特訓開始?

「ちょお、マジっすか梢子さん!?」

「マジよマジ。ほーら、避けないと大変な事になるわよ虎君!」

 楽しそうにそう言いながら、目にも留まらぬ早さで槍の柄・・・だけでこちらを攻撃してくる梢子さん。

 その攻撃は淀みなく、こちらの命を狙い澄まして繰り出されている。それこそ、肌を刺し焦がさんとするような殺気を隠す事さえ無くこちらに向けている。

「うわぁああ!!」

 どこぞのチンピラよろしく情けない声を上げながらも命辛々といった感じで、梢子さんの攻撃を避けながら全力疾走で逃げ回る。

 幸いな事に、ここは障害物も無く広大なため体力が持つ限りは追い詰められる事は無いだろう。が、逆に全く何も無い空間であるため何の小細工も出来ないだろう。

 防戦一方の中でそんな事をぼんやりと考えながらいると、一足飛びで俺の頭上を飛び越えた梢子さんは手にした槍の柄・・・を強く地面に叩き付けた。

 その結果、大量の砂埃が舞い上がり完全にこちらの視界が奪われてしまった。

「ほらほら、次のステップ行くよ!」

「チッ!!」

 一瞬、ほんの一瞬だけ呆気にとられたが身を低くして反転の後、全力で離脱する事に成功――の筈だったが、砂埃が晴れた瞬間に失敗だと悟った。

「はい、残念賞」

 にやと笑ったのは、誰あろう梢子さんだった。既にその時には手にしたを構えており、あとはこちらに振りかぶるだけの臨戦態勢、もう避けられよう筈も無い。

「――グあッッッ!!」

 手加減なしの一発に骨が軋み、嘘みたいな距離を吹っ飛ばされた。

 数分とも感じられる浮遊感の後に、地面に二回三回と叩き付けられ砂埃を巻き上げながら転がる。

「もうギブアップかい虎君?」

 どんだけの距離を吹っ飛ばされたのかは分からない。だが、梢子さんはそこにいるのが当たり前かのように、砂まみれで仰向けで倒れている俺の顔をいつの間にやら覗き込んでいた。

 彼女のその表情は、一切の曇りも無い笑顔で輝気に満ちているのである。

 そんな梢子さんに色々と諦めの念を抱くと同時にどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。感じたのだが、どこか納得がいかないので文句を一言二言言ってやろうと軋む体に鞭打つと、上体を勢いよく起こした。そうして、口を尖らせると強い口調で批難の声を上げる。

「流石に! いきなりは無理ですって!!」

「あ、やっぱり? ごめんね、久し振りでちょっとテンション上がっちゃったよ」

 薄々分かってはいたのか少々ばつの悪そうな表情を浮かべる梢子さんだが、その一方で槍先無い時点で手加減という謎理論を展開していた。

 そもそも手加減という割に攻撃することに何の躊躇も無いどころかもの凄い殺気で、こちらを視線で射殺さんとするほどの勢いだった。

 そんな状態でどこが手加減かと問いただすと飄々として梢子は言う。

「だって、一旦始まったらそれはもう本気でしょ」

 この人本気でやべぇと喉元まで出かけたが、後が怖いので俺はその言葉を飲み込んだ。

「というか、この特訓って俺のこの雷撃を鍛える特訓ですよね」

「そうよ、自衛できるぐらいにはなって貰わないと困るもの」

 当たり前とでも言うように尊大に胸を反らすと、どことなく得意げな表情を浮かべる梢子さんに愕然を通り越して呆れてさえいる自分がいた。

 いたのだが、ここはちゃんと反論すべきだと口を開く。

「それなら、さっきの駄目なんじゃ……雷撃使う余裕さえなかったし」

「あっ……」

 俺の尤もな指摘に思い当たる節があるかとでも言うように、不自然にこちらから視線を逸らすと吹けもしない口笛を吹く真似をしてみる梢子さんだった。

「あっ……じゃないですよ全く!!」

「で、でもでも、命の危機に瀕した時に能力がこうババーンとランクアップするのは定番じゃない!?」

「能力で切り抜けられるとかの場合ですよねそれ!!!」

 そんなどこぞの少年漫画のような理論で本当に殺されてしまっては堪ったもんではない。その為、いつもより語気が荒くなってしまうのはしようがない事だ。

「うーん、じゃあ、別の手考える……」

「最初からそうしてください!!」

 半ばやけくそのように叫んだ俺は、思いの外ボロボロになった自らの体を投げ出し荒い息を整えるように照明ぐらいしかない天井をただぼんやりと眺める。

 だが、ふとある事を思い出し上体を勢いよく起こすとポケットの小型端末を取りだし電源を入れた。

 次の瞬間、時間を確認した俺は良く分からない汗が全身から噴き出すのを感じると同時に再び叫び声を上げる。

「うわぁあああ、遅刻だ!!」

「あ、言い忘れてたけど虎君のバイトね、私が先方に辞めるって言っておいたから大丈夫」

 ――直後、硬直。

 同時に、良く分からない汗が再び全身から噴き出した。

「……は、はい?」

 余りにも寝耳に水な発言だったので、間抜けな感じに聞き返してしまう。

 恐らく。否、間違いなくその時のその声は見事に裏返っていただろう。

「だから、君のバイト、辞めるように電話しといたから」

「――えええぇっ!?」

 三度の叫び声を上げていた。

 それこそ、青天の霹靂である。

 何をしてくれてんだこの人はという気持ちと同時に、この人の無茶苦茶さにやはり呆れを感じている自分がいた。

 その直後に梢子さんは「あ、心配しないで、代わりの子は手配しているからそこは大丈夫」という旨の発言をしていたのだが、もう既に俺の耳には届いていなかった。

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