ドライフルーツとお酒と④
全く笑っていない瞳が、私を見下ろしている。
私は背筋に冷たい物が流れるのを感じていた。
…私はまだお母様達に、自分が『赤い星の贈り物』である事を伝えていない。
そして、エールを飲んで倒れたあの日から、和泉としての記憶が戻っている事も…。
…だって、そんな事言える訳無いじゃないか。
自分達の娘の中に、違う世界として生きていた
お兄様は私を受け入れてくれたけど…、お母様達が受け入れてくれるとは限らない。
拒絶されてしまったら、私はどうしたら良いのだろう。
そう考えると何も言えなくなってしまったのだ。
「どうして12歳のシャルロッテが、私達大人の知らない知識を持っているのかしら?」
お母様は私を腕の中から解放はしたが、逃がす気は全く無い様だ。
「え…と、そ、それは本で…」
「何の本かしら?お母様は凄く興味があるから教えて欲しいわ。」
「え…でも、お母様にはつまらないと思いますよ?」
「そんな事ないわよ?シャルロッテが好きな本ならお母様は頑張って読むもの。」
微笑みながら、どんどん私を追い詰めるお母様。
先程から、冷や汗は止まらないし、心臓は痛い位にバクバクと脈打っている。
「そんなに青い顔して、どうしたの?具合いでも悪いのかしら?」
ああ…、ここで倒れる事が出来たらどんなに楽だろう。
「本当はそんな本なんて存在しないから困っているんじゃないのかしら?」
小首を傾げて、フフッと笑うお母様。
…どうしよう。
この場を乗り切る為の…お母様を論破する為の言葉が思い浮かばない。
唇を噛み締め、ギュッとスカートを握りながら、泣きそうになる気持ちを必死に堪える。
泣いちゃ駄目だ…最善の策を考えるんだ。
その時。
「シャルロッテ?」
お母様はトドメとばかりに、ニコリと微笑みながら、含みのある声音で私の名を呼んだ。
…もう駄目だ。
僅かばかり残されていた虚勢が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちて行く。
全てを正直に話すしかないか…。
全てを話した後、
チートさんがあるから、生きて行くのには困らないだろう。
だけど…………。
ジワッと涙が溢れそうになった瞬間。
「母様、ストップ。」
「…わっ!」
急にお兄様が私の後ろから抱き着いて来た。
「お兄様!?」
突然の衝撃に驚いて止まりかけていた涙が、今度は安堵から溢れそうになる。
お兄様はそんな私を見下ろし、ニコリと笑った。
「何も心配しなくても大丈夫だよ。」
…大丈夫?
この状況の何が大丈夫だと言うのだろうか。
それなのに、
「大丈夫。何の問題も無いよ。」
お兄様はまた『大丈夫』と言葉を重ねた。
「…本当?」
「うん。だから泣かないで。」
お兄様は私の目元に溜まっていた涙を拭った後、私の頭を優しく撫でてくれる。
そして…。
「母様、やり過ぎです。これ以上、シャルロッテを苛めるなら流石に僕も怒りますよ?」
非難を帯びた声をお母様に向けて発した。
「だって、贈り人の《和泉》さんの記憶が戻ったとルーカスから聞いて、色々貴女と話したいと思っていたのに。ルーカスとばかり仲良くしてるから…意地悪しちゃったの。ごめんなさいね。」
お母様は悪戯が成功した子供の様に、舌をペロッと出した。
お母様のテヘペロ頂きました!!
って…違う。
…え?何でお母様が和泉を知ってるの?
これは、一体どう言う事?
頭の中は混乱し過ぎて真っ白だ。
「シャルロッテが秘密にしていた事は、僕だけじゃなくて、お母様達や邸の皆が知ってたって事だよ。」
頭を抱えそうになっている私に、お兄様が言う。
「…へっ?」
間抜けな声を出しながら、弾かれた様にお兄様を見上げると、少し細められた瞳が私を見下ろしていた。
「シャルロッテは、悩み過ぎて言えなくなるタイプだからねぇ。僕がちゃんと言っておいたよ。」
何ですと!?
思わず周りを見渡せば、スケさんや、カクさんが笑いながら大きく頷いていた。
「だから、シャルロッテがどんな魔術を使っても、邸の皆はそんなに驚いてなかったでしょ?」
そ、それは…確かに。
アイスクリームも炭酸水もドライフルーツも属性を無視してチートしまくっていたし…。
そう言えば、初めて魔術を使った時に火柱出たけど、誰も何も言わなかったのは…私ならやりかねないと思われていたからなの…?
それならそうと、早く言って欲しかった…。
こんなにアッサリと、和泉ごとシャルロッテを受け入れてくれるなら、私は何の為に悩んでいたのだ。
呆然としている私の頬にフワッと何かが触れた。お母様が私の頬に触れたのだ。
「シャルロッテが『赤い星の贈り物』なのは、貴女が赤ちゃんの頃から分かっていたわ。」
お母様は、先程までとは違う、フワッとした優しい笑みを私に向けてくる。
「3歳のルーカスが、産まれたばかりのシャルロッテを見て、『シャルの瞳には赤い星があるよ』って言ったの。直ぐに知り合いの口の堅い鑑定持ちの魔導師にも見て貰ったわ。」
結果、私の《赤い星》が正式に判明し、贈り物である私を守る為に、それを邸の使用人達全員に周知させ、その上で徹底的な口外禁止措置が取られたらしい。
沢山の使用人達が居るアヴィ家。誰かの口から漏れてもおかしくないのに、今まで誰からも秘密を匂わせる様な発言を聞いた事は無い。
何と口の堅い事か…。
つまり、皆は私の秘密を知りながら、普通に接してくれていたのだ。
そう思えば自然と胸の辺りが熱るのを感じた。
「これでも貴女が何を悩んで、考えているかは分かっているつもりよ?だって、私はシャルロッテのお母様だもの。貴女が贈り人で在ろうと、無かろうと、私の大切な娘であり、私達のかけがえの無い家族に変わりは無いわ。」
「お母様…。」
心の中にスポンジがあるみたいに、お母様の言葉は、私の中にジワリとしっかり染み込んで行く。
お母様達に受け入れて貰えていたと言う事実は、何よりも幸福に思えた。
自然と瞳には涙が溜まり、徐々に視界が奪われ始めている。
「シャルロッテ。」
お母様は大きく手を広げ、お兄様ごと私を抱き締めた。
「愛してるわ。お母様は貴女達の幸せをいつも願ってる。シャルロッテ、ルーカス、産まれて来てくれて本当にありがとう。」
お母様のこの言葉で、私の涙は完全に決壊した。
この言葉は、ゲームの中のスタンピードの際にお母様から託された最期の言葉に似ていた。
ゲームの中では伝えられなかった言葉が、こうして今はお兄様にも届けられている。勿論、お母様も皆も生きている。
その事が更に私の涙を止まらなくさせた。
この幸せは絶対に無くさせない。
ダンジョンの残り地下二階層部分は、何が何でもクリアにしてやる。
…と、私の覚えている記憶はそこまでだ。その後の記憶は無い。
お母様にしがみ付いたまま泣き続けて、気が付いたらベッドの上だった。
この展開は何度目だ私…。
しかも、よくよく考えれば…厨房で何やってんの!って話だけど…、あの日に目覚めてからずっと不安に思っていた事が解消されたのは大きかった。心が少し軽くなったのだから。
近くでハラハラしながら、見て見ぬ振りをし続けてくれたカクさん達には悪い事をしてしまった…。
お礼に今度、特別なアイスクリームを作ってあげよう。
アイスクリームと言えば、多目に作ったラムレーズンの行方だが…。それは私が泣き疲れて眠っている間に、邸の皆に美味しく頂かれていた。
それならまた作れば良いやと思ったけど…お兄様から『待った』がかけられてしまった。
濃厚なアイスクリームの味が、アルコールを薄めてくれてる気がするだけで、少量とは言え身体の事を考えたら…と。
『特別な日にしか作っちゃ駄目だよ?』と魔王の顔で凄まれた。
酷い…。ぐすん。
しかし、多少譲歩はしてくれて、アルコール分が減る調理方の食べ物には、メイ酒漬けのフルーツを使っても良いそうだ。つまり、焼き菓子等に使用するのなら良いそうだ。
まあ、今後の道は開けたのだから、取り敢えずは風味だけでも味わえれば良いと思う事にする。
そして、お母様は見事にドライフルーツにはまった。
私が渡したドライフルーツを食べ始めると、途端に便秘や貧血が解消され、お肌がプルプルのツルツルになり、更に若さに磨きがかかったからだ。
そんな変化を遂げたお母様からの口コミで、ドライフルーツの噂が広まり…暫くの間、ドライフルーツ作りに追われる事になるのは余談である…。
後にドライフルーツは、世の中の女性達から『神』と崇められ、この世界には欠かせない物となるのだった。何てね。
ドライフルーツが広まった事で、メイ酒漬けが料理人やパティシエ達の間で浸透したのは良かったと思う。味や調理法のバリエーションがかなり増えたのだから。
ヒャッホー!美味しい物が食べ放題!!
更に後々には、ドライフルーツによるアンチエイジングのお陰か、ゲームには存在しなかった双子の弟妹が誕生する事になるのだが…まだそれを知らない私は、魔王達への貢物を日々せっせと作り続けるのであったとさ。
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