第36話 なして天文部に行く?

「うう、おにーちゃん! 残念だけど、わたしは部活にも顔を出さないといけないのぉ! 本当は……本当は、おにーちゃんと一緒にぃ――」

「ハイハイ、分かった分かった。……じゃ、悪いけど、越智さん、幸のこと頼んます。テキトーな時間になったら、放送部に追い出してやって下さい」

 全く、もう少し大人しく部活に顔出せないのかよ、お前は!

 幸の頭をわしゃわしゃ撫でながら、俺は越智さんに頭を下げた。

「はい。……でも、涙目の幸ちゃん連れてくのは、何だか人買いになった気分ですねー」

 越智さんは苦笑しながら、俺に手を伸ばす幸を引きずっていった。

 それを見送って、俺は頭を掻いた。

 朝方の雲散霧消事件もあったから、本当であれば、幸と一緒に居てやるべきなのかもしれない。だが、あいつにゃ部活もあるし、その間は誰かと一緒だ。そこを狙われることはないだろう。それに、今日は学校開放じゃない。外部からの侵入は無理だ。

 まぁ、黙ってたって、二時間後には、厭でも一緒に執事にメイドだからな。

 さて、束の間の命の洗濯。どうしてやろうか。

 とは言え、特に見たいものある訳じゃなし、俺は賑やかな校内をうろうろと当てもなく彷徨い、最終的にたどり着いたのが、天文部の展示だった。

「……」

 これには我ながら閉口してしまった。

「まぁ、えーたろーくん! 私に会いに来てくれたの?」

 またしても、徳永先輩だ。

「あ、いえ……そーゆー訳でも」

「あはっ、冗談よ。幸は仁美ちゃんと一緒に理科実験室でプラネタリウムの担当なの。よかったら案内してあげるわ」

「……あ、よろしくお願いします」

 こうして案内された理科実験室。

 既に番組は終盤に向かっていた。

 本物のプラネタリウムと違って、四角い天井に映す簡易のものだが、その解説を幸が行っていた。機械を操作してるのは越智さんだ。

「――では、最後に今夜の星空はこんな感じです。大体、午後九時頃かな。それが、三時間も過ぎると、空は秋から一気に冬になっちゃいます。学校祭が終わっておうちに帰ってから、余裕がある方は観てみて下さいね! ……それじゃ、これで終わりでーす!」

 ……ホント、幸は星の話になると生き生きとしてるな。

「何か、質問のある方はいませんかぁ?」

 幸は会場に声を掛けるも、会場からは反応がなかった。

 青少年科学館だと、小学生の参加者とかから質問が飛び交うこともあるが、ここは学祭の簡易プラネタリウム。しかも、観ているのが校内の生徒たちともあれば、そんなのが飛び出すはずもない。

 謂わばこれは、「お約束」の〆だ。

 しかし――

 すっと、会場から手が上がった。

 珍しいな、と思い、手を上げた人物を確認する。

「……濱名?」

 意外な人物に俺は驚いた。ウチのクラスの濱名汐莉がその場に立ち上がった。

 ……へぇ、あいつがねぇ。そういや、濱名は美術部だったっけか。同じ文系クラブのよしみで見に来てたのか。

 普段は幸と並んでおっとり口調の濱名が、珍しくはきはきと質問をする。

「プラネタリウムとは関係ないんだけど、今朝のあの天気……晴れ間の両脇に雲の壁みたいのができたのは、どんな原因なの?」

「――!」

 幸は動揺の色を隠しきれなかった。

「……ど、どーゆーこと……かな?」

 今までの流麗な話し方から一転、たどたどしく話す幸。見ている俺の方が痛々しくなってくる。

 濱名の奴、何だってそんな質問を……。

「あの気象現象は不可解だと……思わ……」

「――しーちゃん!」

 突然、糸の切れた操り人形マリオネットのように、濱名がその場に崩れ落ちた。

 理科実験室は緊迫した静寂に包まれ、次の瞬間、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

「しーちゃん……しーちゃんってばぁ!」

 俺は濱名に駆け寄り、奴を揺り動かしていた幸を抑えた。

「駄目だ、幸! 動かすな! ……越智さん、濡れタオル、ウチのクラスから持ってきて!」

「分かりました!」

 越智さんも血相変えて、理科実験室から飛び出した。

 何がどうしてどうなれば、こんな状況になるのか分からんが、濱名がいきなりぶっ倒れたのは事実だ。

 倒れた原因も分からんし、濱名が何故、藪から棒にあんな質問をぶつけたのかも分からない。更に、その質問をしている最中に倒れたってのも気になる。

 まさか……スパイラル・エンタープライズの……!

 何だか、悪い予感しかしなかった。

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