第33話 何が起こったんだ?

 角を曲がり、自宅の横を通り過ぎたところで、足がぴたりと止まった。

「――おにーちゃんったら、一人でお百度参りなんか行っちゃってぇ――」

 幸の声だ。

 反射的に身体が声の方に向いた。

 幸はベランダに出て、明かりの灯る俺の部屋を見ていたが、程なく空を見上げる。

 俺はこっそりと道を戻り、幸の家の塀に張り付いていた。

「……あいつ、まだ起きていやがったのか」

 幸は俺に気付いた様子はなかった。ミユキも俺を感知していないんだろう。

「――でも、おにーちゃんの気持ちは分かってるよ。わたしに無理をさせたくないから、頑張って一人でお百度を踏んでくれたんだよね? ……ありがと……嬉しいな――」

 こんな風に言われると照れる。面と向かって言われるよりも、物凄く照れる。

 雨に打たれて身体は冷え切っているはずだが、何だか熱くなってくる。

 ……あんにャロー、ミユキに頼んで、俺のトレースしてやがったな。

「――だからね、わたしはおにーちゃんのお百度に応えるよ! ……細越くんが言ってたよね、『雨雲を吹っ飛ばせたらいいのによ』って。でも、わたしには雨雲は吹き飛ばせない。でもでもぉ、『消す』ことはできるかも――」

 俺は思わず叫びたくなるのを堪えていた。

 雲を消すってどーゆーことだよ。

「――ミユキ? 準備はいい? ……まずは状況を教えて。……ふむふむ、なるほどね。それじゃぁ……わたしのいる位置を中心として、幅十キロメートルくらいにある雲だけ蒸発させて、地上には影響が出ないポジトロン・ブラスターの出力と目標座標を計算してくれる?」

 幸とミユキは一体何をするつもりなんだ? それに、ポジ……何とかってなんだよ。

「さっすがぁ、ミユキ! それじゃぁ、エネルギー充填開始! ……オッケー。ミユキの方でカウントダウンを開始して」

 エネルギー充填? ……って、何をするってんだ?

「2……いーち……ゼロ!」

 幸のカウントダウンが終わりを告げると同時に、上空のところどころに閃光が弾けた。そして、真上の雲全体が一瞬目映い光に包まれたかと思うと、雷鳴を甲高くしたような大きな音が響く!

「――!」

 何なんだよ、今のは!

 こめかみから別の汗が流れた。

 何事も無かったように空が静まった頃、少しだけもわっとした、この時季にしては暖かすぎるほどの微風が俺の頬を撫でていく。その代わりに少し前まで降り注いでいた雨粒は一つも落ちてこなくなった。

「……」

 見上げた空には雲は無く、少し白みかけた星空があった。

「あ、雨止んだ! やったー、ミユキ、上手くいったよぉ! ……うん、うん。……これで、安心して眠れるよ! 色々大変だったよね、お互い。……そーだね。これは、おにーちゃんのお手柄ってことで! ……うん、ありがとね。おやすみー!」

 カラカラとサッシの閉まる音がした。

 部屋を見上げたときには、もう部屋の明かりは消えていた。

 幸め……。何が俺のお手柄だよ。

 とんでもないものを目撃したこともあって、俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。だが、今の俺はかつてないほどの疲れと眠気に苛まれていた。とにかくとっとと休みたい。

 何とか部屋に戻った俺は、ずるずるとベッドに潜り込み、時計を確認する。

「四時か。少しでも寝とかないとな」

 時計を枕元に置いた途端、目覚ましが鳴ったような気がした。

 手を伸ばして時間を確認する。

「……もう七時かよ。全然寝た気がしねぇ」

 普段の俺であれば、三時間も眠れば特に問題ないんだが、昨夜というか今朝のというか、その疲れはほとんど抜けていなかった。

 今日から学祭だってのに、このザマ。少しはしゃきっとしないと、幸に振り回されたままで終わっちまう。

 まずは熱いシャワーでも浴びて、目を醒まさないことにはやってられない。

 風呂だったら入るのが厳しいくらいの温度にしてシャワーを浴びるも、しつこい眠気は俺にへばりついたままだった。

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