第34話 やっちまいやがった

 半分寝かかった状態で食堂に行くと、親父とお袋が朝のニュースを見ながら、朝飯を食っている。

「おはよう」

「お早う、衛太郎。お前、夜中に出掛けてたが、夜走りか?」

「あの雨ン中走るほど酔狂じゃねーよ」

 寝てなかったのか、親父は。

 欠伸混じりに「いただきます」をして、まずは汁椀に手を伸ばす。

 テレビは全国ニュースから地方のローカルニュースに切り替わったところだった。

『ここからは道東のニュースをお送りします。……はじめに、道東の一部上空に、真直ぐに伸びた幅約二十キロにも及ぶ雲の切れ目が観測されました。また、それができる直前に閃光が走っていたことも観測されており――』

 何気なくニュースを聞いていた俺は、味噌汁を危うく噴き出しそうになったが、味噌汁の代わりに吹き飛んでいったのは、頑固に居座っていた眠気だった。

「どうしたんだ、衛太郎!」

 親父とお袋が目を白黒させてこっちを見ている。

 口に残る味噌汁を無理矢理呑み込んで、少し咳き込む。

「……いや……何でも、ない」

 ……テレビのニュースになっちまってるじゃねーか!

 大急ぎで朝飯を平らげ、「ごちそうさま!」と一言残して、自分の部屋へと駆け上がる。

 そして、充電中のスマホを引っ掴んで、画面をタップした。

 机に置いたスマホの画面から、ミユキの姿ホログラフィが立ち上がる。

 俺は間髪入れずに喰って掛かった。

「おい、ミユキ! どーゆーことだよ! 昨日のアレ、俺はたまたまだが見ちまった。アレは流石にマズいんじゃねーのか!」

「――アナタから連絡なんて珍しいとは思ったけど、やっぱりそのことだったのね。ワタシの方でも確認したけど、今朝方のポジトロン・ブラスターでの雲散霧消がニュースになっているのはこの地方だけ。全国ニュースにはなっていないわ。……しかし、スパイラル・エンタープライズには察知されている可能性は高いわね」

「なんてことしてくれたんだよ! これで、幸に何かあったらどうするつもりなんだ!」

「――でも、それは幸自身の意思よ」

 ミユキはきっぱりと言った。

「――ワタシは幸の身の安全も大切だけど、幸自身の意思も尊重する。大した目眩ましにはならないかもしれないけど、ポジトロン・ブラスターの利用履歴は削除したわ」

「てゆーか、どうして<STARS>がそんな武装をしているんだ? あの人工衛星群は軍事衛星じゃないんだろ」

「――そこはワタシにも回答不能。人工衛星の設計はスパイラル・エンタープライズによるもの。ワタシはその人工衛星に搭載されている量子コンピュータの一部分に過ぎないわ」

「……」

「――だけど、伊東衛太郎の心配ももっともかもしれない。これまで以上にスパイラル・エンタープライズからの不正アクセス、及び動向を監視しておくわ。詳細レポートは後ほど送付しておくわね。それじゃ」

「おい、待てよ!」

 俺の言葉なんかはまるで無視して、ミユキは一方的に通信を断った。

 面倒なことになった。

 少しは事態が好転したと思ってたのが、またも一気に不安だらけになってしまった。

 がっくりと肩を落として、家を出た。

 あの衝撃的な出来事まで降っていた雨は、その名残を地面に残すのみだった。

 見上げた空は雲一つない快晴――に近い感じだが、ちょっと風変わりだ。

 俺の真上の空は薄いすじ雲が少し漂う高い空。その左右には灰色の壁がそびえていた。言うまでもなく雲の壁だ。

 晴れていることには間違いないが、見るからに不自然だ。

「おにーちゃーん! おっはよー!」

 ノーテンキな声が駆け寄ってくる。

 俺は心底頭を抱えたくなった。

「……おに……ちゃん?」

 俺はいかにも不機嫌そうな顔をしていたんだろう。幸が困ったような顔をした。

 それでも、幸はそれを取り繕おうと満面の笑顔になった。

「おにーちゃん! みんなのお百度参りのお陰でちゃんと晴れたよ! 百周年の学校祭だよ! 楽しみだなぁ。ねぇねぇ、おにーちゃん? 一緒に回ろうよぉ」

 俺の腕を掴んで、ぶんぶん振り回す幸。

 ……全く、こいつは。

「……幸、俺が知らないと思ったら大間違いだぞ! ……夜中にあんなど派手なことやらかしやがって。スパイラルにバレたらどーするつもりなんだよ!」

 幸が目を丸くしてかちこちに固まった。

「……あ、あわわわわ」

 俺は目元を押さえて俯いた。

「もう少し、自分の置かれている立場ってもんを考えろよ。今朝のテレビのニュースもなってるくらいなんだぞ!」

 幸はがっくりと項を垂れる。その肩が小刻みに震えていた。

「……分かってるもん、自分の立場なんて。……分かってるもん、どれだけ目立つことやっちゃったのかだって。……でも、分かってるんだもん、おにーちゃんが、ともっちが、結城くんが、みんなが学校祭の為にお百度参りしたことも。わたし……みんなで一緒に笑いたいんだもん! 学校祭で一緒に楽しみたいんだもん! ……だったら、わたし一人が泥被ったっていいんだもん……」

 幸はそう言いながら、目に一杯の涙を溜めていた。

 ……相変わらず、自分のことよりも他人のこと優先で考えやがる。本当に幸って奴はバカ丸出しのお人好しだ。本当に昔っから変わってねぇ……。

「バーカ! お前が泥被るってんなら、俺も一緒に被ってやんよ。スパイラルがなんだ! 俺が絶対に護ってやるから安心しとけ! それが、『兄貴』ってもんだ! それと……だ。折角、お前が『雨のち強引に晴れ』にしたんだから、最初っから最後まで学祭を楽しまねーと承知しねーからな! 憶えとけ! ……ほれ、行くぞ!」

 俺は先に歩き出す。

 幸が無言で俺の背中に飛び付いた。

「おいおい、学校までおぶってけってのか?」

「……おにーちゃん……だいす……」

 くぐもった声が耳をくすぐった。

「あン? 何だって? ……大豆がどーかしたのか?」

「おにーちゃんの……バカ」

 幸が背中に顔を押しつけてきた。

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