あの人が先生!?

 今現在、俺こと紫堂虎しどうとらは汗だくで自分の机に突っ伏していた。

「ぜーはーぜーはー、流石に間に合わないと思ったけど、人間やればなんとかなるんだな」

「そ、そうね……全力疾走すればなんとでもなる、のね」

 そうなのだ、結局あの後、遅刻を免れるために全力疾走で登校をする羽目になったのである。当然ながら校内も全力疾走をしてきた。

 幸いだったのは、どの教師にも発見されなかったことだろうか。

 因みに、隣の席には俺とほぼ同じ状態の天音が机に突っ伏している。流石に今回の全力疾走はさしもの天音あまねも応えたらしく、喘息かのような息づかいになっていた。

「おーおー、今日は珍しく遅いと思ったらどうしたんだい?」

「いつもより遅いので心配しちゃいましたよ」

 声を掛けてきた二人――柏野乃々かしわぎのの棟木宙むなぎそらに息も絶え絶え弱々しく手を上げて天音は弱々しく挨拶する。俺は手を上げて意思表示するのが精一杯だった。

「乃々っち、宙ちゃん……おはよう」

「何でそんな今にも死にそうな状況なのさ、虎君もさー?」

「いや、今日は色々あって虎ちゃん家から出るの遅れちゃって」

 早くも息も整ってきた天音は、机から顔を上げて弁解を始めた。俺はというと回復にはもう少し時間がかかりそうなのだが、刺さるような視線を感じ顔だけ上げると、なんともいえない表情で乃々がこちらに視線を向けていた。

「もしかして虎君、寝坊でも……しましたか?」

 そのなんともいえない表情でそんなことを言われると、なんだか自分が寝坊したような気分になってくるから不思議だ。しかしながら、そんな事実は無いので首を振って否定する。

「そう、そうですか、てっきり寝坊した虎君を起こしに行った天音ちゃんはその寝顔に見とれていつの間にか一緒に寝ていたみたいな展開を期待したんですが――残念です」

「の、乃々さん……?」

「あ、すみません、悪い癖が出ました」

「ホント乃々っちそういうの好きだよねぇー」

 はらはらする俺を尻目に宙は愉快そうにころころと笑う。横目に見る天音の顔は困ったようなそれでいて照れたようななんともいえない表情だった。

「じゃあ、私たちは席戻るねーもうすぐ先生来るだろうし」

 そう言って宙と乃々は自分たちの席へと帰って行った。

「ふぅ……」

 そう一呼吸置いて、組んだ腕に顎を置いて考える。もう既にあがっていた息も整って流れていた汗も止まっていた。

 そうすると、天音が思い出したように口を開いた。

「急いでて気付かなかったけど、虎ちゃん? 梢子さんだけにして大丈夫だったのあの家」

「大丈夫だと思うんだけどね、少なくとも悪い人じゃないと思うし」

 実際、少しだけびっくりした。

 何故か。

 同じ事を俺も考えていたからだった。

「分かってると思うけどあの家さ、来たとしても叔父さん夫婦だけだから。叔父さんには一応連絡しといたし」 

「そっか、それなら良いんだけど、良いんだけどね……」

 その声は少し寂しそうな声だ。俺自身はそこまで気にしていないんだけど、こういう話になると決まって天音はどこか寂しそうで、泣きそうな声になる。

「良いんだよ天音。俺は気にしてないんだから」

「そう、そうなんだけどね。ごめんね」

 天音はそうやっていつも通りに顔を伏せる。

 そんな天音に救われてる部分はあるのかも知れないな。そういう部分は多々あって、俺はある意味幸せ者なんじゃないかなって思っている。

 ――そうなのだ、俺の両親は既に亡くなっている。

 話によると、なんでも俺が小さいときに事故で二人とも帰らぬ人となったという事らしい。当時の俺は物心もつく前で、何も覚えているはずもなくもちろん両親の顔も写真でしか知らない程度である。

 小さい頃は叔父さんの家にお世話になっていたのだが、中学進学を機に今住んでいる一軒家で一人暮らしを始めたのだ。

 天音とはその時に知り合って今に至る。

 彼女の家族にもだいぶお世話になった。というか、今もだいぶお世話になりっぱなしではある。

 そんな風に物思いに耽っていると、チャイムがなった。

 同時に、ドアが開く音がする。

 ――そこに立っていたのはいつもの先生ではなく、グレーのパンツスーツに身を包み白衣を着た梢子さんその人である。

 ご丁寧にフォックスタイプの眼鏡を着用して、女教師感を出している。

「はーい、私が新しい担任の先生ですよ!!」

 その瞬間、俺は頭痛を催した。

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