結実

「行くわよ虎君! まずは放出!!」

 言うが早いか梢子さんはカラーボールを投擲した。

 数は3か、4か。

 どんなからくりかは分からないが投擲されたそれは、大きく軌道を変えるとこちら目掛けてすべてがすべて正確に弧を描きながら向かってくる。それこそブーメランのようにこちらの背後目掛けて飛んで来たりもするので、油断は出来ない。

「ハッ!!」

 意識を集中し体から電気を放出するイメージを浮かべると、思った通りに紫電が迸り高出力の雷の障壁を作り出す。そうして作り出された雷の障壁は、一瞬にしてすべての投擲物を捉え撃ち落とした。

「よし!!」

 思わずガッツポーズしてしまう。

 放出量の調整もだいぶ慣れてきたが、やはりタイミングなど考えると集中力が必要になるので成功すると嬉しくなってしまうのだ。

「ほら、油断しない。次! 圧縮からの放出!!」

 ガッツポーズで気が抜けているこちらに注意をしながらも、梢子さんはもう既に次のカラーボールを投擲し始めていた。

 数は更に増えて7つ。

 今度はこちらに向かってくる投げ方ではなく、ただ上に向かっての遠投。だが、きっちりと全部同じ高さになるように瞬時に投げるという謎の芸当を披露している。

「ハッ! ハッ!」

 まず一つ、二つ。

 今度は両の手にそれぞれに電気を集めて撃ち出すようなイメージを浮かべて撃ち出す。すると紫電迸る球状の塊が狙った対象目掛けて勢い良く飛んでいく。

 次の瞬間には、目論見通りに二つの対象を捉え小さく爆ぜた。

 だが、喜んでもいられない。

 まだ頭上には5つもの的があり、重力に従い速度を増して落ちてきているのだ。

 気を取り直して再び集中する。

「フッ! ホッ! ハッ!」

 次に三つ、四つ、五つ。

 更に意識を研ぎ澄ますと、三つの的を目掛けて三連射する。

 右手、左手、右手といった具合に圧縮と放出を繰り返す。ただ、今回は更に速度を増すべく球状ではなく鋭く尖った塊を撃ちだした。

 それはさしずめ雷撃の槍と言ったところだろうか。

 まあ、少々小ぶりではあるが。

 ――刹那、狙い通りに三つの雷撃の槍は目標を刺し貫いた。

「よし! 最後だっ!!」

 最後に残ったカラーボールは二つ。

 高い天井の目一杯の高さに放り投げられたその二つは、気がつけばこちらの目線の高さにまで落ちてきていた。

 だが、ここで焦ってはいけない。

「ふぅ――!!」

 深呼吸一つ。

 足を肩幅の広さまで広げて腰を落とし、真っ直ぐに両の腕を正面へと突き出す。

 見据えるのは未だ落下を続ける二つの対象。

 ――集中、集中、集中、集中!!!

 集中力を極限まで高めるべく瞳をゆっくりと閉じる。と、同時に両の手に意識を一点に集めていく。

 そうして次第に、両の手には莫大なエネルギーが集まり圧縮されていく。それこそいつ爆発してもおかしくないぐらいに。

 例えるならそう、内から溢れ迸ろうとする雷の奔流を堰き止めるイメージだ。

「――今だッ!!」

 集中が極限に達した瞬間、両の手から放たれたのは地面を焦がしのたうつ龍を彷彿とさせる雷の奔流だった。

 いつのまにか地面すれすれまで落ちてきていた二つの対象は、雷の奔流に飲み込まれると跡形も無く消え去った。

「ふぅ……。なんとか成功か」

 地面を抉り焦がしながら遠ざかっていく雷の奔流を見送りながら安堵の溜息を吐いた。

 体に残ったのは、気怠さを感じるほどの疲労感。出来る事なら今すぐに手足を投げ出してしまいたい程だった。

 だが、そうもいかない。

 何故ならまだ終わっていないからだ。

 そうだと言わんばかりに臨戦態勢になる梢子さん。その手には、十字架を模した十字槍が握られている。

 空気がはっきりと変わるのが感じ取れた。

 これはいわゆるってやつである。

「さあ、最後行くわよ!! 佩雷はいらいしなさい!」

「は、はい!!」

 梢子さんの迫力に若干気圧されながらも、意識を集中させる。それは自らを守る鎧をイメージする。

 それこそ薄い薄い層で体全体を保護するイメージ。

「はあっ!!」

 気合いを入れ全身に力を込めると、それに応じたように全身を包み込むような雷の層が形成される。

 ただそれは以前のような曖昧な皮膜ではなく、体をすっぽりと覆うようなフード付きの外套コート然としていた。

 まあ、見た目的には外套コートというよりは雨合羽レインコートという方が正しいのかもしれないが。

 取りあえず第一段階は成功である。

 だが、梢子さんは待ってくれるほど優しくはない。

「遅い!!」

 一瞬にして距離を詰めてきた梢子さんは、深く低く踏み込むと手にした槍をこちらの顔目掛けて容赦なく突き刺してくる。

「くっ!?」

 すんでの所で手加減一切無しの突きを避けると、跳ねるように距離を取る。

 紙一重で避けたせいで血が滲んだ頬に一瞬気を取られるが、頭を振って右手に意識を集中させる。

 イメージするのは一振りの刀。

 ――詳細に、精緻に、正確に、イメージしろ、イメージしろ、イメージしろ。

「イメージしろ、イメージしろ、イメージしろ――」

 集中するたび、右手には幾重にも雷の層が形成されは弾けるを繰り返している。理由は単純だ、集中が足りない――イメージが足りない――のだ。

 更なる集中をすべく精神を研ぎ澄まし、じりじりとこちらににじり寄ってきている梢子さんを睨み付けた。

「集中しろぉおおおおおお!!!!」

 自らの咆吼と同時に右手を突き出し、何かを引き抜くが如くと力強く振り下ろした。

 ――それは産声だったろうか。

 端的に言えば、超局所的な落雷。俺を中心として高頻度で落雷が起こり続けており、端から見ると異様な光景になっていること請け合いだ。

 つまりそれが意味する所は、俺の右手には産声の主がしっかりと握られているという事である。

 ずっしりと右手に感じる重さからして実態があるらしいそれを持ち上げるとごく自然に言葉が紡がれた。

雷真刀らいしんとう――神凪カミナギ

 するとどうだろうか一瞬にして落雷は鳴りを潜め、右手に感じていたずっしりとした重さが和らぎ手に馴染むではないか。

 次の瞬間には神凪を逆手に握って地面に突き刺した。どうやら俺は、この刀の使い方を無意識にもう理解しているらしい。

 突き刺した神凪を中心にして雷の槍が雨後のたけのこが如く、凄まじい勢いで文字通り生えてきた。

 それこそ広範囲にである。

「おおっと!?」

 梢子さんは声を上げて大げさに飛び退いた。半ば予想していたのか、にじり寄っては来ていたが安全圏は元々確保していたのがあの人らしい。

 少しでも虚を突けるかとも思ったが、そう上手くはいかないらしい。うっすら感じてはいたが、一筋縄ではいかない事に歯がみする。

「やっぱダメか!」

「いいや、良い線行ってたわ。それに、それっ! 怖いわねっ!!」

「くっ!! 何のっ!!」

 一瞬にして間を詰めてきた梢子さんの攻撃を両手で構え直した神凪で受ける。あんなに地面にびっしりと生えていた雷の槍は一瞬にして消え去っており、そう考えるとコストパフォーマンス的には最低の部類に入るのでは無いのかとうっすらと考えてしまう。が、今は梢子さんとの剣戟の真っ最中なのだ、そんな余計な事は考えるべきではない。

「ほらほら、当たったら痛いじゃ済まないわよ。上手くっ!! 返しっ、なさい!!」

「そんなっ!! ことっ!! 言われなくてもっ!!」

 一回、二回、三回と打ち合い暫し見つめ合う。

 それを幾度か繰り返す。

 片や薄笑い混じりの余裕の表情、片や浅い息で苦悶の表情。

 もはや聞こえるのは金属同士がぶつかり合う激しい音と薄笑いと浅い呼吸だけだ。先ほどまでの激しい落雷が嘘のようである。

「くっ!! 攻撃が激しすぎてっ!! 折角の神凪がっ!!」

「ふふふっ!! 楽しいっ!! わねっ!!」

「楽しくはっ!! ない、ですっ!!」

「何よぉ、つれないわっ! ねぇ!!」

 相変わらず梢子さんは余裕の表情を浮かべている。その上、攻撃はすべて的確でありこちらの余裕を確実に削いでいるのが本当に厭らしい。

「距離を取――」

「――はい、残念賞~!」

 恐怖さえ感じる微笑みを浮かべた梢子さんがぴったりとこちらの行動に合わせてくるせいで、距離を取って体勢を立て直す事も許されないのを今理解する。と、同時に的確に打ち出された石突きの一撃で体勢を崩され危うく転びそうになるが、踏ん張って立て直して次の攻撃に備える。

 しかし、しかしだ、その考えは一瞬で捨てる――備えるのでは無く攻めるべきだ。

 そう思った瞬間には独りでに体が動いていた。

「今だ!!」

「しまっ――」

 ――そこで勝負は決した。

 卑怯ではあるが、佩雷を解放して一瞬にして力を放出したのだ。いくら梢子さんであろうとほぼゼロ距離の放出を躱せよう筈も無く、敢えなく撃沈と相成ったわけである。





 仰向けの状態で暫く天を仰いでいた梢子さんだったが、上体を起こし少し不満そうな表情で口を開いた。

「うー、酷いわね……でも、悪くなかったわ」

「梢子さんすみません。ちょっとやり過ぎましたか……?」

「いんや、私も本気で行ってたからね、これぐらいのダメージは想定済みよ」

「そう――なら良いんですけど」

 見た感じ梢子さんのダメージは少ないように見える。だが、咄嗟に考えた攻撃だったのもあって結果的に全力攻撃となってしまったので心配してしまう。

 当の本人はそんなのどこ吹く風で、既に立ち上がって軽いストレッチをしている。

 見た目は、ボロボロではあるが特に変わった様子は無いように見えた。同時に声のトーンもいつも通りなので本当に心配は無さそうである。

「そうそう、大丈夫大丈夫! それよりも形にはなったわね!!」

「ですね、なんとか間に合った……んでしょうか?」

「上出来よ! 後はあれをどうするかね、あれ……」

「あれ――ですよねぇ問題は」

 一瞬にしてトーンダウンした梢子さんに釣られてこちらもトーンダウンしてしまう。それより何より、大いにある心当たりに意気消沈したというのが一番大きい理由ではあったが。

「「はぁ……」」

 残された大きな問題を予見するかのように、二人の特大の溜息が辺りに虚しく木霊していた。

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