第三章 動き出す刻

蠢動

 いつかと同じように二人の人物が薄暗い地下室然とした場所に向かい合って立っていた。

 それは幻灯げんとうとアインスであった。

 幻灯はいつも通りか黒いカソックに身を包み、薄く色の付いた眼鏡を掛けていた。

 アインスもアインスで、以前と同じく真っ白なロングコートをフードまで被り、の意匠が施された趣味の悪い仮面をしている。

 玄室のようなそこは相変わらず薄暗く、少ない光源のためにその全容を知る由もない。

 ただ以前と違うのは奥にある簡易的な祭壇が仄かに光を放っている事だった。しかし、向かい合う二人はそれを気にした様子は無い。

 僅かな沈黙の後、口を開いたのはアインスだった。

「幻灯クン、その後の首尾ははどうだい?」

「それは滞りなく」

 自信を伺わせる表情で、幻灯は軽く頭を下げた。そんな幻灯の様子に、アインスは満足そうな反応を示し声を上げる。

「それは良かった。じゃあ――すぐにでも始められるんだね?」

「はい、いつでも大丈夫です」

「ハハハッ! 面白くなってきたねッ!!」

 至極愉快そうにアインスは笑い声を上げた。ただの仮面の意匠である筈のひとつ目が歓喜に打ち震えるように歪んでいる。

「ええ……でも――」

「――でも? なんだい、歯切れが悪いじゃあないか」

 水を差されたとでも言いたそうにアインスは途端に不機嫌な声になる。そんな様子に、幻灯は更に歯切れが悪くなってしまう。

「今回の作戦は影響も大きくなりそうでして……」

「もしかして怖じ気づいたのかい?」

 意外そうに、それでいて嘲笑混じりの声でそう言うアインス。だが、明らかにその機嫌は確実に悪くなっているのは容易に感じ取れた。

 それを察した幻灯は慌ててそれを否定する。

「い、いえ!! 決してそういうわけでは無いのですが……万に一つの事が――」

 否定するのだが、未だ決心がつかないとでも言いたそうに言葉を濁してしまう。

 そんな煮え切らない態度に、アインスはにわかに詰め寄る。先程まで歓喜に打ち震えていたひとつ目は、いつの間にか更に大きく歪んで激昂の様相を呈していた。

 次の瞬間には、アインスは幻灯の胸ぐらを掴むと勢いよく引っ張り顔を寄せている。

「――舐めてるのか?」

 アインスは耳元で囁く。

 ただそれは底冷えするほどに低い声で、本能的に恐怖し嫌悪を催す類いのものだった。と、同時に殺気も感じるレベルのそれは死のイメージがありありと脳裏に浮かんでくる。

「く、苦し――ッ!?」

「ふん……!」

 幻灯の必死の訴えにぶっきらぼうにアインスは手を離す。

 もの凄い力で掴まれていたのか、幻灯は解放されると膝から崩れ落ちて苦しそうに咳き込んでいる。が、すぐに立ち上がりアインスへと向き直ると、謝罪の言葉を口にした。

「す、すみません!!! すぐに封印解除キーをお渡しします」

「よろしい! これは私のタイミングでやらしてもらうよ?」

 幻灯のその言葉に一転、アインスは上機嫌になる。それはもう小躍りでもし始めるのではないかという程に。

「はい、御心のままに……」

 そんな狂気を感じるその様を目の当たりにしても、幻灯はそれに付き従うかのように深く深く頭を下げる、下げ続ける。

 いや、だからこそ――だろうか?

「じゃあ始めようか、楽しい楽しいパーティーを!!」

 アインスは宣言するようにそう言うと、仰々しく両手を開いて天を仰いだ。

 それはもう情感が溢れんばかりに、だ。まるでそれは何もかも総て、自分さえも嘲笑しているように見えた。

 そんなアインスに呼応するかのように空気が、空間が震える。その震源地は、空間奥の祭壇に安置されている長細いはこだった。

 ――オォォォォォォッ!!

 振動と共に鳴き声とも軋みとも取れる音が匣から漏れ出している。更には、仄かだった光が僅かに強さを増している。

 にわかに浮き足出すのは幻灯だ、思わず声がうわずってしまっている。

「ア、アインス……これは――」

「ああ、分かるか――そうか分かるか、そんな姿に成り果てても感じるかァ……!」

 アインスはといえば幻灯そっちのけで、安置された匣に音も無く近づくと愛しげに撫でながら声を掛ける。

 さながらそれは子を慈しむ母のようにも感じられた。

 そう感じられたのも束の間、突如として匣を足蹴にしながら両手を広げつつ天を仰ぐ。勿論それはそれは情感たっぷりに、だ。

「ハハハッ! ハーッハッハ――ッ!!」

 まるで狂った笑い声を上げながら天を仰ぎ続けるアインスと、いつの間にか平伏といった姿を晒した幻灯をいつまでも淡く仄かな光が照らし続けていた。





 そんな中、人知れず匣の蓋は動き――?

 その中身が少し覗いている――?

 ――匣から覗くのは干涸らびた何か……ただそれは確実に脈打っていた。

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