境界線の内

 気付くと紫堂虎しどうとらこと俺は、血が渦巻く空を見上げていた。

 ――そうだ。ここは、いつもの夢の中。

「いつの間にか眠っていたのか」

 地面に横たえた体をゆっくりと起こす。

 いつものように何も無い地平が広がっている。

 煩いほどの風の音色が、耳に痛い。痛いのだが、その風を肌に感じることは無い。

「梢子さん――か……」

 自らの手のひらを、ぼうと眺めながら呟いた。

 手に力を入れ念じると、閃光が迸りながら弾ける。こんな芸当が出来るのは、夢の中だからだというわけでは無かった。

 事実、路地裏での立ち回りはこの力があったからに他ならない。

「いや、それだけじゃ無いか……」

 自嘲気味に独りごちる。

 そうなのだ、恥ずかしい話であるが一時期はこの夢を本気で変えられるように思っていた。だからこそ、誰からも悟られぬように体も鍛えて、不測の事態に対応できるようにも備えていた。

 救えないとわかってからも、日課のように今まで鍛え続けてきた。

 まぁ、天音からはサボってるだらしない幼なじみ程度にしか映ってないみたいだったけど。

 ――いつものように大音声が響き、クレーターが形成される。その中心には、いつもの二人。

 そういえば、この力に気付いたのはいつの頃だったっけ。あまりにも一方的な行為に見ていられなくて、がむしゃらに突っ込んでいった。

 夢か幻のように突き抜けて地面に体当たりするような形になったのは言うまでもない。

 そこで、俺は異変に気付いた。

 そう、全身から吹き出すように雷が迸っていた。

「あれはびっくりしたな」

 俺は、苦笑する。

 だって、そうだろう。

 その後、目が覚めても全身が静電気状態だったのだから。髪の毛は常に逆立ち、セーターなんて着ようものなら大変な事になっていた。

 そんな不安定な状態も数日でなんとか収まったけど、周りにごまかすのが大変だったのを覚えている。ただ、驚きながらも天音が普通に接してくれたのは助かった。

「そうだった……!」

 突然、俺はあることを思い出してハッとしてしまった。余りにも些細なことで頭の片隅に追いやられていたが、決定的な出来事があったのだ。

 この力が落ち着いてから少しの間、妙な視線を良く感じていたのだ。当時は、何事も無く次第に視線を感じなくなって言ったので忘れていた。

 だが、もしかすると今回の件に繋がっているのかも知れない。その証拠に、奴――武装集団のリーダー格の人物は俺の力の事を何か知っている風だった。

 極めつけは、食後の梢子さんのあの発言。





 ――時間は戻って食後の紫堂宅、ダイニングルーム。

きみ――いや、紫堂虎君。話があるの」

 食後の皿洗い中に真剣な顔でそう言った梢子さん。ただ、口元には先程の食事の後であるご飯粒が自己主張していた。

「あの~……梢子さん。真剣な表情な所、まっことに申し上げにくいのですが……」

 申し訳なさそうに口元のご飯粒を指さしてやると、気付いたのか顔を真っ赤にして後ろを向く。ポケットから取り出した携帯用のウエットティッシュで口元を拭うとこちらにまた向き直る。

「オホン、紫堂虎君。話があるの」

 咳払い一つ。でも、少し頬を染めながら。

 それでいて、何事もありませんでしたようといった風を装う梢子さんだった。そんな必死な姿に、少しだけ場が和んだのは言うまでもない。

「な、なによ! ほら、お話聞きなさい」

「はいはい」

 意地になっている感じの、梢子さんの言葉に軽い感じに応えながら皿洗いを追えた俺は、自分用に淹れたコーヒーを手に梢子さんの向かいに腰を下ろした。

 再び、梢子さんは真剣な表情を浮かべた。

「虎君、あいつらが何者か知りたくない?」

「えっ、それってどういう……」

「そのままの意味よ。君が知りたいなら全部話してあげるわ」

 打って変わって柔和な表情を形作り、手にしたコーヒーを一口飲むとどうなのといった感じでこちらを再び見つめてきた。

 今ひとつ梢子さんの意図を計りきれない俺は、一つ確かめてみる事にした。

「ってことは、俺の……この力も知ってるんですか?」

「ええ。多分、君以上に詳しいわ」

 不敵な笑みを浮かべる梢子さん。

 表情を見る限り、彼女の言葉に嘘はないのだろう。

 その証拠に、彼女の瞳は淀みなくまっすぐにこちらを向いていた。

「それが……それが本当なら、教えてください!」

「ええ、私はそのために来たの」

 彼女が一層、不敵な笑みを浮かべていることに俺は気付かなかった。そして、俺が気付かなかったことがもう一つあった。

 そう、そこがもう引き返すことの出来ない境界線の内側だったことである。

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