第37話 宣戦布告かよ

「ふあぁ……よく寝たぁ。……って、どーしてみんな揃ってるのぉ?」

 保健室のベッドで身体を起こした濱名が、大欠伸をかましていた。まるで状況を理解していないらしい。

 見ている俺たちは開いた口が塞がらなかった。

 あの後、越智さんがクラスから浦田と和賀、将輔、遼平を寄越して、モップの柄と暗幕で作った即席担架で濱名を保健室へと運び込んだ。越智さんは和賀の代わりにクラスの方を手伝っているそうだ。和賀と濱名は仲がいいから、気を遣ったんだろう。

 息はしているものの、中々目を醒まさない濱名に気を揉み、やっと目覚めたと思ったらこの反応で、安心したもんやら、拍子抜けやら……。

「しおりん、本当に大丈夫なの?」

「そーだよぉ、しーちゃん!」

「汐莉、無理しちゃダメだって」

 順に、浦田、幸、和賀のありがたいお言葉だ。

 対して、濱名は目をぱちくり。

「大丈夫も何も、どーしてあたし、保健室で寝てるの?」

「えーっ! しーちゃん、何も憶えてないの? ……まさかとは思うけど、天文部のプラネタリウム観たのも?」

「へ……? あたし、そんなの観に行った憶えないよぉ?」

「……はぁ?」

 これには、その場に居た全員が口をあんぐりだった。

 濱名が無事だったことは素直に喜びたい。

 これからの一大イベント、夕方からの行灯行列への参加も、保健室の篠崎先生が「大丈夫」と太鼓判を押してくれたんで、幸も浦田も和賀も胸を撫で下ろしていた。

 残る問題は、濱名が天文部の催事に行ったことを憶えていないってことだが、これからの慌ただしさの前には些細なことで、単なる濱名の記憶違いってことになりそうだ。

 果たしてそれを気にしているのは、俺と幸の二人だけだった。

 みんなで教室に戻る途中、幸がぽつりと言った。

「……何だか、不安がいっぱいだよぉ」

「言っちゃ悪いが、『身から出た錆』だぞ。だがな、俺が居るんだから、安心しとけ」

 幸の話だと、天文部内でもあの「雲の壁」話は持ちきりで、内心落ち着かなかったそうだ。

 その後、俺と幸は二回目の執事とメイドをこなし、後は本日のメインイベントである行灯行列とファイヤーストームを残すのみとなった。

 だが、濱名の事件はずっと幸に翳を落としていた。

 当の濱名は元気なもので、浦田や和賀と盛り上がっている。

 そんな中、浦田が俺のところにやってきた。

「ねぇ、えーたろーくん。みゆってばどうしたってのよ? 何だか元気がないんだけど。本人に訊いてもさ『何でもないよぉ』とは言うんだけど、ちょっと気になるのよね……」

 流石というか、何というか。……だが、本当のことを話す訳にもいかない。ここはテキトーに誤魔化しつつも、浦田に幸を引っ張ってもらわないとな。

「……ん? まぁ、確かにそう見えるかもな。今年の学祭……あいつは忙し過ぎんだよ。クラスの催事に、天文部。更に加えて放送局でステージアナだ。だから、ちょっと不安があったり疲れもあんのかもしれない。だからよ、ハッパ掛けるためにも、行灯行列の声掛けをお前と一緒にやらせてやってくんねーか?」

 浦田は二つ返事だった。

「元気のないみゆは、勢いのないあたしと同じだもんね! オッケー! あたしが引き摺り回してやる! ……おーい、みゆ!」

 浦田の後ろ姿を見送って、俺は担ぎ手に回った。

 ウチの学校の行灯行列は、青森のねぶたみたいに山車を引っ張るんじゃなく、行灯を神輿のように担いで回る。大きさも様々でそこはクラスの力量に掛かっている。

 恐らくは空元気の幸と、正真正銘絶好調の浦田の掛け声がクラスを引っ張っていく。

 途中はロボット行灯の腕を動かし、目を光らせ、モチーフになったロボットアニメの主題歌を唄って市内のメインストリートを練り歩く。

 その途中、信号待ちをしていたときだった。

 何気なく見上げた街頭ビジョンに、俺の目は釘付けになった。

「お、何だかカッケー!」

「うんうん、いいアングル!」

 将輔と浦田が街頭ビジョンを指さし、その映像に魅入っている。

 声につられて、全員がそれを見つめた。

 雲の壁を背に悠々と浮かぶ飛行船――俺にはどう見ても、今朝の雲散霧消事件でできた、ここの上空にある雲の壁にしか見えなかった。

 映像はその中心に映る飛行船にゆっくりとズームインしていく。その胴体部分には――Spiral Enterprises の文字があった。

 背筋に氷を入れられたような冷たさを感じた。

「……宣戦布告かよ」

 いつの間にか、幸が俺の袖口を掴んでいた。手の震えが伝わってくる。

 幸の頭に手を乗せて、撫でる。

「心配すんな。俺が絶対に護るって言ってんだろ!」

 まだ、本格的に来てる訳じゃない、もしかしたら、俺たちを炙り出す為の罠かもしれない。だとすると、下手にこっちから動くのは危険だ。

 ……幸とミユキの使った、なんとかブラスターのツケは随分と高く付いたな……だが、やっちまったものは仕方ない。こうなったら、その分幸にはしっかり学祭を楽しませないと。

「……幸、今はスパイラルのことは忘れろ! 学祭を楽しめ! 行灯行列済んだら、次はファイヤーストームだぞ。明日になれば一般公開だ! 多分、タカ姉だって――」

「ありがと、おにーちゃん! ……わたし、決めた! もー、開き直っちゃう! ……高い買い物しちゃったみたいだから、元は取らないとね!」

 俺の唇に指を当てて、幸は笑っている。もう、震えていなかった。

 幸は俺にVサインを残し、浦田のところに小走りで戻っていく。

「さぁ、みんな! あと、一息だよっ! 気合い入れてっちゃおー!」

 ……恐らくは開き直りの空元気だろうが、「空元気も元気のうち」だ。

 俺は今まで以上にデカい声を張り上げて幸の掛け声に応えた。

「おーし! 行こうぜ、お前らっ!」

「おっしゃーつ!」

 約二時間の行灯行列。

 俺も幸も、浦田も将輔も遼平も、クラスの全員が揃っていい顔して、行灯担いで学校に戻ってくる。

 既にファイヤーストームの場所にはそれなりデカく炎が暗くなった校庭に鎮座している。俺たちより先に戻ってきたクラスの行灯たちが、最後のお勤めを果たしていた。

「よーし、みんな! このまま行灯をぶち込むわよォ!」

「りょーかい!」

 浦田の声に、将輔が相槌を打ち、俺をはじめ数名の野郎連中が行灯を担いで、ファイヤーストームに向かって走り出す。

「どっせーいっ!」

 掛け声と同時に行灯は俺たちの手を離れ、ファイヤーストームに突っ込んでいく。

 そして、一際燃え盛る炎。同時に上がる歓声。

 百周年の学校祭。百回目の行灯行列。

 その学校祭の為に、バカどもが踏んだお百度。

 そのバカどもの為に、それ以上のバカな行為で応えたバカ女。

 そんなものをすべて呑み込んで、ファイヤーストームは燃えさかる――

「みんな! お疲れ様ーっ! ありがとーっ!」

 感極まった浦田は、だだ漏れの涙と鼻水もそのままに、歓喜の叫びを上げていた。

 和賀と濱名ももらい泣き。

 将輔と遼平はそんな女子連中をやれやれと苦笑交じりに見ている。

 俺と幸は、少しだけそこから離れて見守っていた。

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