梢子先生の受難
――放課後。
俺と天音、それに宙と乃々の4人は校内放送で特別教室に呼び出されていた。その呼び出しをした人物は誰有ろう梢子さんである。
今日はとくに何事もなく平和に終わったので、普通に帰る準備をしていたので突然の呼び出しに面食らったが平常心を装って荷物をまとめ始める。
「虎ちゃん、特別教室行くよー、ほら、宙ちゃんも乃々っちも待ってるよ」
「あー、はいはい」
「はやくはやく」
「わかったって」
天音に急かされたのもあって、そそくさと荷物をまとめ終わると鞄を担いで教室入り口で待つ天音達のもとに早足で駆け寄った。
「もう遅いんだから」
「悪い悪い」
「「ふふっ」」
俺たちのそんなやりとりに宙と乃々が顔を見合わせ微笑んでいた。
「何かおかしかった?」
「いんや、やっぱいつも通りだなって」
「そう、そうです。やっぱりいつも通り」
「「ねー」」
再び顔を見合わせ二人して楽しそうに笑っていた。
「い、良いから行くわよ!」
「んあ? あ、ああ、だな!」
宙と乃々の言わんとする事は良く分からなかったが、天音が強く背中を押すので特別教室に歩き出すことにした。
さて、この学園であるが複数の棟で構成されている。
中高一貫校であるために高等部と中等部、それぞれ別々の棟になっている。それどころかそれぞれが別々の校庭、屋内プール、体育館が用意されていたりする。
ただ、実習教室棟と教職員棟だけは中高共通という造りである。デザイン的には、昇降口を中心にして教職員棟、中等部棟、高等部棟、実習教室棟が繋がっており、上から見るとまるで十字架のような見た目をしている。
それで、今回向かう特別教室があるのが実習教室棟の二階の中央の大教室である。普段は、複数のクラスが集まって行う特別授業などに用いられている。
特別教室に向かう途中で、常々思っている言葉が口を衝いて出た。
「特別教室って微妙に遠いよな」
「うん、微妙に遠くて嫌だーってみんな言ってるよなー」
「私この前、梢子先生が遠くて嫌だ嫌だーって言って腐ってるところ見ました」
「もうあの人は……、虎ちゃんホントあの人大丈夫?」
何故か乃々は悲しそうな表情を浮かべながら言っている。一方で、天音はもの凄い呆れ顔でこちらをガン見してきた。
目は笑っていない。怖い。
「どうだろう、たまに不安に……いや、あれでいてちゃんとした大人だし」
そう返すが正直なところ、梢子さんについてはまだ分からない部分が多すぎる。だからか、大丈夫なのかどうかは正直なところ分からない。
未知数と言ったところか。
たわいない話をしていると程なくして、特別教室前に到着する。恐らくもう梢子さんは中で待っていることだろう。
意を決して扉を開けると、そこには今にも溶けそうな半ゲル化でもしていそうな姿で教卓に突っ伏した形の梢子先生がいた。むしろ、人間味が薄れ過ぎて“あった“と表現した方が適当なのかもしれないが。
扉の開く音に気付いたのか、梢子さんはこちらに視線だけを向けるとけだるそうに腕を上げ、手をひらひらさせて割と普通の声で着席を促す。
「あー、やっと来たね君たち。じゃあ、前に詰めて座って頂戴ね」
「「「はーい」」」
俺たちはそう返事すると、鞄を後ろの机に置いて教卓の正面の席に座った。
俺の隣には天音が座って、更に隣の席に乃々と宙が隣り合って座っている。いつもの、といえばいつもの並び順だった。
席にも着いたので、半分溶けかけた梢子さんに先ほどからの疑問を投げかけてみることにした。
「梢子さ……先生、なんでそんなけだるそうな感じに机に突っ伏しているんですか」
「教頭先生……に……」
「はい?」
「またなんかやったの……梢子先生?」
そういって、天音は凄く呆れたような表情を浮かべる。隣の乃々と宙もなんとも言えない表情をしているように見える。
「またお説教食らったの!!」
「何でまたそんな事になったんです?」
と乃々。この子に関しては、梢子さんに僅かだが哀れみの感情を抱いているように見える。ただ、正直梢子さんの場合は彼女の行動に問題があることが多いので自業自得と言えるのだが。
「今日の朝、遅刻しそうで虎君と走ってきたわけですが教職員棟の連絡廊下を走ったら曲がり角で……」
「なるほど、ぶつかってお説教って事だね。せんせーらしいね!」
これは宙だ。この子はこの子で、もの凄いこの状況を楽しんでいる様に見える。ただ、宙には悪気がないようなので厄介といえば厄介だろうか。
「教頭先生凄い厳しいからなぁ」
「反省しています反省しています……ぶつぶつ」
教頭先生のお説教がフラッシュバックしたのか梢子さんは遠くの一点を見つめ、下を向いて口の中で反芻するように呪文のように言葉を繰り返している。
正直こうなるのも無理からぬ事なのかもしれない。何しろ教頭先生は、誰も笑顔を見たことがないと言われる程のお堅い人である。
その上で、文武両道を地で行くような人物であり、一言でいえば完璧超人なのだ。だからこそ、誰よりも自分に厳しい人物で自らの信念に忠実であろうとしている。そんな人物にお説教を食らったら……つまりこの有様である。
「でも、今日一日ずっと梢子先生見てたけどいつも通りだったよね」
「うぬ、ホントいつも通りだった」
「うん、いつもの先生だったよ」
「いや、それはほら、教頭先生のことだからきっと」
「「「……?」」」
三人が三人ともぽかんと口を開けた表情で止まった。つまりは、彼女たちは良い子ちゃんであるという事であろう。
「だからね、教頭先生のお説教は段階があるんだ……」
そんな良い子ちゃんの彼女たちにも分かるように、出来るだけ詳細に説明をしてやった。すると、さしもの彼女たちも理解したのか、一瞬にしてげっそりとした表情に変わる。
「ハッ!? ――あいたっ!!」
そんな話で盛り上がっているのを尻目に、いつの間にか教卓の下に潜り込んでいた梢子さんが突然、我に返って声を上げると立ち上がった。だが、当然そこは教卓の下なので、どのような悲劇が起こるかは自明の理、火を見るよりも明らかである。
それにしても、あり得ないほどの轟音が響き渡ったために一瞬だがみんなの動きが一瞬だけ静止した。その直後には、皆が皆そちらに視線を向けて安否を確認する声を掛ける。
「ちょっと、先生。大丈夫ですか!?」
「梢子さん!? ――何してんですかマジで……」
「先せえぇぇ……」
「流石にその音は笑い事にならない気がするよせんせ~?」
それぞれがそれぞれの反応をしていた。
天音は珍しく焦っているし、乃々は何故か涙声になっている。もはや宙に至っては、ある意味もう引いてさえいるように見受けられる。
俺に関しては、呆れ気味である。それこそ色々と超人的な格好を見せつけられている手前、こんな初歩的というかベタな失態を見せられるともう呆れるしかない。
「痛~うッ……頭割れてないかしら」
心底痛そうな声を出して梢子さんは、頭をさすりながら教卓の中から這い出てくる。その様は中々にホラーな光景だったが、そんな事には構わずに天音たちは、直ぐさま梢子さんに駆け寄っている。
――その結果、教卓から這い出している途中だった梢子さんは一目散に駆け寄った宙によって捕獲されてしまう。そんな宙の表情はといえば、どこか邪悪を孕んだような笑みに見えなくもない。
「せんせー、たんこぶ凄いよー。もの凄い盛り上がってるよ頭のてっぺん」
「痛っ痛たた! ――ちょっと宙さんやめ、やめてぇ~」
「ちょっ、ちょっと、宙ぁ……先生痛がってるからそんなに――ああっ!!」
乃々は梢子さんの頭を弄んでいる宙を止めようとしているが、殆ど消え入りそうな声――それも涙声で何の抑止力も発揮していない。というか、むしろ宙はそれどころかこの状況をを楽しんでいる節がある。
「なんだこれ……」
そう呟いただけでその間、俺は全く何もしていない。
だが、そこで救世主登場。
それは勿論、我らが天音さんである。彼女は、おもむろに宙の首根っこを掴むとそのまま持ち上げて子供に言い聞かせるような口調で言った。
「こーら、宙ちゃん。先生のたんこぶで遊んじゃ駄目でしょ?」
「あはは、流石に悪ノリが過ぎたね!」
未だ首根っこを捕まれた状態のまま、宙はばつが悪そうにはにかんだ。因みに、乃々はまだ宙の腕を掴んだままだった。
「笑い事じゃない……んだけど、ね……。――あいたたた」
「ごめんねせんせー。頭だいじょーぶ?」
「ちょっと痛いけど……まぁ、大丈夫よ。それじゃあ席に戻ってね」
自分の頭を優しくさすりながらそう言うと、梢子さんは教卓の前に立つ。天音達が席に着くのを確認すると再び口を開いた。
「――それでは気を取り直して、補習授業を始めましょうか」
「「「補習授業!?」」」
これには俺も堪らずに声を上げる。勿論だが、他の三人も同じように声を上げずにはいられなかったようで驚きの声を上げている。
「そう、現代史の授業のお時間です!」
梢子さんはそう言うとにっこり笑うのだった。
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