虎ちゃん特訓中
――あの補習授業から気がつけば約2週間が経過していた。
ここは氷見学園の地下に位置する場所に存在する広大な空間である。何故か入り口は高等部の体育館に面する体育倉庫にあったわけだが。
ジムの地下空間に行ったのは最初のその一回だけで、それ以降はずっとここで特訓をしている。
それについて梢子さんに聞いたが微妙な表情で笑うのみだったので、問い詰めてみるとどうやらここの存在を忘れていたというなんともな理由が返ってきた。
特に深い意味はなかったようなのでもう問い詰めるのはやめておいた。
そんな事を考えていたが、実は現在進行形で特訓の真っ只中である。
俺の様子に気付いたのか梢子さんが声を上げる。
「ほら、集中して」
「はい!」
ただ、そう答える。
因みに今、俺はワイシャツ姿で空間の多分、真ん中当たりに立っている。
梢子さんはといえば教員用ジャージに白衣姿という謎の装いで、十字槍を手にして少し離れた場所に立っている。正直、いつその槍が振り回されるかと気が気では無いのが本当のところではある。
「ほーら」
「はい、はぁあああ!!」
集中どころかぼーっと梢子さんを見ていたのがバレたのか、ごく優しく釘を刺されたので、気を取り直して気合いを入れる。
全神経を集中して全身に電気が駆け巡るイメージを思い浮かべる。
そうすると、勢いよく俺の体を取り囲むように電撃が奔流となって渦巻いている。渦巻いて暴れ、隠しきれないほどの凶暴性が見え隠れしている。
暫くの間は雷撃はのたうつ蛇のように暴れ回り渦巻いていた。だが、次第にそれは安定するかのように体を追従したのだ。
それはまるで"雷撃の鎧"であった。
「――成功した!」
「ちょ、ちょっとそんな気を抜くと……!?」
諸手を挙げて歓喜の声を上げる俺に、梢子さんは焦ったような声を上げる。
「――へ?」
次の瞬間には、梢子さんの焦りの理由が分かった。
なんと気を抜いた途端に体に追従していた従順な雷だったそれは、再びその牙を剥き――瞬間、爆発するように暴れ出した。
「うわぁあああああ!!」
「言わんこっちゃない」
それ見たことかと梢子さんは軽い身のこなしで、暴れ回る雷の射程範囲外まで軽々と飛び退いていた。
次の瞬間には、どこから出したのかパイプ椅子に腰を下ろすと腕を組んでにやついている。
「梢子さん助け――」
「大丈夫、落ち着けば抑えられるわ。さあ、精神を集中して」
シリアスたっぷり真面目な表情で言う梢子さん。ただ、そんな真面目な表情と台詞でもパイプ椅子にどっしりと腰掛けているだけで全部台無しになっている。
「集中……集ちゅ――ぶばっ!!」
目を瞑ったからか強かに地面に叩き付けられた。その上、大根をおろすが如く地面を引きずり回される。
「あー、激しいわねぇ」
梢子さんはといえば、またどこからか取り出した雑誌を読んでいる。たまにこちらをチラ見しているが、助けてくれる気は無いようだ。
「集中――集中! 集中!!!」
今なお爆発するように暴れ回る雷の奔流に振り回されながらも、集中しようとするが気を抜くとまた大根おろしにされるのもあって中々に難しい。
だが、この程度コントロール出来なくてはお話にならない事だろう。
一瞬の逡巡の後、脱力。それも、全身からの完全脱力である。
――Grrrrrrrr!!!!
歓喜のような雄叫びとも取れる轟音を響かせると、雷はまるで意識を持つ蛇のように高く高く――それこそ天井に届くかのような高さに――俺の体を打ち上げる。
「何する気かしらあの子――でも、面白そうね」
いつの間にか立ち上がり腕組みした梢子さんはまるで値踏みするかのように視線を向けているのが見えた。
そんな俺は今もなお落下している。
それどころか眼前に迫っているのは、
それでも俺はそんな中でも動揺しない。
それどころか、今の俺はきっと笑っていることだろう。
「――すうぅぅ! はぁッ!!!」
気合い一発の深呼吸。
それだけで充分だった。次の瞬間には、あれほど暴れ回っていた雷の奔流は大気に溶けるように霧散したのだ。
「よしッ! ――勝ったッ!!」
そう勝ったのだ。
そうである、いちかばちの賭けに勝ったのである。何より、こんな上手く行くなんて思ってもみなかった。
だが次の瞬間、事実ではあるが衝撃的な事実を突きつけられる事になった。
「ねぇ!! このままだと落ちるけど大丈夫?」
「――へっ!? のわぁあああああ!?」
うん、落ちてる。
落ちてます。
そりゃもう、ぐんぐんと加速度を上げて地面との抱擁を今か今かと待ち望んでいるかのように俺の肉体は重力に従って落ちている。
間違いない事実。
覆しがたい事実。
なんでこういう時に限って、時間がゆっくり進んでいるように感じるんだろうか。
――ゆっくりゆっくり。
刹那、謎の浮遊感を感じる。
その直後、呆れたような梢子さんの声。
「ホントしょうがないわね虎君は」
「あっ、あれ!?」
しばらくの間、何が起こったのか分からなかったが、目の前には梢子さんがいた。 ――そして俺は、お姫様抱っこをされていたのだ。
地面に降り立った梢子さんは、茶化すように笑うと恭しく頭を下げる。
「ふふふふ、お姫様どうぞ」
「うっ、ううッ――」
梢子さんにお姫様抱っこから降ろされた俺は、あまりの恥ずかしさに顔を隠しうずくまるのだった。
あまりの恥ずかしさに暫くうずくまっていたが、落ち着いた俺は梢子さんと向かい合っていた。
「すみません、ご迷惑を」
「別に構わないわ、たださっきの技は封印ね」
「封印……」
その言葉に凄い残念な気持ちを一瞬だけ抱くがそれもそうであろう、現状だとかなりの集中を要するのだ。その上で、一瞬でも気が抜けないとなると実践に耐えるわけがなかった。
「それじゃ気を取り直しておさらいしよう!」
俺が見るからに肩を落としていたからか、梢子さんは気を遣ったように話題を転換する。ただ、そこまで話題は転換していない気もするが。
「おさらいですか?」
「そうそう、やっぱり上達にはおさらいして反復練習が大事よ!」
そう言うと得意げに人差しをこちらに突きつける梢子さんである。俺はといえば、端から見ればアホみたいに口を開けていることだろう。
そんな俺を尻目に梢子さんは手に持っている槍の石突で、地面に何かを書き始めたのだ。
というか、その大事そうな武器をそこまでぞんざいに扱うのはどうなんだろう。
そうして待っていると何かを書き終えた梢子さんは満足した様子で口を開く。どうやら書いていたのは、今までの特訓内容のようだった。
「まずは基本の放出ね」
「はい、それは何の問題も無く」
梢子さんは槍の石突で"放出"と書かれた部分を指し示した。
――放出。
簡単に言うと二種類ある。
まず一つ目は全身から放射状に放出する方法だ。
これは雷撃を体に纏うのと違って継続的な集中は要しないが、放出量を間違うと大変なことになるので屋内では使用出来ない。
ただ、その威力は絶大である。
2つ目は、手などから雷撃を放出し続ける方法だ。
これは単体では雷撃を放出するだけだが、応用次第で色々なことが出来るため大きな可能性を秘めているといえる。
「そして
「さっきみたいな鎧は無理ですが、普通のは行けます」
次に指し示したのは"佩雷"と書かれた部分。
――佩雷。
これは発生させた雷撃を放出させずに身に留める技術である。
対象としては自らの体の一部から全身に至るまで自由自在だ。その上、手にした物であれば素材に拘わらずに、雷撃を纏わせることが可能なのだ。
ただ、"雷撃の鎧"ほどではないにしろ全身に佩雷するとなるとそれ相応の集中力を要する。
その為、現状では常に発動しっぱなしという使い方は出来ない。
使い方を考えさせられる技だった。
「最後に圧縮ね」
「圧縮自体は出来るようになったんですが維持がどうも……」
最後と言った梢子さんは"圧縮"という文字を二重丸で囲む。
――圧縮。
読んで字の如く、雷撃を圧縮させて威力向上や思い通りの形に変化させる技術である。
――であるのだが、これこそが何よりも一番の曲者だった。
"圧縮する"
そう言葉で言うのは簡単なのだが、実際にやってみるとこれが中々に難しい。
何より力加減が難しすぎた。
まず強すぎればそもそもの圧縮対象の雷撃が消えてしまうし、かといって弱すぎたら弱すぎたで雷撃は勝手に放出されてしまう。その上で、更に圧縮量の調整も必要だというとんでもない技術だった。
更には、圧縮出来たところで気が抜けないのだ。というか、圧縮出来てからが本番と言ってもいい。
そう、何より維持が難しいのだ。それこそ気を抜けば最後、圧縮された雷撃は無慈悲にも放出されてしまう。
現状では、まだ課題の多い技だった。
ただ、この技を使いこなせれば圧縮した雷撃を思い通りの形に変形させて武器のように扱うことも出来るのだ。
それこそ、投擲武器のように扱うことも可能であろう。
そんなところで、基本をおさらいした梢子さんが満足げに口を開く。
「そんなところかしら。やっぱりこの基本をマスターする事が最優先ね」
「そうですね。圧縮とか全然ですから」
「そうねぇ。それに、基本の中でもまだ応用出来るからね」
梢子さんの言葉に、少し肩が重くなるのを感じる。正直、二週間の成果としてはあまり芳しくないのではないだろうかと不安になる思いだった。
「課題が沢山ですね……」
「ゆっくり急ぐのよ!」
本気か冗談か梢子さんはただ笑っている。
でも、その言葉で少し笑顔になったのも事実であった。
「急がば回れって事ですか?」
「いんや、ゆっくり、でも急ぐの!」
やはり、というかなんというか要領を得ない答えだったが、梢子さんらしい答えであった。
「"ゆっくり、でも急ぐ"ですか。そう、そうですね――頑張ります」
そう言うと梢子さんは真面目な顔で頷いている。
それだけで俺は頑張ろうという気持ちになったのも事実である。
「そうだ、頑張ろう」
口の中で呟くと右手を握り、拳を作る。
――気持ちも新たに特訓の後半戦に突入するのだった。
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