魔王の苦悩。

そうして、魔王はポツリ、ポツリと語り始めた。


「私の持つ能力は、歴代魔王としては優秀な方だと思う。だが…、それ以外では駄目な存在だ。魔王としての役割を必死でこなしている間に、妻達や子供達が皆、城から出て行ってしまった…。」


「『皆、出て行ってしまった』って…、お義母様やお義兄様達は今、城には居ないのですか?」


「…ああ。城に居るのは側使えをさせてる魔物達が少しだけだ。」


瞳を丸くし驚いている金糸雀に、寂しそうに笑いながら答える魔王。


魔王が言うには、『気付いたら誰も居なくなっていた』らしい。


…これは、出て行った事に気付かなかった魔王に問題があるのではないだろうか…?


それまでにもきっと、大なり小なりの前触れはあった筈だと思うのだが…、それに気付かなかったから、妻達に愛想を尽かされたのだと思う。


「やっぱり…そうなのか…。」


駄目夫の典型と言えるだろう。

家のお父様も似たような物だけどね。


「『駄目夫の典型』…。」


ガックリと肩を落とし、項垂れる魔王。


…あれ?私、口に出して無いよね?


お兄様ならまだしも…魔王にまで顔色読まれるって…。私、そんなに分かり易いの?


無言でペタペタと顔を触り始めた私を見ていたお兄様は、

「あれ?シャルロッテ知らなかったっけ?」


「…何がですか?」


私の心を読んだかの様なタイミングで話し掛けて来た。


お兄様はその気になれば、本当に心が読める能力があるのだが…、私の考えは全て表情に出て分かり易い為、余程の非常事態でない限りは使わないそうだ。


だから、今は私の顔色を読んでの発言になる。…恐ろしい。


「魔王は【全知全能】の持ち主だよ。」


「全知…全能?」


「そう。僕の持っている【全知】と【全能】を併せ持っているんだ。」


人の心を鑑定(読む)出来る【全知】と、光と聖属性以外の魔術を操れる能力【全能】。


うん。良くある魔王のチート能力だ。


まあ、そうだよね…光と聖属性を持つ聖女の彼方ヒロインがチートなんだから、魔王もそれなりにチートじゃなければ相手にならないよね。


この世界チートだらけだな!!


私が言うなって感じだけどね(汗)


そうか、だからさっきから、私の心を読んだかの様な行動や発言があったのかと、思い至った。


それよりも、【全知全能】の能力を持っているなら…どうして妻達に逃げられるかな?

感情が読める能力を持っているのに…無能なの?


ふと思った疑問を頭に浮かべた瞬間に、魔王がバタリとソファーに倒れ込んだ。


あ、しまった…。


どうやら…能力をコントロールして【全知】を制御しているお兄様とは違い、魔王は私の素朴な疑問をも自然に読み取ってしまうらしい。


お兄様曰く、《器の違い》らしい。

能力をコントロールしなければ、感情の波に飲み込まれて狂ってしまいそうになる人間とは違い、魔王は心の容量が大きいので、コントロールをしなくても全てを受け流す事が出来るらしい。


…ダメージを受けてる時点で、全然受け流せてないけどね?


悪い人ではないと思うのだけど、身内としては微妙だったのだろう。


きっと、自分に痛い所だけ、器用に受け流してたのだろう。


「…シャルロッテ。気持ちは分かるけど、そろそろ止めてあげて?」


金糸雀が私の肩口に飛んで来て、軽く頬をくちばしでつつく。


…あっ……(汗)


目の前には息絶える寸前の様に、ピクピクと痙攣をしている魔王の姿があった。



「もう、魔王辞めたい…。」


ソファーに座り直した魔王は、シクシクと泣き出した。


「本当はもっと、子供達と交流したかったのに…『魔王の威厳を持て』と妻達は交流を許してくれなかったし…。」


魔王は急に立ち上がり、机の方に向かったと思ったら、引き出しから本の様な物を取り出して持って戻って来た。


持って来た本の様な物をパラパラとめくり始める魔王。

魔王が持って来たのは小さな子供達が描かれた、この世界で言うアルバムの様な物だった。


「こんなに愛しているのに…。」


涙を拭いながら、愛しそうにアルバムを眺める魔王。


…私達はさっきから何を見せられているのだろうか。

お兄様の方が余程、魔王らしいではないか。


…すみません。

瞳を細めて微笑まないで下さい…(汗)


「これが幼い頃のアイシャ…だ。」


魔王はふと優しい笑みを浮かべ、そっと絵姿を撫でる。


…アイシャ?

金糸雀の方に視線を向けると、驚いた様な顔で魔王を見ていた。

よくよく絵姿を見れば、《アイシャ》には金糸雀の面影が残っていた。

これは金糸雀の幼い頃の絵姿なのだろう。

思いもよらないタイミングで、金糸雀の真名を知る事となったのだが、続く魔王の昔話によると《愛らしい子》から名付けたとの事だった。


そして、そこから魔王の昔話が続いたのだが…。それがまた長い、長い……。

見た目の若さからは想像付かないが、何百年も生きている魔王なのだ。そんな魔王に昔話をさせたら終わる筈が無い…。

しかも完全なる親バカである魔王補正の入った昔話は、無限ループである。


妻達に出て行かれ、話し相手が居なくて寂しかったのだろうが…それにしても長過ぎる。



どうしてこの感情は伝わらないのだろうか?


…これが原因だな。ここが駄目なんだ…。


妻達が出て行った原因を身を持って悟った私が、半眼で遠くを見始めた頃。


今まで黙っていた金糸雀が口を開いた。


「…お父様、ウザイです。そこがお義母様に捨てられた原因ではありませんか?」


「あ、アイシャ?!」


おお…。随分とストレートに言い放ったな…。


言われた魔王が、愕然としている。

大事な娘からの直球はダメージ大きいだろう。

ショックを受けている魔王とは反対に、文句を言い続ける金糸雀の顔が、心なしか赤く見える。

金糸雀的には自分に関心が無いと思っていた父親の愛情(暑苦しい程の)を充分に感じる事が出来たから嬉しかったのかもしれない。


「いつまでもグチグチと…。だったら、魔王なんて辞めたら良いのです。」


「アイシャ…?」


「お父様も私の様になれば良いのですわ。そうすれば、規格外で破天荒なシャルロッテのお陰で、悩みなんて些細な事に感じられますし、何よりも美味しい物が食べ放題ですわよ?」


…金糸雀さん?

然り気無く私を貶めたよね?


ジト目を金糸雀に向けると、『本当の事じゃない?』と金糸雀が首を傾げる。


こら!そこで、お兄様も頷かない!!


…って、え?

今、大事な事を聞き逃した気がする。


『魔王なんて辞めれば良い』『私の様になれば良い』って言った?

金糸雀みたいに腕輪で魔力を封じるって事…??


「何か問題ある?お父様の悩みは解決するし、魔王を倒さなくても魔力を封印出来るのよ?貴女の望みはこれで叶うんじゃないのかしら?」


この提案を受け入れない意味が分からないと言う風に、金糸雀は首を傾げながらこちらを見る。


否、問題は大有りだと思う…。

魔王の魔力を封印したら、魔物はどうなるのか…とか。

金糸雀の義兄姉達はどう思うのか…とか、どんな行動に出るのか…とか。


寧ろ、ここまで順調に事が進んでいるのが何よりも怖い。



「…また考え過ぎてるわね。どうしてもっと簡単に考えられないの?」


…おっしゃる通り。考え過ぎるのは私の悪い癖です。

だけど、仕方無いじゃない?

私の行動が結果に繋がるのだとしたら、最悪の結果にならない様にする為には、考え続けなければならないのだ。


「その癖に、思い切りが良いし、急に突拍子も無い事を始めたりと、ここぞと言う時には何も考えて無いままに突っ走るよね?」


うっ…。お兄様まで参戦して来た…。


「こっちの身にもなって欲しいよ。禿げたら責任取ってくれるの?」


その時には、お兄様に没収された秘蔵のアレを進呈します!


「…反省してる?そうならない様にしてって言ってるんだけど?」

お兄様の瞳がスーっと細められる。


「…すみません!!善処します!!」

私は瞬時にソファーの上で土下座をした。


やっぱり家の魔王お兄様怖い…。




「…良いかもしれない。」


今まで黙って俯いていた魔王が顔を上げた。


スッキリとした魔王の顔からは、先程までの寂しそうな笑顔消え去っていた。


魔王はアルバムを持って立ち上がり、それを丁寧に引き出しに仕舞った後、今度は四角の箱を持って戻って来た。


あるじ、これを私に着けてくれ。」


えっ?あ、主…?


急な展開に頭が追い着いて来ない。


戸惑いながらも促される様に、差し出された四角の箱を開けると、中には、キャッツアイの様に光の筋が入った赤い宝石が黒い皮ベルトに付いたチョーカー風の首輪が入っていた。


【クリソベリルの首輪】だと魔王は言う。


魔王の説明によれば、私が金糸雀に着けた【籠の鳥】と同様の物らしい。


腕輪の時と条件は同じく、自らの《死》か、《首輪を着けた者が外す》又は、《首輪を着けた者が死ぬ》。この三パターンで外す事が可能だ。


魔王がこれを『着けろ』と私に迫ってくる。


「さあ!早く!」


ああ。もう一々面倒くさいな…。

これだから妻達に…。


と、わざと考えると、魔王の動きがパタッと止まった。


はあ…。


「首輪を着ける前に、私の質問に答えてくれますか?」


私は大きな溜息を吐いてから、真っ直ぐに魔王の瞳を見つめた。


「何でも聞いてくれ。主よ。」


魔王は大きく頷き私を見る。


「魔王の魔力が封印されると、各地に存在している魔物達はどうなりますか?」


スタンピードを止める為には、ここが一番重要だ。魔王の魔力を封印出来ても、魔物達が今まで通りでは意味が無いのだが…。


「魔物は力の供給源たる主を失った事になるから、徐々に弱体化して、いずれは消滅するだろう。」


魔王は言った。

これは私にとってメリットしか無い朗報だ。


「では魔王の妻や子供達である血族の魔族は?何か変化が生じますか?」


逸る気持ちを堪えながら、次の質問をする。


「魔族は魔物とは違う。魔族は個体別に魔力を持っているから、私の放つ魔力に依存でもしていない限りは、弱体化はしないだろう。寿命や殺されたりしない限りは、今まで通りに生き続けられる。」


残念ながら、魔族の弱体化は見込めないか…。


「魔王の力が封印された後に、魔王になろうとする様な争いは起きないのですか?」


「それは大丈夫だ。『魔王』は世襲制だ。先代魔王から継承されなければ成されない。」


…珍しい。

実力社会かと思いきや、世襲制とは。

これならば、早く魔王の力を封印した方が良いかもしれない。


ふと、『魔王事態が管理されているのでは?』…と言う考えが頭を過った。


これは考え過ぎ…?

私は首を振って、その考えを頭の中から追い出した。


一刻も早く、魔王の魔力を封印しようと決め、私は首輪を手に取った。

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