はじめてのよびだし

 ――時は放課後、場所は保健室。

「やっと二人きりになれたわね!!」

「いや、何言ってんすか梢子さん!?」

 帰ろうとしたところで、校内放送により何故か保健室に呼び出されて扉を開けたらこの調子である。こういう場合に呼び出すのは、生徒指導室なのではないだろうか。

 そもそも、突っ込みどころがありすぎてもはやどこから突っ込んだら良いのかもう既にわからない。因みに、朝の女教師スタイルではなく初対面時の修道服スタイルで待ち構えていた。

「――と、言うのは冗談としてやっと話が出来そうね」

「むしろ本題よりも、もっと気になることがいっぱいあるんですけどね……」

「まぁ、そこは追々話していくとしてまずは君に話しておかなきゃいけない事があるのよ」

 突然、梢子さんは真面目な表情を作って目の前のソファーに腰を下ろす。俺も座るように促されたので、扉を後ろで閉めて、机を挟んで正面のソファに腰を下ろして応える。

「話しておかなきゃいけないこと、ですか」

「ええ、とても重要なことだからね――とても」

 その含みを持たせるような言い方はどこか勿体振っているようにも見える。

 梢子さんは一呼吸置くと、俺に問いかけた。

「ところで、虎君は近代の大事件って何が思い浮かぶ?」

「何ですか藪から棒に――強いて言うならあれですかね、あれ」

 近代の大事件と言ったらそれしかないと言うほどに有名な事件だった。ただ、もの凄いことが起こったという話の割に中身について触れられることは全くといって良い程に無いのだ。

「あれってやっぱり300年前のアレ?」

「そうです、その事件です。でも、殆ど情報が無くって都市伝説扱いですよねあれ」

 ほぼ都市伝説扱いというのは本当のことで、近代の歴史を扱う授業では必ずと言って良いほど取り上げられるのだが"それ"が何によって引き起こされたのかは判然としないままだ。

「実はね、話しておかなきゃいけないってのはその事件のことなの」

「……ッ!?」

 言葉が出なかった。

 実際、こんな眉唾レベルのものだがその理由が、その真実が300年後の現在に伝わって無いことを考えると日常を脅かすほどの真実なのだろう。

 事実、300年前とはいっても技術の大本は変化していると言うほどでもないのだ。それこそ、記憶媒体やら高度な通信技術などなどは普通に存在していたはずなのである。

 それなのに、今現在その全貌が見えてこない事を考えると、何が起こっていたのか想像だにしない。否、想像したくない真実がそこに眠っていると考えるのが妥当だ。

「――ハァッ……ハァッ……」

 気付けば、息は上がり滝のような汗が全身から溢れ出していた。

「虎君、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫です」

 心配そうにこちらの顔をのぞき込む梢子さんを心配させまいと、袖で額の汗を拭い大丈夫アピールをする。本当はあまり大丈夫ではないのだがそこは男の子、虚勢を張ってしまう。

「それじゃ、話戻して良いかな?」

「あ、はい。お願いします」

 少しだけだが落ち着いてきたので、話を進めて貰うことにした。

「口だけで説明するのにも限界があるから私についてきてくれるかしら?」

 そう言って立ち上がった梢子さんは出口に向かう――と、思いきや奥の何もない壁に数回触れた。すると、程なく壁が開いて地下への階段が姿を現した。

「そんな……!?」

 まるでどこぞの秘密基地のような施設に半ば声を失い驚嘆しながらも、促されるまま梢子さんの後に続いて隠し扉をくぐる。

 扉の中は少しだけひんやりとして、光源は非常灯のみであるため薄暗かった。

「指導室じゃなくて、保健室に呼んだのはこういう理由だったのよ」

 ただそれだけ言うと黙々と階段を降りていく。

 そうすると、一つの扉に突き当たった。

 その扉には何か色々と書かれてはいるが、全く見たこともないものでそれが何なのかは分かりそうにない。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、いつの間にか目の前の扉は開かれており、梢子さんは扉の奥の部屋に入っていく。

 後を追って入ると、振り返った梢子さんが口を開いた。

「ねえ、虎君。ここ、なんだと思う?」

「誰かの書斎……とかですかね」

 見回してもそこまで目につくものはない、せいぜい天井が高いぐらいだろうか。

 その広さは八畳ほどで真っ白な部屋、壁面は四面とも本棚になっていてそのすべてに古そうな書類が収められている。他は、部屋の奥には高そうな書斎机、部屋の中央には保健室にもあったようなソファーとテーブルが置いてあるのみだ。

「ここはね、あの事件のすべての証拠が揃う場所よ。ある意味書斎でもあるけどね」

 大見得を切った梢子さんはニヤリと笑ったのだった。

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