔をしてお兄様を見た。


……?


「シャルロッテは鈍感だからねぇ。」


お兄様は手を離し、代わりに私の両頬をむにむにと引っ張り始めた。


「お…にい…ひゃま…っ!」


止めてー!

リカルド様が見てるのに!


私の抗議を無視し、私の頬を尚もむにむにと引っ張るお兄様は、楽しそうに笑っていた。




「もう…!」


漸く解放された私の頬は、真っ赤になっていた。引っ張られ過ぎて痛いと言う事ではなく、ポカポカと血行が良くなっている様な状態である。


「…良かった。やっといつものシャルロッテの顔に戻った。」


「え?」


「さっきまで真っ白な顔してたから、僕もルーカスも心配してたんだよ?」


真っ白な顔…心配?


チラッと横を見れば、頬杖をついたお兄様が瞳を細めてこちらを見ていた。


「どうせ朝早くから居たんでしょ?心配なのは分かるけど無理し過ぎ。僕達が来なかったらいつまであそこに居るつもりだった訳?」


少し不機嫌そうなのは私を心配しているからだろう。


スタンピードが起こらない事を喜んだ後も、あの場所を離れるのが怖かったのは事実だ。

考え過ぎなのだろうけど、離れたら魔物達が湧いて来そうで…不安だった。


お兄様達が私を無理矢理あの場所から連れ出さなかったら、『後、五分。』『後、もう少し…』と、理由を付けていつまでも残り続けただろう。


「今まで頑張ったね。」


「…え?」


お兄様がポンと私の頭に触れた途端。

まるでスイッチが入ったかの様に、ポロリと涙が溢れた。


次から次にポロポロと涙が溢れる。


どうしよう…止まらない。

まだ泣くのは早いのに…。

まだ…終わってないのに…。


「泣いたら良いよ。何度だって泣けば良い。」

いつもの様に私の気持ちを見透かしたお兄様は、ぐいっと私を抱き寄せて、自分の胸元に顔を埋めさせる。


「ル、ルーカス!?」


「ふふん。兄の特権だよ。」

頭の上からは、慌てた様なリカルド様の声と、お兄様の勝ち誇った声が聞こえて来た。


ぷっ。

二人の掛け合いに、私は泣きながら小さく笑う。優しい二人に甘えて私は暫く泣き続けた。



******


「ありがとうございました。」


涙が止まってから、二人に頭を下げる。

二人共、私が泣き止むまで黙って待っていてくれたのだ。


「大丈夫だよ。沢山泣いたから喉が乾いたでしょう?」


リカルド様は微笑みながら、着ていたジャケットのポケットから、グラスを三つと瓶詰めにされた水の様な物を取り出した。


四次元ポ◯ット?

…ではなくて、ポケットに異空間収納機能を付けたのか。


リカルド様のポケットを凝視していると、


「面白いよね。リカルドが考えたんだよ。」

と、お兄様が教えてくれた。


「ルーカス…先に言わないでくれるかな?」


苦笑いを浮かべるリカルド様は、会話をしながらグラスの中に魔術を使って氷を作っている。

初めての魔術を使った時とは全く違う、スムーズな所作にはリカルド様の努力の跡が伺えた。


プシュッと、瓶詰めにされた水の蓋を開け、中身をグラスに注いでいく。


「はい。どうぞ。」

にこやかに差し出されたグラスを受け取り、それを口元で傾けた。


口に広がるのは、シーラの豊潤な林檎の様な香りと味だ。それを炭酸がさっぱりとした口当たりにして、より引き立てせている。


瓶詰めにされた水の様な物は、シーラの炭酸ジュースだったのだ。


「…美味しい!」


私が作るシーラのジュースよりも瑞々しさを感じた。花弁から作られていると言うのに、生のフルーツの様だ。

これがアーカー領のシーラの味なのか…。


「良かった。」

嬉しそうに微笑むリカルド様。


アーカー領では、このクオリティを瓶詰めにして量産しているのだ。


この半年の間。リカルド様の噂を耳にしない事はなかった。


同じ品質のシーラの炭酸ジュースを作れる技術者を育てると共に、炭酸を失わない様に瓶に詰める方法を産み出した。

瓶の蓋を《品質保持》の効能の付いた魔道具にする事により、味も炭酸も保持され、日持ちもするのだ。

魔道具を使う為に、町や市で売られている飲料よりは少し高めにはなってしまうものの、かなりの売れ行きらしい。まあ、この味なら納得だ。


その他にも、元から販売していたシーラの石鹸を改良して新しい石鹸を作り出した。

私の作った練り香水からヒントを得たリカルド様は、女性向けに、香りの持続する香料多めな石鹸を作ったのだ。

シーラから抽出する液体を高濃度に圧縮して閉じ込めているらしいが、使っている物が植物なので肌にも優しい。しかも、香水の様にきつい香りがせず、男性受けも良いと、貴族のご婦人方から人気らしい。

それと合わせて、男性が使用しても違和感が無い様に香料を抑えた石鹸も作った。


それらをアーカー領の特産品として、国内中に広めたのだ。


ハーフではあるが、リカルド様は獣人だ。

まだまだ獣人差別のあるこの国で、始めは凄く苦労したらしい。誰も話を聞いてくれない中でも、根気良く、穏やかに、柔軟に、そして真摯に対応するリカルド様に、徐々に耳を傾ける者達が増え、今やリカルド様は将来有望なアーカー領の後継者として、男性からも女性からも注目されている人物となった。


それをたった半年で成し遂げたのだ。


そして、新たに話題となっているのが、リカルド様の着ているジャケットだろう。

『男性に人気な物だ』とは耳に入っていたが、それが何かまでは分からなかったのだ。


「男は格好つけたがりだから。」


リカルド様は苦笑いをしながらジャケットの説明をしてくれた。


女性や冒険者ならばバッグを持っていたって違和感は無い。女性ならファッションになるし、冒険者にバッグは必需品だ。

しかし、男性はどうだろう?特に貴族の男性はバッグ等は持たない。財布だって持ち歩かない人がいる位なのだ。

御付きの人が居ればそれまでかもしれないが…。

そんな男性だって不便さは感じていたのだとリカルド様は言う。何も持たないのは最早、男性側のファッションだ。それを崩さない為には、元からある物で代用しようと思った事が始まりらしい。

つまり、ポケットだ。

しかし、ポケットをパンパンにする事は、見た目の問題で不可能。ならばポケットに異空間収納機能を付ければ良いのでは…?と。


まあ、それが男性にうけて売れているらしい。

お兄様もいつの間にか手に入れていて、ポケットの中から双子のお土産だと言う、絵本や玩具を取り出して見せてくれた。


リカルド様の用意してくれたジュースを飲みながら暫くの間、私達は和やかに話をしていたが…。


「これで…漸く、僕はシャルロッテの隣に立つ資格が出来たかな?」


それまでにこやかに話していたリカルド様の顔が、ふと真剣な物に変わった。


「リカルド様…?」


リカルド様は立ち上がり、お兄様の居る方とは反対側の私の隣まで歩いて来た。

そして、座っている私の目線に近付ける様に地面に膝を折り、ポケットの中から小さな花束を取り出した。


「僕と婚約して欲しい。シャルロッテ。」


白とピンク色の可愛い花束が差し出される。


「……。」

私は戸惑いの余り…、呆然とリカルド様を見つめてしまう。









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