ドライフルーツとお酒と③

…どうしてお母様がここに居る?


否…居ても良いんだけど…。



「楽しそうだから来ちゃった。」


フフッと可憐に微笑むお母様。

蜂蜜色の長い髪を緩く一つに纏め、アメジスト色の瞳を持つお母様は、二人の子持ちとは思えない位に若くて綺麗だ。


そんなお母様の横には、瞳を細め、物言いたげな視線をこちらへ向けているお兄様がいた。

その顔には『僕に黙って何してるの?後で覚えておいてね?』そう書いてある気がする。


私はサッとお兄様から視線を反らし、余計な事は何も言わずに、素早く人数分のアイスクリームを器に盛り付ける事にした。

アイスクリームが盛り付けられた器は、ノブさん達が皆に配ってくれた。


…と、取り敢えず…今は気にしちゃ駄目だ。

今は念願のアイスクリームを味わうんだ。


私は微妙に震える手で、アイスクリームにスプーンを差し入れ、一口分を掬い上げた。

そのまま口元に近付ければ、メイ酒の甘い香りが鼻先を擽って来る。

その匂いにうっとりとしながら、そのまま口の中にスプーンを運び入れる。


…………………っ!!!


…私が求めたのはコレだ…。


フルーツの甘味や酸味がメイ酒の芳醇な甘い香りと混ざり合い…やや強めのアルコールを濃厚なアイスクリームが中和してくれる。


涙が出そうなのを堪え、黙々と口の中にスプーンを運び続けた。


…うん。これで暫くはまた頑張れる。



「これは…!」

「この芳醇な香り…メイ酒が入っただけで、こんなに上品なアイスクリームになるのか…。」

「やっぱりアイスクリームは至高の食べ物だ…。」


三人の料理人さん達は、目を見開きながら興奮気味に感想を言い、その後、皆で一斉に号泣し出した。


「「「ぅうおぉー!!幸せだ!!」」」


そ、そっか…。それは良かったね(汗)

って…あれ?私も同じ………?


「へえ…大人のアイスクリームだ。色んなバリエーションがあるなんて…流石、アイスクリームだ。」


お兄様は満面の笑みを浮かべ、アイスクリームを頬張っている。


そしてこの人は…。


「あら~。フルーツが沢山で美味しいわ。」


ニコニコ微笑みながら、優雅にアイスクリームを食べ進めていた。


お母様の様子にホッと胸を撫で下ろす。


実は…最近、お母様がちょっと苦手なのである。


私と同じ色彩を持つお母様は、の特徴である《つり目》では無い。

普段はニコニコと愛想の良い、優しそうな瞳のお母様なのだが、よくよく見ると目が笑っていないのだ…。


ゲームの中でのお母様は、控え目で、魔物に襲われながらも、最期まで気丈に夫を支え続けた芯の強さと健気さを持つ、優しい女性だった。


私は別に、控え目さや健気さを母親に求めたい訳ではないのだが…。


しかし、お兄様にそっくりなお父様が、実は結構なヘタレ体質で、私にそっくりなお母様が、実はお兄様魔王に似ている事に最近気が付いた。



あの日は確か、ダンジョン地下八階を攻略した日の夜更けであった。

喉の乾いて目覚めた私は、水を貰おうと調理場に向かっていた。

その時、書斎の隙間から光が洩れている事に気付いた私は、何の気なしに中を覗いてしまったのだ。

そこには、お父様がお母様に向かって土下座をしている姿があった…。


恐らくは、羽目を外し過ぎたお父様を筆頭とした大人の行動を、お兄様がお母様にのだと思う。


「愛してるから捨てないで…!!」

と、許しを乞う為に土下座をするお父様。

微笑みを浮かべた顔で、それを黙って見下ろすお母様。

そのシュールな光景は、両親の力関係が垣間見えた瞬間であり…、今まで優しいと思っていた母親の裏の顔が見えた瞬間でもあった。


やはり、ゲームと現実いまは違っていたのだ…。


魔王恐い…。



「あっちの瓶に入ってるのは何かしら?」


お母様がドライフルーツの入った瓶を指差す。


「…ああ、これはドライフルーツと言って、フルーツを乾燥させた物なのですが、美容にとても良いんですよ。」


ビクビクしながら言う私。


「まあ!美容に!?」

お母様の瞳が、キラリと輝いた。


あ…っ、スイッチを押したらしい…(汗)


「食べてみても良いかしら?」


「はい。…どうぞ。」


三種類のドライフルーツを一つずつ取り出し、小さなお皿に乗せてお母様へ渡す。

お兄様も欲しがったので、追加で取り出して渡した。


「これは…モスクと、レップル、それにアーマス?」


お母様はジーッとドライフルーツ達と睨めっこをしている。


「ああ。これはアイスクリームに入っていたフルーツだね。」


お母様の横に居るお兄様は、パクパクとあっという間に食べてしまう。


「母様、美味しいですよ。」


「私も今、食べてみるわ。」


お母様はそう答えると、モスクを指で摘まみ、口の中に入れた。


「……美味しい。アイスクリームに入っていたのとは、食感が変わるけど…外側はカラカラに乾燥してるのに、噛めば噛む程、濃厚な優しい甘さが口に広がるわ…。」


お母様の瞳が驚きの余りに丸くなってしまっいる。


「美味しいのに美容に良いなんて…!」


呟いた後は、レップルを口に入れた。


「何て素敵なの!」


「ドライフルーツはスーパーフルーツと言われる程に身体に良い食物ではありますが、食べ過ぎは良くないです。」


「…そうなのね。沢山食べれないなんて残念だわ。」


お母様は私の説明に、大きく頷きながら最後のアーマスを口に入れる。


この世界のフルーツを、和泉の世界のフルーツに置き換えるのなら…。


【モスク】(桃)

疲労回復、高血圧予防、便秘解消。


【レップル】(パイナップル)

新陳代謝アップ。冷え性の改善。便秘解消。脂肪燃焼効果。


【アーマス】(葡萄)

ポリフェノールが豊富。シワ、シミ、たるみ等の肌トラブルの解消、アンチエイジング。貧血予防。


と、言った所だろうか。


遠回しに、『こんな効果がある』と補足する。


「そうなのね!?」


お母様の瞳がギラギラと輝き出した。


私の両手を握り、食い気味に私に近寄るお母様。私の腰は完全に引けている…。


「宜しければ…このドライフルーツは差し上げますよ?」


「良いの!?」


「…はい。フルーツがあれば、また直ぐに作れますから。」


「嬉しい~!ありがとう~!!」


お母様は私をギュッと抱き締めて来る。


目の端にはショボンとしている、料理人三人組の姿。

…もしかして、このドライフルーツが欲しかったの?


しょんぼりしなくてもまた作ってあげるのに…と言うか、レシピ教えるよ??


そんな彼等を労うかの様に、お兄様がお代わりのアイスクリームをよそってあげている。

そして、ちゃっかりと自分の器にまで…!


私のアイスクリーム!!

このままでは全てを食べ尽くされてしまう。


止めに行こうにも、お母様が抱き着いたままで身動きが取れない。


「あの…お母様?」


ギュッ。

更に強まる腕。


えっ……?


お母様の方に視線を向ければ、私の頭の上から、瞳を細めて口元に笑みを浮かべたお母様と目が合う。


「ねえ~。シャルロッテ?」


「…何ですか?」


何か嫌な予感がする。


「貴女は誰?」


「……っ!!」


私はギクリと身体を強張らせた。

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