魔王…?
「……。」
「……。」
いや…あのね?
普通はさ…、魔王城に繋がっているって言っても、城門前とかそう言う所に繋がってるものじゃない?
そこから城の中に『どうやって入る?』とか、『何処に魔王が居る?』とか攻略的な作戦を練ってから、初めに待ち構える門番の魔物をねじ伏せ、城の中に居る魔物達を次々と殲滅させながら、ラスボスである魔王に辿り着くのが普通の流れなんじゃないの?!
それが、どうして魔王(?)の部屋に…しかも入口前とかではなく、部屋の中に直接繋がってる訳!?私達は友達か!!
急に現れた私達に、流石の魔王(?)もポカーンとしている…。
よし!帰ったら、絶対にクラウンをしばいててやる!!
大人しく待ってろ、クラウン!!
…一先ずそれは置いといて。
え?この人が…魔王なの?
私の肩に留まっている金糸雀をチラリと見れば、金糸雀は大きく頷き返してくれた。
娘である金糸雀がそう言ってるんだから、疑う余地は無いのだが…。
目の前にいる魔王は、切れ長の黒曜石の様な黒い瞳を持ち、その黒い瞳には金の縁取りがされている。腰位まで長く伸びる、少しだけウェーブのかかっている烏色の艶やかな髪は、一つに纏められ顔の横で流している。
黒いマントの様な物を羽織った、シャープな顔立ちの美青年である。
入口付近に現れた私達とは、机を挟んで対峙する形となっている。
結論から言えば、私の知っている魔王はこの人では無い。
【ラブリー・ヘヴン】の魔王はと言えば、つり上がった冷たい黒い瞳に、黒い髪。厳つい顔立ちに髭を生やした、筋肉質な大きな身体に角やキバまである、《THE・魔王》と言った風格を持つ壮年の男性だったのだ。
こんなに若く、線が細い魔王だなんて…。
「ええと……お邪魔してます?シャルロッテ・アヴィと申します。一緒に居るのは兄のルーカス・アヴィと…金糸雀です。」
戸惑いながらも、淑女の礼を取り挨拶をする私に、魔王は椅子から立ち上がり、戸惑いながらも言葉を返してくれた。
「……あ、ああ。いらっしゃい?私は魔王サイオンだ。」
お互いにぎこちないのは仕方が無いよね?!
しかし…嬉しい事に、この世界の魔王は話しが通じそうな相手だった。
ゲームの中の魔王は頑固ジジイだったから、話し合いと言う選択肢は存在しなかった。
これならば最悪の判断をしなくても、どうにかなるかもしれない。と、早くも希望を見出だした私は、魔王ともっと話しをしてみようと思った。
なのに…。
「…はっ!?」
思考の為に、ほんの一瞬だけ魔王から視線を外していたのだが…その間に魔王が号泣しているなんて…予想外にも程がある。
え…?何?何?どういう事?
どうしてこんな事になっているのか意味が分からない。困惑した私は、助けを求める様に、お兄様や金糸雀に視線を向けたが…二人共、ポカンと驚いた様な顔をして固まっていた。驚いたのは私だけじゃなかった。
「あ、あんなに…小さかった私の娘が…こんなに大きくなって…帰って来てくれるなんて…。」
目元を片手で覆い、ボロボロと涙を流す魔王。手元にある書類をぐしゃっと潰しているけど…良いの?それ…。
しかも、小鳥姿の金糸雀を見て、『大きくなった』って…何だよ!?
寧ろ、小さくなってるよ!!
…って、金糸雀の事きちんと分かっていたのね。
それにしても…魔王って《子供達には干渉せず、常に放任主義》じゃなかった?
金糸雀も親子としての交流は無かったと言ってたよね?
目の前で、子供の成長を泣いて喜ぶ魔王の姿からは想像がつかない。
「あ…あの…。」
「グスッ…すまない。つい…感極まってしまった。」
「いえ…大丈夫です。魔王は子供さん思いなのですね…?」
机の引き出しから、ハンカチを取り出して自らの涙を綺麗に吹き終えた魔王は、こちらを見て静かに微笑む。
「最近、年のせいか涙脆くなってしまってな…。ああ、お前達を立たせっ放しだったな。そこに座ると良い。」
魔王が入口近くにあるソファーに座るように促してくる。
私とお兄様は『…失礼します。』と、困惑しながらも従う事にした。
私達が座るのを見届けてから、魔王は向かい側のソファーに腰を下ろした。
…前情報と全く違う魔王をどうやって扱ったものか…。
早くも頭を抱えたくなった。
涙脆い魔王だなんて聞いていない。
うーん。甘い物が欲しい…。
そんな私の考えを読んだかの様に、魔王が側にあった呼び鈴を鳴らそうとする。
「お茶でも用意させよう。」
「あ、いえ!私が用意します!」
慌てて魔王を押し止め、私はソファーから立ち上がった。
人型をしているからと言っても、魔王は魔物である。用意された物が得体の知れない物だったら、非常に困るのだ。
外交問題上、相手が用意した物に手を付けないのは失礼に当たる。それも魔王が相手なら手を付けない訳にはいかない。そんな危険は先手必勝で回避するに限る。
本日も携帯している、便利な異空間収納バッグから取り出したのは、ラベルの花弁を乾燥・発酵させて作った紅茶である。一緒に、ティーカップセットやお湯。そして、お菓子も一緒に取り出す。こんな事もあろうかと、昨日の内に沢山用意しておいたのだ。
因みに、本日のお菓子はフォンダンショコラである。中のチョコレートには、香り付けとしてメイ酒をほんの少しだけ入れてある。
万能な異空間収納バッグのお陰で熱々だ。
ふふふ。Let's合法チョコケーキ!!
私は手早く、人数分のお茶を注ぎ入れ、フォンダンショコラをお皿に乗せた。
私の行動を心無しか楽しそうに見ていた魔王の前にも、ティーカップとお皿を置く。
「私が用意しましたが、怪しい物は何も入っていませんので、冷めない内にお召し上がり下さい。」
魔王が頷くのを見届けてから、自分のスペースに戻る。
「…腕輪外そうか?」
お兄様の肩に留まっている金糸雀の耳元でコッソリと尋ねてみると、金糸雀は首を横に振った。
「必要ないわ。この姿の方が沢山食べれるもの。」
元の姿に戻って、親子の交流をした方が…と思ったのだが、余計なお世話だったらしい。
金糸雀は父親よりもフォンダンショコラを選んだ。
金糸雀が良いと言うなら…私には何も言えない。
取り敢えず、目の前にある合法チョコケーキを楽しむのだ。
「いただきます。」
軽く手を合わせてから、フォンダンショコラにフォークを刺し入れて一口分に切り分ける。トロッと流れ出たチョコレートからはメイ酒の芳醇な香りが漂ってくる。
うん。文句無く美味しい。
…美味しいのだけど…お酒が欲しい。
スパークリングワインを飲みながら食べたい味だ。
チラッと周りを見れば、金糸雀はお兄様の肩からテーブルの上に移り、お皿に乗ったフォンダンショコラを一心不乱につついている。くちばしの回りをチョコまみれにしながら、食べている姿は相変わらず愛らしい。
お兄様は『これにもアイスクリームが合うんじゃない?!何にでも合うアイスクリームは、やっぱり至高の食べ物だ…。』と、うっとり呟きながら食べている。…揺るがないな…。流石、アイスクリームの信者だ。
そして、魔王はと言えば…意外な事に、人間の小娘の私が出した食べ物に警戒する事も無く、フォンダンショコラを口にしている。
隠し味のメイ酒が気に入ったのか、『この香りがメイ酒なのか?』と、嬉しそうに次々に口の中に運んでいる。
あれ?メイ酒の事言ったかな?
ふと疑問に思ったが、私よりも長生きしている魔王の事だから、知っていてもおかしくないか…と、考えるのを止めた。
「…お口に合いましたか?」
「ああ。これは酒が欲しくなる味だな?このままでも充分に旨いが。」
おや?…魔王から同士の匂いがするぞ?
魔王は甘党な酒好きの筈だ!
意外な所で同士を見付け、気を良くした私はバッグの中にコッソリと忍ばせていたある物を取り出した。
「…魔王様。宜しければ…こちらを。」
それを氷入りのグラスに注ぎ入れ、魔王に差し出す。
「…む?何だコレは?」
「…まあ、まあ。ささっ、ぐいっと!」
私に煽られる様に、魔王はぐいっとグラスを傾けた。
「こ、これは…!?」
黒曜石の様な瞳がカッと大きく見開かれる。
私はそんな魔王の様子を見て、ふふっと小さく笑った。
「この不思議な飲み物は何なのだ?!さっぱりしているのにパチパチしていて…酒の様なのに幾ら飲んでも酔わないぞ?!」
目の前で子供の様に興奮気味に喜ぶ魔王とは反対に、真横からの突き刺す様な視線を感じる。視線が痛い。…凄く痛い。
「シャルロッテ?」
甘さと粘り気を秘めた声音から、お兄様の感情を瞬時に読み取った私は、魔王に飲ませた物の残りが入っている瓶を素直にお兄様に差し出した。
「今度は何作ったの…。」
素直に差し出した私の行動に呆れながら、お兄様は自ら鑑定を始める。
「えーと…【《スポーツドリンク》。失われた身体の水分が一気に元通り!滋養強壮。スタミナアップ。スピードアップ。…ドーピングだって?NO、NO、NO!!バレなきゃ良大丈夫!て言うか、絶対バレないし(笑)スポーツの秋って良いよね!スパークリングワイン(白)風味(ノンアル)】…。」
え、えーと…。
魔王と戦う前に、少し体力を付けようと思って…スポーツドリンクなら大丈夫かな!?って作っただけなの!!
そしたら予想外な事に、スパークリングワイン(白)風味な美味しいノンアルが出来ちゃったから…、没収されない様にコッソリ隠したの!!
…なんて、口には出せない。だけど、お兄様は明確に、私の思考を読み取ったらしく…ジロリとこちらを睨んでいる。
「…反省してないよね?」
「て、テヘペロ?」
「…没収。」
「お兄様!?」
「あ、コラ!私にも飲ませなさいよ!!」
お兄様と私の間に羽を羽ばたかせながら割って入って来る金糸雀。
私と金糸雀の抵抗も虚しく、お兄様は自分の収納バッグの中に、さっさと仕舞ってしまった。
「「そ、そんなー!!」」
酷い!!お兄様の人でなしー!!
「…お前達は仲が良いんだな。」
騒がしい私達の行動を見ていた魔王がポツリと呟く。
私達の視線に気付いた魔王は、寂しそうに笑った。
『羨ましいな。』と。
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