いざ!…?!

昨日、お兄様やクリス様達の出立を無事に見送った私は、目的実行の為に、クラウンの居るお父様の書斎に向かっていた。


今回、お母様は妊娠初期と言うデリケートな時期の為に、大事を取って入学式には不参加となったが、お父様は普通に参加する予定なので、お兄様達と一緒に王都を目指して出立した。途中でハワードの両親達も合流するらしく、結構な大所帯での移動となる様だ。


別れ際にお兄様が、休みの度に帰って来てくれると言ってくれたが、学院生活が落ち着くまでは、暫くそれも叶わないだろうし…次に会えるのは、早くても三ヶ月後のクリスマス頃になるだろう。

しょんぼりと肩を落とす私の頭を撫でながら『誕生日プレゼントは楽しみにしててね。』と、優しく笑った。

因みに、私とお兄様はクリスマスの日が同じ誕生日である。


その日を待ちわびながら、やるべき事を済ませて、これからの日々を過ごそうと


そう。

なのに…。


「昨日王都に向かった筈のお兄様が、何故ここに居るんですか!!」


お父様の書斎の扉を開けると、お兄様が悠々とソファーに座って寛いでいた。


「んー?あれはクラウンに頼んだ幻影だからね。」


「……なっ!!?」

開いた口が塞がらない状態の私に構わず、お兄様は微笑みながら書斎に掛けられている道化の鏡ことクラウンをチラリと見る。


私がキッとクラウンを睨み付けると、クラウンはビクッと大きく自身である鏡を揺らした。


「知らなかったの?」

私の肩に止まっていた金糸雀は、不思議そうな顔をしながら首を傾けさせる。


「金糸雀は…知っていたの…?」


「知っていたと言うか…気付いたのよ。昨日、出立して行ったルーカスからはクラウンの気配がしていたもの。」


「言ってよー!!」


「…ごめんなさいね?」


思わず金糸雀を責めてしまったが…金糸雀は悪くない。

多分、金糸雀が私に教えようとしていたら、確実にお兄様は阻止してた筈だ。そう…確実に。


軽く痛む頭を押さえながら、ふと…大切な事を思い出した私は、そのまま勢い良くお兄様へと詰め寄る。

…そうだ!

「お兄様!!入学式は!?」


入学式は今日なのだ。


「ここに居るから出れられないね。」

お兄様はしれっと言い放つ。


「なっ…!?出られないって…何してるんですか…!」


「まあ。取り敢えず座りなよ。」


お兄様に促される様にして隣に座ったが…何だか頭痛が酷くなってきた気がする。

今日の入学式の為に、今まで色々と準備してきたのではないか。

理解不能なお兄様の行動には、困惑するしかない。


入学式に出席しなければならないお兄様が、私を騙す為に出立の偽装をしてまでここに残った。

…その理由とは何だろう?


「実はシャルロッテを騙してた事があるんだよね。」


ニコニコと笑いながら言い出したお兄様に、ジトッとした眼差しを向けながら、黙って言葉を待つ。


「『赤い星は【鑑定】で見える』って前に言ったじゃない?あれ嘘だからね。」


「…え?」


「やっぱり気付いてなかったか。」


お兄様はクスクスと笑う。


「シャルロッテがミラに【赤い星の贈り人】なのをカミングアウトした時に、鑑定持ちのミラには見えなかったよね?」


え…あれ、ちょっと待って!

…確かに、ミラには見えてなかった。

それどころじゃなくて気にしてなかったけど…。


「だったら…どうしてお兄様には見えたのですか?」


「それは僕が【全知】と言う能力を持っているからなんだ。これは鑑定の最上位に当たる能力で、この能力の持ち主か、その下に当たる【叡智】持ちなら【赤い星】を見る事が出来るんだ。」


そんな能力があるのか…。

それなら【叡智の悪魔】の異名を持つ金糸雀には普通に見えていたと言うことか。

そう思いながら、チラリと金糸雀を見れば、金糸雀は笑いながら頷いた。

魔族だから特別に見えるのかと勝手に思っていたが、見える条件があったのか。


まあ…でも、鑑定の能力について改めて説明を受ける程では無かった気がする。そもそも鑑定持ちだって珍しいのだ。普通に生活している分には出会う事さえ少ない。多少は驚いたけど私的には『ふーん?』で済むレベルだ。


それよりも【全知】と言う、鑑定の最上位の能力を持っているお兄様の方が断然驚いた。

言葉からしてチート感が満載だし。

それに、今までそれを隠してたお兄様が、今になって言い出した真意の方が気になる。

流石に、お兄様のそれが【赤い星】が見えるだけの能力だとは思っていない。


お兄様の真意を少しでも読み取ろうと、先程から顔色を伺ってはいるが、何一つ読み取る事が出来ない。

恐るべし…魔王お兄様。


…そういえば、どうしてお兄様はに居たのだろう?

まるで私が来る事が分かっていたかの様だった。


「シャルロッテは書斎ここに何をしに来たの?」

お兄様が微笑みながら尋ねてくる。


「……クラウンに会いに来ました。」


「へー?いつの間にそんなに仲良くなったの?」


「え…えと、…チョコレートをあげる位には…?」

ハズレだらけのロシアンチョコだけどね!


お兄様はさっきからずっとニコニコと笑っているのだが、瞳の奥が全く笑っていない…。

そんなお兄様に『魔王城に行く』とは言えない。

それでなくとも今まで内緒にしていたし、お兄様達が分からない内に実行しようとした訳なのだから。


…ここは一旦、逃げて、状況を建て直してから出直そう。


ソファーから腰を上げようとすると、急にお兄様が私の手首を掴んだ。


「逃がさないよ?」

私が逃げられない様に、しっかり指を絡ませて手を握り、クスクスと笑うお兄様。

私の中の警鐘がけたましい音を立てて鳴り響いている。


…マズイ。


私の肩に止まっていた金糸雀は、お兄様のただならぬ気配を察知し、バサバサと慌てて羽ばたきながらクラウンの方へと逃げて行った。

肩にあった温もりが消え、途端に不安で仕方なくなる。


…何故か分からないけど、お兄様は凄く怒っているらしい。

今のこの状況は、蛇に睨まれた蛙状態である。猫にいたぶられてるネズミの気分なのである。


「僕が凄く怒ってるのは正解だけど、『いたぶる』って…僕がシャルロッテにそんな事すると思う?」


お兄様は笑いながら首を傾げる。


……今が正にその状況なのですが…。

とは、口が裂けても言えない。


って…あれ?私、今……口に出したっけ?

「口に出したっけ?」


思わず口元を押さえると、お兄様は更に笑みを深くした。


…今の声はお兄様の声だ。

それが私の思った事とピッタリと重なった。


口に出していない筈なのに…。


「うん。シャルロッテは一言も口に出してないね。」


ではどうして…私の考えている事が分かるのだろう。

また顔に書いてあるとかそういうオチ?


「まあ、シャルロッテの考えている事は顔色だけでも読めるけど、今回は違うよ。僕はシャルロッテの心を読んでいるからね。」


「……え?」


瞳を細めて微笑むお兄様を見て、先程から言葉を口にしていないのに、会話が成り立っている事に漸く気付いた。


「【全知】は、人の心も鑑定する事が出来る能力なんだ。だから、他人の心が読める。今みたいにね。しかも、金糸雀の様に相手にシンクロさせる事が出来れば、ある程度の距離なら会話だって出来るし、盗み聞く事さえ可能だ。」


更に金糸雀とクラウンのシンクロも応用出来るとは…。


「勿論、デメリットはあるよ?僕の持つ魔力の容量だってあるし、制御出来なければ全ての思考が流れ込んでくる訳だから、精神が崩壊しかねない。」


お兄様はサラッと言っているけど…きっと私には分からない位に、辛かった事が沢山あった筈だ…。


…心が状況に全く追い付いていないけど…私のお兄様は本物のチートだった様だ。

【全知】凄すぎる。

お兄様が本気出したら、隠し事なんて出来ないじゃないか…。

未来の宰相候補は最強だな。この国は安泰だ!!


って、……まさか…!?


チラッとお兄様を見上げると…

「やっと気が付いた?」

真顔になったお兄様がこちらを見下ろしていた。


「嫌な予感がしたから、普段は使わない能力を使ってみれば……魔王を倒すってどういう事?」

握られた手に力が入る。


「お兄様…それは…」

「うん。シャルロッテと金糸雀の会話はしっかり聞かせて貰ったよ。幾ら、魔王が【赤い星の贈り人】が苦手だと言ったって、一人で行かせられる訳が無いでしょ?」


「金糸雀も一緒だから…。」


「魔力を封じられた、今の金糸雀に何が出来るの?まさか魔王の前で腕輪を外すつもり?魔王は強力な【魅了】の力を持っている。傷も付けず、殺さずに、シャルロッテや金糸雀を操る事だって可能なんだよ?」


真っ向から投げ付けられる正論が私をザックリと切り付けて来る。


お兄様が心配してくれてる事だって分かってる。だから隠れてやろうとしたんじゃないか。


「それでも!!私は行きたいの!!私の我が儘なのは充分に分かってる!!」


不安な気持ちは、それを解消するまで止められない。

そして、叶えられないと思っていた事が、叶うかもしれないのだから…。


「だから…どうして僕を頼ってくれないのかな。」

いつの間にか溢れていた涙を、お兄様が指て優しく拭ってくれる。

その眉間には苦悩のシワが刻まれている。


「…お…兄様?」


「僕が怒っているのはそこだよ。君の事だから、学院の事を気にしているのかもしれないけど、そんなの単位さえ取れればどうにでもなる。寧ろ、既に卒業資格を有しているから僕には何の問題も無い。」


入学前から卒業資格がある…?

涙の滲む瞳でボーッとお兄様を見上げれば、お兄様は困った様に笑った。


「僕が学院に通うのは学業の為じゃない。社交の為の基盤と将来、クリスを支える為の人脈の育成だから。…あーあ。『泣かすな』って言った僕が泣かせちゃった。」


……誰に?

首を傾げる私の頭を優しく撫でられる。


すっかりいつもの表情に戻ったお兄様は、

「だから、僕も行くよ。」

そう言って、私の手を引いてソファーから立ち上がらせてくれた。


「良いのですか?」


「うん。一緒に連れて行かなかったら、許さないよ?」


不安気に見上げる私に、お兄様はおどけた様に笑う。


「僕と君は幸せになる為の共犯者なんだから。」


「ありがとう。お兄様…。」

差し出された手をギュッと握り、お兄様に向かって微笑んだ。


本当は少しだけ心細かった。

今まで通り一緒に居られないお兄様には、もう頼ったらいけないんだと…思ってた。

だから一人で頑張らないといけないのだと。


「…話しは纏まったのかしら?」


「うん。ごめんね。」


私とお兄様の元に金糸雀が戻って来た。

遠慮がちに尋ねて来る金糸雀には、心から謝っておく。巻き込んでごめんなさいと。


もう一人の可哀想な傍観者と言えば…クラウンだが…。

ピシッと固まったまま動かない。


…石化してない?


「ああ。気にしなくて良いわ。刺激が強過ぎたみたいだから。」

金糸雀は私の肩に止まり、苦笑いを浮かべた。


「それよりも、きちんと空間を繋げて貰ったから、直ぐにでも行けるわよ?」


…あれで大丈夫なのかな?変な所に繋がっていない?

ハッキリ言って不安しかない。


「行こう?」

お兄様は、不安の塊になっている私の手を引き、クラウンの前まで連れて来る。


ここに来てまで悩むなら、止めた方が良いだろう。

でも、そんなのは嫌だ!

…女は度胸だ!!


私は勢い良く鏡に飛び込んだ。



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