岐路①
この日私は朝早くから、一人でダンジョン跡地に来ていた。
ダンジョンの消滅を確認した日に、入口は壊して塞いでしまった為、もう地下へ降りる事は出来ない。
ダンジョンが在った証として、石碑を置いていなければ、ここにダンジョンが在ったとは誰も思わないだろう。森の中には日常が戻っていた。
私はたまたま近くにあった丁度良い大きさの石の上に腰を降ろし、ボーッとダンジョン跡地を眺める。
【クリソベリルの首輪】により魔力を封じられ、黒猫になった魔王をアヴィの邸に連れて帰ってから、早くも半年が過ぎた。
魔王の言っていた通りに、魔力の供給者を失った魔物達は、徐々にその数を減らし続け、各地に存在していた魔物達の殆んどが消滅したと、ギルドマスターが調査の結果を報告してくれた。
懸念していた魔王の子供や妻達の動きは何も無い。
魔族側は静観する事に決めたのだろうか?
それともタイミングを見計らっている?
このまま動きの無い事を祈ろうと思う。
…この半年の間には、ちょこちょこと色んな事があった。
先ずはお兄様と私の誕生日だろう。
誕生日…つまり、クリスマスの前日に王都の帰って来たお兄様は、何故か一緒にクリス様を連れて来た。
従兄弟であり、親友でもあるお兄様達だが、
この世界のクリスマスと言えば、某有名人の誕生日ではなく、ユナイツィア王国の建国記念の日なのだ。
王太子であるクリス様は、王都に居なくても良いのだろうか?
と、首を傾げた所で、お兄様が事情を教えてくれた。
王都には、クリス様にお熱な女の子がいるらしい。それもかなり強烈な。
クリス様の居る所には、必ず現れると言う女の子は、《サーシャ・オルベール》と言う。オルベール伯爵の一人娘である彼女は、入学式の日にクリス様に一目惚れをし、父親に無理矢理に頼んで婚約者候補の一人に名を上げた人物らしい。
…どこかで聞いた話に似ていると思ったら…ゲームの中の私か…!
そこまでは良くある話だ。サーシャ嬢に限らず、見目麗しい王太子と結婚したいと言い出す令嬢は数知れずだ。
立場上、そんな令嬢達には慣れているし、騎士団にも席を置いているだけあって、揉めも柔軟に対処も出来るクリス様。ワンコ王子だけど、ちゃんと優秀なのだ。
しかし…相手がストーカー体質のご令嬢となると簡単には行かなかったらしい。
クリス様の居る所には、必ず現れるサーシャ嬢。それがどこであってもだ。
学院内ならまだそれも分かるが、隣国の訪問やお忍びの視察、果ては浴場まで…。
父親のオルベール伯爵は王城の中でも、発言力のある人の為に、クリス様は無下にする事が出来無かったらしいのだが…流石にこれは色々な意味で駄目だろう…。
好きなら何をしても良い訳では無い。
結局、サーシャ嬢は、婚約者候補の永久取消しとなり、学院に長期休学届けを出したらしい。
そうしてクリス様は、心の傷を癒す為にアヴィの邸で療養する事になったと。
…お兄様なら、もっと早く対処出来たんじゃ…?
チラッとお兄様を伺えば、お兄様は私を見てニッコリと笑った。
ああ…、やっぱり。
サーシャ嬢か、もしくは、オルベール伯爵を抑える為にクリス様を利用したらしい。
お兄様は、安定の鬼畜っぷりである。未来の宰相としては頼もしいんだろうけど…クリス様の胃に穴が空かないかが心配だ。
私は、メイ酒多めのホットチョコをそっとクリス様に差し出した。
因みに、お兄様からの誕生日プレゼントは、大量の【イルク】だった。和泉の世界で言えば《栗》だ。
ここに来てのまさかの栗の登場に、私は狂喜乱舞した。
マロングラッセにモンブラン…ブランデー入りの大好きな栗スイーツが作れるのだ。
痛まない様、異空間収納バッグに速攻で仕舞ったよ!
後日、作ったモンブランは、魔王のお気に入りとなった。勿論、マロングラッセも。
他には、魔術の使える料理人のノブさんに、
アヴィ家の侍女をしている小柄で可愛い彼女が出来た事や、魔王と金糸雀、クラウンの仲が円滑になって来た等、色々細かい事もあったが…、我が家の最大のニューと言えば、やっぱりこれしかない。
この春にアヴィ家に双子が産まれました!
予定日よりも大分早めに産気付いたお母様。高度医療を知っている和泉からすれば、この世界の出産は不安でしかなかった。
お母様は経産婦であるからか、陣痛が始まってから半日で一人目を産んだ。これは早い方だと思う。残るは後産かと思いきや、出て来たのは胎盤ではなく、もう一人の赤ん坊で…皆が喜びのパニックを起こした。
予定日よりも早まった出産を心配していたのだが、双子だったのならお産が早まった事も、やけに大きかったお腹も頷ける。
お母様双子も無事、元気だ。
安心してお父様の胸で号泣したのは…今となってはちょっとだけ恥ずかしい。
男の子と女の子の双子には、【キース】と【エリナ】と、名付けられた。
ふにゃふにゃと小さく頼りなかった身体や泣き声は日に日に逞しく変わり、しわくちゃだった顔は、すっかり愛らしい顔立ちになって来た。
キースの方がお母様似で、エリナはお父様似だ。
純真無垢な表情を浮かべる双子達に、私の母性本能はもうメロメロだ…。
まだお産から回復しきれていないお母様の負担を減す為に、乳母と一緒に育児に参加させて貰っている。と言うのは建前で…実の所は可愛い双子達といつも一緒に居たいのである。
早く、舌っ足らずの口で『お姉ちゃま』と呼ばれたい!!お姉様頑張る!
しばらくボーッとダンジョン跡地を眺めていた私は、ポケットの中から小さな時計を取り出した。
時計の時刻は、運命の時間を示している。
今日の、この時間にスタンピードが起こる筈だった。
しかし、目の前にあるダンジョン跡地の土の中から、魔物が溢れ出て来る様子は無いし、近くにも魔物の気配は無い。
…スタンピード…回避出来た?
時刻が刻まれる度に、じわりじわりと胸が熱くなって行くのを感じていた。
…やった。本当にやったんだ!
これでお父様やお母様、邸の皆が死ぬ事は無くなった。
私は両手の握りこぶしに力を込めた。
俯けた顔から、熱い涙が零れ落ちる瞬間。
「シャルロッテ。」
私を優しく呼ぶ声に、反射的に顔を上げた。
…そこには半年振りに見る大好きな人の姿があった。
「…リカ…ルド様?」
半年前よりも身長が伸び、男らしくなったその人の姿が…。
「久し振り…だね。」
ぎちなく笑うリカルド様に駆け寄りろうとすると…。
「僕も居るからね?」
リカルド様の影から、スッとお兄様が出て来た。
「…お兄様!!」
私はそのまま、二人に駆け寄った。
「お兄様もリカルド様も…どうしてここへ?学院は?」
二人を見上げて首を傾げる私に、お兄様もまた首を傾げる。
「だって、今日でしょ?あの日。」
…そうか。
お兄様は約束の為に、帰って来てくれたんだ。
…でもリカルド様は?
「シャルロッテ、取り敢えずここから移動しない?」
「え…でも…。」
「大丈夫、大丈夫。もし何かあったら連絡が来る様になってるから。」
私の手を握り、無理矢理歩き出すお兄様。
「僕もいるから大丈夫。」
隣に並び、微笑むリカルド様。
私は小さく頷いて、二人に従う事にした。
※双子の妹の名前を【リリーナ】から【エリナ】へ変更しました。
サイラスのお母様がリリーナだったのです…!
ラ行の名前が好きです。……すみません。
他にもありましたら脳内変換でお願いします……!
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