第38話 ちっくしょー!

 行灯行列の残滓が、それをじっと見つめる幸を浮かび上がらせる。炎に赤く染められた横顔に、何処か疲れが見え隠れしている。

 無理もない。濱名のアクシデント以降、ずっと気を張りっ放しだったろうからな。

「……おにーちゃん? わたしさ、どうなっちゃうんだろうね。しーちゃんのこともあったし、あの街頭ビジョンの件もある。……スパイラル・エンタープライズから逃れる方法なんてあるのかなぁ……」

「今は気にするなって言ったろ?」

 苦笑するしかなかった。

 さっきは開き直る、とは言ったものの、そう簡単に吹っ切るなんて、俺にだってできるかどうか分からない。

 確かに相手は強大だ。何せ、世界的な大企業だからな。

 濱名の件への関与は分からんが、飛行船の映像ではあからさまにスパイラル・エンタープライズの名乗りを上げている。

 堂々と宣戦布告してくるなんざぁ、俺たちを舐めてかかってるってことだ。……窮鼠猫を噛むってことを教えてやる!

 幸がぺろりと舌を出した。

「……えっへへー、冗談だよ! 開き直るって言ったでしょ! ……あ、そろそろ時間だ。わたし、放送部行ってくる。おにーちゃん、ここにいる?」

「ああ、お前が戻るまでは待ってるぞ。何があるか分からんからな」

「ありがと、おにーちゃん!」

 幸は最後に「あとでねー!」と笑顔で言い残して、校舎へと走って行く。

「……ったく、妙に気ぃつかいやがって」

 夜の帳は完全に辺りを覆い尽くし、校庭中央の行灯のなれの果てと校庭脇にある電柱の常夜灯だけが明るかった。

 今日の学祭は終わったようなものだった。予定されたプログラムは全て消化し、最後であるファイヤーストームもあと一時間もすれば終わりだろう。

 既に家に帰った生徒もいれば、明日の準備の為に教室に戻った輩もいる。そして、ファイヤーストームを最後まで楽しもうって連中がここに残っている。

『こちらVOK、アナウンサーの佐寺幸でーっす!――』

 電柱に据え付けてあるスピーカーから幸の声が流れてくる。途端にデカい焚火の周りから歓声が上がる。ちなみに、VOKとは「Voice of Koryo」の略であり、放送部の別名だ。「ボケ」と呼ぶのも慣例だ。

『――みんな、学校祭、楽しんでますかー? ここからは毎年恒例のフォークダンスターイム! ……本当は最新ヒットのダンス・ミュージックでも流したいんだけど、ごめんなさーい! ……それじゃぁ、まずは定番、オックラホマ・ミキサー、スタートぉ!』

 煽るような幸の紹介だが、流れてきたのは、あののんびりした陽気な音楽だ。

 少しずつ終焉に向かっていく行灯の焚火を取り囲み、適当に並んで、適当に踊る。

「あ、えーたろーくん」

「衛太郎、踊らねーのか?」

 将輔と浦田が声を掛けてきた。

「踊らねーよ。メンドーだ。……何だか疲れちまってよ——」

 お百度参りの疲れも抜けきってないところに、行灯行列でわっしょい、その上スパイラルから宣戦布告のおまけ付きで、正直ぐったりだ。

「——だから、ここで寝てる。お前等は楽しんで来いよ。……特に浦田、実行委員お疲れさん! まだ終わった訳じゃねーが、ここまではお前の尽力で大成功だろ?」

「な、何言ってんのよ、えーたろーくん! そんなの実委の仕事よ、仕事」

 照れているのか、ちょっとしどろもどろの浦田に将輔が含み笑いをしている。

「将輔もちゃんと浦田をエスコートしてやれよ!」

 今度は俺が含み笑いをする番だった。

 ファイヤーストームを囲む輪に向かって走って行く二人を見ながら、俺は芝生に寝転がる。

 曲はオクラホマ・ミキサーからマイム・マイムへと変わっていた。

 ……幸の奴、戻ってきたら、「おにーちゃん、踊ろうよ!」ってまたせがんでくるんだろーなぁ。

 俺は鼻を鳴らして苦笑を浮かべていた。

 だが、幸は待てど暮らせど姿を現さなかった。

「あれ? 衛太郎――」

 のっそり起き上がって振り向く。

「――お前、こんなとこで何してんの?」

「なんだ、遼平か。幸待ってんだよ。戻ってくるとか言って、さんざっぱら待たせやがって。……遼平、何変な顔してんだ?」

「だってよぉ、佐寺、さっきお前が待ってるって体育館の方に走ってったぞ?」

「――!」

 俺は遼平の肩を掴んでいた。

「どーゆーことだ、そいつぁ! それって、どのくらい前だ!」

「ご、五分くらい前……かな」

「サンキュッ!」

 半ばボーゼンとしている遼平の肩を叩いて、跳び出した。

 迂闊だった。校内で仕掛けてくるなんて思わなかった。しかも、どうやって幸にニセの情報を掴ませたんだ? ちっくしょー……考えが甘かった! タカ姉になんて釈明すりゃいーんだよ!

 取り敢えず、体育館方面に向かって跳び出したはいいが、間に合うのか?

 いきなり、ポケットのスマホがけたたましい音を立てた。それこそ、ロボットアニメとかの非常事態の警報音だ。

 手にしたスマホの画面は全体が赤く明滅し、画面には「ALERT!」の文字が躍る。

 タップした途端にミユキの姿ホログラフィが立ち上がる。

「――伊東衛太郎! 気付いているとは思うけど、幸がスパイラル・エンタープライズに拉致されたわ。現状では相手は一人。黒いライダースーツに身を包んだ人物よ。性別は不明。現在位置をこれから表示するわ。マップ表示後は音声による案内に切り替える。ヘッドフォンの準備を」

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