梢子さんって一体……?
――これは梢子さんに自分の正体を突きつけられた翌日の放課後の話。
「ここだったら何かわかるかな……」
そう独りごちた俺は、市立図書館の前に立っていた。
図書館なんて最後にいつ来たのか分からないぐらい久しぶりだ。
そもそも学園の図書室さえほぼ近づかない程の俺である。それこそ行動範囲外であるこの図書館にわざわざ足を運ぶ事など、皆無と言えよう。
そんな俺が何故こんな所にいるかといえば、昨日聞いた衝撃的な話を少しでも自分なりに消化しようとしての事だった。未だに、その話が頭の中をぐるぐるとしてどうにかなってしまいそうである。
ただ、一応、表面上はいつも通りに振る舞ってはいたが、どう見えていたのかは分からない。
そんな事を考えていると後ろから声が掛かった。
「あれ虎くん、すぐに帰っちゃったと思ったらこんなとこに来るなんて珍しいね。どしたの?」
「珍しい……天音ちゃんは一緒じゃないんですね」
振り返るとそこにいたのは、いつもの凸凹コンビの宙と乃々だった。ここにいるということは、彼女たちも図書館に用なのだろう。
「いや、ちょっと調べ物があって。で、二人は?」
「そうなんだー、私たちは二人で勉強会しようかって事になって!」
「図書室でも良かったんですけど、ここの方が家にも近いし……」
そう言って二人とも顔を見合わせる。
最初から割って入るつもりなど無いが、割って入る隙間など微塵も無いように見えるほど相変わらず仲睦まじく見える。
「そっか、邪魔しちゃ悪いし勉強会頑張って」
「ほんじゃねー」
「それでは」
笑顔で手を振って図書館の中に消えていく二人の背中を見送った後、俺も同じように図書館の中に入っていく。
図書館に入ると手近な椅子に鞄を置き、上着も脱いで背もたれに掛ける。少しだけ気合いを入れるようにシャツの袖を腕まくりする。
「さあて、氷見市の歴史資料でも当たってみますかね」
――斯くして、氷見市の歴史資料漁りが始まったのだった。
「あー、良くわからん」
そう言ってペンを唇と鼻の下に挟んで肘を突いた手のひらに顎を乗せ、今の心情をもの凄く面倒臭そうに吐き出すように言った。一応、机の上にはそれっぽい資料と情報を書き出すノートがこれまたそれっぽく置いてあるのだが、ノートに書かれているのは見出しのみだった。
その間、たったの30分である。
この惨状を見て分かる通り、氷見市の歴史資料漁りは既に暗礁に乗り上げていた。
最早、何も分からずにまったりし始めた頃に突然正面に人の気配を感じた。
見上げるとそこには、鞄を背負った天音が立っていた。その表情はどこかほっとしたように見えるのは気のせいだろうか。
「虎ちゃん、あんた何してんの?」
天音は嘆息した。
――と同時に、俺が言い返す隙さえ与えず更に言葉を続ける。
「別に、今日ずっと様子が変だったから心配して来たわけじゃないからね」
「でも、なんで俺がここにいるって……?」
何かを誤魔化すようにはにかむ天音に一番の疑問を投げかけると、天音はどこか得意げににやりと笑う。
「それはほら、あの子達が――ね」
天音の視線の方に目をやると、二階の吹き抜けの手摺りから軽く身を乗り出した宙と乃々がこちらに向かって笑顔で手を振っていた。
「だと思った」
「それで、こんなところでこんな古そうな本開いて何してるのかな-?」
机の上に広がった惨状とも言うべき光景を一目見て、天音は茶化すようにそう言いながらごく自然な動きで隣の席に座ってきた。が、それに関しては割といつもの事なので気にせず話を進める。
「ちょっと人を探してたんだけど、どうにも探し方が悪いみたいで……」
「なんて人?」
「多分、氷見市の歴史を調べれば何かわかると思ったんだけど中々――」
「――だから、なんて人なの?」
無理矢理言葉を遮られ、むっとしたように少し強い口調で天音は尋ねてくる。半ば想像していない反応だったので、素っ頓狂な声を上げながら答える事になった。
「へ? あ、ああ、氷見透子って人なんだけど」
「氷見透子!? 本当に氷見透子探してるの?」
意外な事に天音は驚いたような声を上げる。
どうやら何か知っているようだ。
「うん、多分そういう名前だったと思うんだけど――知ってる?」
「知ってるも何も――あ、その本ちょっと良い?」
「あ、ほい」
天音が指さした目の前の本を取ってやる。
すると天音は突然、ぱらぱらとページを捲り出した。暫く捲っていると、お目当てのページを発見したのかこちらにそのページを見せてくる。
「ほら例えばここ。ここに氷見透子の名前があるわ」
「あ、本当だ。――でも、どうやら集合写真にも姿は写ってないみたいだな」
そのページは氷見市では有名な企業の略歴と共に幾つかの写真が載っているページだった。天音が言うように、確かに出資者の欄の中に氷見透子という名前があるのがわかる。
「彼女、写真嫌いで有名だったらしいわ。だから、こういう資料にも姿が写った写真は1枚も残ってないみたい」
「天音、何でそんなに詳しいんだ?」
「昔、小学校の自由研究で合併する前の氷見市の歴史を調べた事があったのよ。その時、殆どどの資料にも出てくる彼女に興味を持って調べたの」
天音はそう言うと得意げに胸を張る。ただ小学生の自由研究としては少し堅苦しいように感じるが、真面目が売りの天音らしいといえばらしいか。
「小学生が選ぶテーマとしては少し渋いな。んで、資料に出てくるのは出資者として――か」
「そう、出資者が多いわね」
一瞬考えるような仕草をした後、天音は更に言葉を続ける。
「――あ、でも実はうちの学校の初代理事長も彼女だったみたいよ。ただ、すぐにその座からは退いてるから割と知られてないみたい」
「えっ、それマジで!?」
思っても見ない天音の言葉に流石に驚きを隠せなかった。だが、それならいとも簡単にうちの学年の担任に慣れたのも納得いくのかもしれない。
「うん、これも調べたから合ってるはずよ」
「うーん……そうか。今一つ納得し切れないけど――今日はこの辺でやめとくか」
言いつつ眉間に皺を寄せながら、俺は机の上を片付け始める。恐らく今の俺はなんとも言えない表情をしている事だろう。
結果としては、自分で調べるよりも最初から天音に聞いた方が早かったのかもしれないが、求める答えを得る事が出来たから良しとしよう。
「殆ど私の知識からだったけどね。それじゃ、あの子達に帰るって言ってくるね」
「あー、はいはい」
持ってきた資料を片付けるために立ち上がりながら天音の言葉に生返事で応え、重い資料を重ねて両手で持ち上げると元あった場所に片付ける。
「――ふう」
「お、片付いたみたいね。じゃあ、帰ろっか」
片付け終わった頃合いに、タイミング良く天音が帰ってくる。
手早く上着を着て、鞄を持ち上げると天音の言葉に頷いた。
「ああ。帰ろうか」
「なんか二人で帰るの久しぶりね」
「そうだっけか」
「そうだって」
そんなたわいも無い会話をしながら、少しだけ影が伸びた帰り道を歩きながら俺たちは家路につくのだった。
――ふと自問する。
――いつか、いつか直接本人に尋ねられればその疑問もはっきりするのだろう。
だが、今は少しでも手がかりとなり得るものを見つけられた事を素直に喜ぼう。
きっと梢子さんは真摯に向き合い応えてくれるような気がする。
するのだが、何より今はまだこちらの気持ちの整理が付いていなかった。
時が来たとしたら尋ねよう。
――いつか、きっと。
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