蝕まれる日常

 ――同日、午後三時二十分。

 氷見駅前の路地裏にて、紫堂虎しどうとらは微動だにできない状況に陥っていた。

 手には学生鞄のみ、背後の天音を庇いながら見たこともない武装した集団と向かい合っている。集団とはいっても五人程ではあるが、手には銃器のと思しきものを構えており、こちらの自由は無いに等しい。

「――ッ!」

 緊迫した状況に、言葉も出ない。

 背後に逃げるのも手かも知れないが、あいにく背後は袋小路になっており逃げるに逃げられない状況だ。いや、万が一通り抜けられる構造であっても発砲されればひとたまりも無いかもしれない。

「紫堂虎、我々と一緒に来てもらおうか」

 長い沈黙の後、集団の先頭に立っているリーダーと思われる人物が口を開いた。機械的な音声で、バイザーで顔を覆っているため男女の判断はつかない。

「何でだ……」

 掠れた声が出た。

 もっと言うべき事があるのかも知れないが、俺の口から出てきたのはその言葉だった。銃なんて突きつけられて怖くて堪らないはずなのに、なぜだかわからないが怒りが沸き上がってくる。

「グズグズするな」

 手下の一人が銃口で俺の背中を小突いて、歩くように促す。近くで見ると、先頭の人物とは僅かに装備が違うようで、カラーリングも区別できるようにか別になっている。

「何でだよ!!」

 今度は、大きな声が出た。

 降って湧いたこの状況に無性に怒りが湧いてきたのだ。幸い、鞄はまだ手に持っているし、丁度良く奴らの視線は俺に集まって天音から逸れている。

 良くわからない自信があった。

 これならいける、大丈夫だと。

 俺が目的なら、殺しはしないだろうと高を括っていたのもあるのだが。

「ううっ……」

 古典的だが、まずはうずくまり、鞄からあるものを取り出しておく。

「おい、ちゃんと歩け」

 蹴られてつんのめりそうになるが、鞄から目当てのものを取りだし鞄を投げ捨てる。それに気を取られた背後の手下に、まず一発かます。

「うぐっ」

 閃光が迸り、全身を痙攣させた後にその手下は地面に倒れ込んだ。

 残りは四人。

 運が悪ければ、この時点で詰みになっていたことは言うまでも無い。が、運が良いことにこの時、予想外の反撃にリーダー以外が狼狽えていた。

「お前、なっ――」

 手にした銃器を忘れたように後退る飛びつき、再び同じようにお見舞いする。また閃光が迸り、全身を痙攣させた手下の一人は同じように地面に倒れ込んだ。

 残りは三人。

 リーダー以外の残り二人は、同じ場所の固まっていた。それを逆手にとって、足を掛けると二人同時に転ばせる。

「うわっ」

 慌てた声で転んだ二人に、前の二人と同じようにお見舞いしてやると全身を痙攣して動かなくなった。死んだわけではない、体に跡が残るかも知れないがただ気絶してるだけだ。

「俺の、勝ちだ」

 気絶した手下の一人の手から、銃器をひったくると最後の一人になったリーダーの方に銃口を向けた。ただ、これは完全なるはったりだ。普通の学生に、銃なんて扱えようはずも無い。

 ほぼ、これは賭けだった。

「はははは、面白い男だな。釘に電気を流したか」

 銃口を向けながらも、奴は上機嫌のようだ。

 その上、俺の攻撃の"タネ"を見抜いている様な言いぐさだ。もしかすると、俺のこの力の何かを知っているのかも知れない。

「お前、何か知っているのか!?」

「ああ、知っているとも。だから、我々と一緒に来い」

 そう言って奴は嫌らしい笑いをバイザーの奥で浮かべる。

 こんな仕打ちを受けて正直、腹が立たないわけでは無い。だが、長年謎だったこの力の謎を解決できるかも知れないという可能性は、ものすごく魅力的だった。

「ひとつ……一つ約束してくれ」

「なんだ?」

「天音――そこで気絶してる女の子は、関係ないんだ。普通に家に戻してやってくれないか?」

 袋小路の前で地面にうずくまっている幼なじみに目を遣る。幸いにも無傷で、ただ気絶しているだけだろうということがわかって安心した。

「なんだそんなことか。約束しよう」

 未だ不気味な笑みを浮かべたまま快諾してくれる。

「そうだ、自己紹介がまだだったな。私の名前は――」

「ストーップ!!」

 リーダーがバイザーを上げようとした刹那、辺りに声が響き渡りボロボロのローブを纏った人物が乱入してきた。手にした特徴的な十字の槍は、直前までそのリーダーがいたアスファルトに突き刺さっていた。

「君、駄目よ騙されちゃ」

 地面に刺さった槍を軽々と引き抜いて、こちらに向き合ったぼろローブの人物が笑っていた。驚くことにそれは女性で、初対面なのにどこか懐かしさを感じた。

「チッ、邪魔が入ったか」

「邪魔はそっちよ、ったく」

 焦りを浮かべるリーダーと、それを猫のように追い払おうとするぼろローブの女。こんな光景を見れば、どちらが怪しいかは誰にでもわかる。

 ただ、ぼろローブを纏っている人物が怪しいのには変わりない。あくまで比較すればの話であるのはわかっているつもりだ。

「今回は大人しく帰るが、また君を迎えに来るからな」

「諦めて帰りなさい!」

 踵を返して去って行くその背中に、ぼろフードの女は怒声を浴びせていた。




 ――同日、午後七時二十五分。

 我が家、紫堂宅のダイニングで俺、紫堂虎は何故か修道服を纏った女性と食卓を囲んでいた。

 何故こうなったのかは簡単な話。あのぼろローブの女が、この今まさに大飯を食らっている修道服の女なのだ。

 この女性、自分の名前をただ梢子しょうことだけ名乗った。細かいことは、後で話すからと言って、我が家へとやってきたのだった。

 天音はといえば、どうにも目を覚ましそうも無いのでおぶって彼女の家に送っていった。恐らく、目を覚ましたら恥ずかしそうな顔で怒るのだろうと思うと少し面白かった。

「久しぶりの白米はおいしいわー」

 そんなことを言いつつ、どこかの吸引力の変わらない掃除機のようにすごい速度で多めに炊いた米をどんどん平らげていく。そう、遠慮は一切なしだ。

いや、遠慮はあったかも知れない。言葉だけだが。

「ごめんねー、久し振りに頑張ったからお腹空いちゃって」

「はぁ」

 これは別の意味で言葉が出なくなる。

 だってそうだろう、多めに作ったおかず達も多めに炊いた白米も殆ど底を尽きかけているのだから。衝撃的なその光景ゆえ、俺の食欲が既に無くなっていたのは幸いだったのかもしれない。

 程なくして、すべての食材が尽きたのは想像に難くないだろう。

きみ――いや、紫堂虎君。話があるの」

 食後のコーヒーを飲みながら、梢子さんは話を切り出した。その表情は、先程までとは打って変わってひどく真剣な表情だった。

 

 

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