変わる日常 非日常の内へ

「おーい、虎くーんおーきーなーさーいー!!」

 そんな大音声で、俺の意識は覚醒した。したのだが、最悪の寝覚めであることに変わりはなく、何も憚らないほどの大音声は寝起きの身には相当に堪えるものだ。

 そんなグロッキーを知ってか知らずか、梢子さんは俺の布団を引きはがしにかかる。

 なんだ、あんたはどこぞのオカンか。 

「ほらほら、起きたおきた」

 そう言いながら布団を引きはがしてくる梢子さん。

「ちょ、な、何を……」

 異常にその力は凄まじく、為す術もなく俺が被っていた布団と毛布は引き剥がされ何故か俺は正座をする形になっていた。

「さて、虎君。朝のご挨拶は」

「お、おはようございます?」

「はい、おはようございます」

 にこやかな表情の梢子さんと対面するようにベッドの上で正座する俺の図がそこにはあった。それはなんとも異様な光景だっただろう。多分。

「あーーーーー!!!」

 そしてまた大音声。

 そこに居たのは、誰あろう櫛田天音その人であった。

「な、ななななななぁあああ!!!」

 顔を真っ赤にし、唇をわなわなと震わせている天音。その形相はもの凄く、人様にお見せできないものになっているが、彼女自身はそれどころではないと言った様子だ。

「あら、天音ちゃん。おはよう!」

 満面の笑みを見せる梢子さん。天音の一連の奇行になんのリアクションもなく、その笑顔を見せる彼女の姿は一種の凄みさえあった。

「あら、返事が無いな~。朝のご挨拶は?」

「お、おはようございます……」

 そのあまりの落ち着き振りに、面食らった天音は意気消沈といった感じで落ち着きを取り戻していた。いや、むしろ引き気味だった。

「って、そうじゃないですよ。梢子さん何してるんですか!?」

「何って、寝坊助さんな虎君を起こしにね」

 激しい語調の天音とは裏腹に、梢子さんは何処吹く風といった感じに見える。

「そ、そんなこと……」

 天音は瞬間湯沸かし器も斯くやといった感じで、一瞬のうちに顔を真っ赤にする。それこそ、耳まで真っ赤である。

「あれあれ、顔真っ赤だよ天音ちゃん?」

「べ、べべべ別に、へへへ変なことは考えてませんわよ」

 梢子さんの追求に真っ赤な顔のままの天音の言葉はしどろもどろだ。何より語尾が良くわからないことになっている。

「あの、二人ともちょっと……」

 恐る恐る、といった感じで俺は目の前の二人に声を掛けた。とばっちりを受けたらかなわないということで、二人を刺激しないように慎重にである。

「何です?」「何よ!!」

片やにやついた表情の梢子さん、片や鋭くこちらを睨み付ける天音。

「大変申し訳ないんだけどお二人がそこでそうしてると、着替えられないんだよね」

「出来れば、部屋の外で話して貰えると……」

 大変申し訳なさそうに言ったのが功を奏したのか、二人はそそくさと部屋の外に出て行った。ただ、部屋の扉を閉めるまで梢子さんの顔はずっとにやついたままだったが。




 制服に着替えながら俺は考えていた。

 それは昨日の梢子さんの話。

「本当にタイミング悪いよなぁ……」

 そう独り言を呟いた後、思わず苦笑してしまう。それもそうだろう、昨日の梢子さんの話の時もさっきと同じように天音が乱入して台無しになってしまったのだから。

 つまりは、未だに梢子さんから詳しい話は聞けていなかった。

「それにしても気になるな、俺の何を知っているんだろうか」

 寝間着を脱ぎ、ワイシャツに腕を通しながら物思いに耽ってしまう。

 だってそうだろう、この自分の特異な力を自覚したときからこの力の正体が何なのか、思わなかったことなんて一日も無かったのだから。

「でも、怖いという感情も無くもないな」

 また独り言。

 怖くないと言ったら嘘になる。

 それこそ、自分に抱えきれない秘密だったら俺はどうするだろうか。その事実に直面することが怖くもあり、そうだったとき自分はどうなるのかも怖いのだ。

「――まぁ、考えてもどうにもならないか」

 そう自嘲するとネクタイを締めて、ボタンを留める。机の脇に立てかけられた少しくたびれたカバンを手に取ると部屋を出る。

 そこに二人の姿は無かった。

 流石にもう部屋の外で顔を突き合わせて口論(ほぼ天音が一方的に文句を言う状態ではあるが)してはいなかった。その事実に安堵しつつ階段を下りて、居間へと向かう。

 居間を抜けると、ダイニングへと向かうと、そこには既に朝食が用意されおり、食欲をそそる香りが鼻をくすぐり心地よく空腹を刺激してくる。

 朝食を用意してくれている梢子さんに改めて朝の挨拶をすると席に着く。

「梢子さんおはようございます」

「おはよう虎君。どう、私の作った朝食は?」

「言っちゃ悪いですけど、意外です。凄いおいしそうですね」

 これでもかというどや顔の梢子さんに、苦笑いしつつそう答えた。軽口のような答えながら、目の前の朝食は嘘偽りなく食欲をそそる魅力はしっかりとあった。

 手を合わせ「頂きます」と言って朝食を食べ始めてみると、見た目に違わずその味も素朴ながら絶品と言えるものだった。

 食事を終え、手を合わせて「ごちそうさま」というと梢子さんが「おそまつさま」と笑って、食器を下げてくれる。上げ膳据え膳とは至れり尽くせりである。

 ちょうど食事が終わったタイミングで天音が居間に入ってきた。そして、こちらに気付くと肩を怒らせながら俺のそばまでやってくる。

「虎ちゃんおはよう、後で話があるから!!」

「お、おはよう。は、ははは……お手柔らかにお願いします」

怒りのオーラが見え隠れするその表情はもはや冷や汗ものだが、逃げ道なんてないのはほぼ確実だった訳で、笑うしかなかった。無かったのだが、取り敢えず誤魔化すために遅刻するかしないか微妙な時間を差し示している時計を指さして慌ててみた。

「あっ、時間やばい!」

「ほんとだ、ほら虎ちゃん急いで!!」 

 無遅刻無欠席を信条にする天音としては重大なことであるようで、血相を変えて俺の腕を掴むと今にも玄関に突っ込む勢いで居間を飛び出した。 正直な話、朝食の直後というのもあって胃の中の物が大変よろしくない状態になったがなんとか耐える。

「ちょっとちょっと、少しだけ待って虎君」

「う、うっぷ、何ですか……?」

嘔吐きながらも耐え、やっとの事で応える俺にずいっと顔を寄せた梢子さんは俺にだけ聞こえる声で

耳打ちをした。

――放課後、話があるからね、と。

 その直後に見た梢子さんの表情はもの凄く含みのあるものに見えてしょうがなかった。

「何、ぼーっとあの人の顔見つめてんのよあんたは!!」

「い、いや、別にそんなんじゃ――」

「はいはい、遅刻するから行ってらっしゃい」

 そんな俺たちを制する姿の梢子さんもどこか母親感があふれていた。

「あっ、ホントにやばい、行くわよ虎ちゃん!!」

「自分で歩くから引っ張らないでくれよー」

 そんなこんなで、今日も俺たちは学校に向かうのだった。

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