断章1 果ての存在
――ここはどこだろう。
何かが囁いている。
お前は誰だと囁いている。
――私は誰なんだろうか、考える事もしなかった。
そもそも、何が私に向かって囁いているのかもわからない状況だ。自分が誰でここがどこかなんてわかろう筈もないだろう。
――いや、本当にそうなんだろうか。
目を開いたところで、見えるのは光のが明滅して、ゆらゆらと何かが漂っているのみである。上も向いても下を向いても全く同じ光景がただただ映し出されるのみである。
また何かが囁いた。
お前は目を開いているのか、お前の姿はお前に見えるのかと。
――私の姿……言われてみれば私は私の姿を確認することは出来なかった。だが、それは当たり前のことだろう、自分で自分の姿を見ることなど出来ない。
囁き声の主は私を嘲笑しているようだった。
――何がおかしい、当たり前のことだろう!
囁き声は、嬉しそうに囁く。
お前にとっては自分の体が見えないのも当たり前なのか、と。
言われてみればそうだ。通常、視点を下に下げれば自分の体が視界に入るはずなのだ。
――そう……そうか、でもどうして私は私の体を見ることが出来なかったのだ!
囁き声は悲しそうに囁いた。
そうか、お前は全部忘れてしまったのだな、と。
――どういう事だ、それはどういう……?
《それはお前自身が思い出さなきゃいけないんだよ》
囁きだった筈のその声は突然ハッキリしたものになった。その声はどこか異様で、老若男女すべてを
――わからない、何のヒントもないこんな状態でわかろう筈もないだろう!!
《大丈夫さ、時間は無限にあるんだから。焦らなくても――大丈夫さ》
どこかおちょくった風なこの謎の声に苛立ちを覚えるのだが、今の状況を考えると唯一の手がかりである以上、邪険にも出来ないのも事実。
この際、ダメ元でも何か情報を引き出すしかないのだ。
――なにか、何か少しでも手掛かりをくれないか?
《手掛かりねぇ……また諦められても興ざめだからな-。あ、そうだ》
――なんだ、何かあるのか!?
《君は元々、人じゃなかったみたいだよ。今も人じゃないみたいなもんだけどね》
全く言っている意味がわからないが、嘘を言っているような感じはしないのでこれは真実ではあるんだろう。ただ、さらに謎は深まった感は否めない。
《ああ、あともう一つ、これぐらいは教えといても良いだろう。ここは"果て"と呼ばれてるんだよ、誰が呼んだかここは"果て"なのさ》
――人間ではない私と"果て"ね。しかも、これを何度か繰り返している。
いくらそんなことを考えても何の糸口も掴めないように思えた。それならまだ、砂漠の中から砂金を探し当てる方が簡単にさえ思える。
《君は何かしなきゃいけないと思うんだよ。それを思い出すことだね》
《――それはきっと凄く凄く君にとって大事なことなんだと思うよ、多分ね》
――私にとって大事なこと……!?
その瞬間、脳裏に何かがフラッシュバックする。
曖昧且つ一瞬で、それが何かはわからない程ではあったがそれはどこか懐かしいものに思える。と、同時に俺は無意識に言葉を紡いでいた。
――
透子――それが誰かはわからない。わからないが、とても重要な手掛かりであること、それだけはわかった。
《僅かではあるが、兆しはあるか……君には期待してるよ》
その言葉は何か含みを感じるものだったが、それが何かは俺には到底理解できるものではなかっただろう。だが、思い出さなければいけないそれだけは、本当だと思った。
――だから私は思いだそう来るべきの時のために。
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