第30話 出来ることはやった

 遂に学校祭は明日へと迫った。

 準備は、ほとんど片付いたようなもんだが、最後の調整って奴で、部活がないクラスの連中は全員があーだこーだとやっている。

 浦田も例の一件後は、いつも以上に率先してクラスの連中を牽引してくれた。

 その浦田の指揮の下、幸や和賀、越智さんも含めて、女子も一丸となって、クラスの催事だしものの準備をしていた。

 遼平のバカが、「ウチのクラスはよ、野郎のが多いんだから、世間で流行の『執事喫茶』やるってのはどーよ。食い物扱うのは当たり外れねーって言うしよ」、などと口走ったお陰で、女子どもがこれに迎合、あっさりと催事は執事喫茶となった。

 男子の方はと言えば、行灯作りに全力投球。

 俺たちの行灯は、昔流行ったロボットアニメがモチーフだ。上半身だけだが、首や腕が動いて、目からは光線まで出る。……赤セロハンで覆った懐中電灯だがな。

 青森のねぶたとまでは行かないが、それなりの出来に全員が満足している。これなら、行灯コンテストで上位入賞も狙えるんじゃないかと、ほくそ笑んでいた。

 だが、一生懸命なのはウチのクラスだけの話じゃなく、全学年全クラス、学校全体だ。

 各々おのおのが各々の思いを込めて、それぞれがそれぞれのベストを尽くす。それが学校祭当日までのカウントダウンと共に熱くなっていく――これが祭りの熱気って奴だ。

 学校祭初日の明日は休校だ。

 学校内だけの公開の後、行灯行列を皮切りにして前夜祭の幕を開ける。これを通じて、ウチの学校祭を校外に向けてアピールをするのだ。

 市内中心部をクラス単位で作り上げた行灯を担いで練り歩き、校庭に戻ってきたら丹精込めて作った行灯に労いの気持ちを込めて、ファイヤー・ストームとして最後の仕事をして戴く。

 その余韻を胸に、土曜日曜の一般公開で保護者や他校の生徒、近所の方々へ俺たちの祭りを存分に堪能してもらうのである。

 ……だが、心配がない訳じゃない。

「どーだ、衛太郎! この腕の角度を少し持ち上げただけで、この迫力だ!」

「お、やるじゃねーか。うん、いい感じだぜ」

「将輔、あっちの補強しとかなくていーんか?」

「ああ、オッケー」

 遼平の言葉に、将輔が金槌持って、釘を打ち始める。

 俺は中庭の一角にあるウチのクラスの行灯作りに精を出していた。一応は出来上がってはいるものの、細かな仕上げや点検作業だ。

「にしてもよぉ……明日は大丈夫だよな?」

 物凄く不安そうな声が遼平の口から漏れた。

 その言葉に、俺は半ば反射的に見上げる。俺につられて、将輔も上を向いた。

 空は暗い。

 もう時期も時期だから、夏に比べりゃ陽の落ちる時間は早い。だが、それだけが理由じゃなかった。

「……」

 その場に居た全員がデカい溜息を漏らし、腕を組んで俯いた。

 少し重苦しい雰囲気は、そのまま今の空模様を表したかのようだった。

 見るからにぶ厚そうな雲が空一面を覆っている。雨が降る素振りを見せないのならまだしも、確実に降ってきそうな感じがする。

 スマホでミユキに連絡とって、今後の天気を訊いてもよかったんだが、その結果を聞いてがっくりするのも嫌だったんで、敢えてしなかった。

「……でもよ、オレたちは『人事を尽くした』訳だし」

「後は『天命を待つ』ってか?」

 どこか諦め感の漂う将輔が遼平の言葉尻に乗っかって、俺たちは苦笑する。

「まーな。オレたちに天気はどーこーできねーもんな。……どーにかして雨雲吹っ飛ばす方法でもあればいーんだけどなー」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ」

 無茶なことを口走った遼平に呆れて、ここにいる全員が顔を見合わせるも、揃いも揃って引き攣ったような笑顔だった。鼻で笑いはしたモノの、内心はみんな同じような心持ちだったんだろう。

「それ、いい考え! そうだねー、雲を吹っ飛ばせればいいのにな! ……って、おにーちゃん、何踊ってんの?」

 いつの間にか後ろにいた幸に驚いて、俺は両手片足を上げて、盆踊りのような姿勢になっていた。

「……何だってんだよ、幸」

「うん、衣装が全部できたから、合わせに来て下さいってお知らせだよ!」

「あー……」

 クラスの催事である執事喫茶をするに当たって、男子は執事、女子はメイドの格好をすることになっている。

 その衣装を女子全員で作っていたのが、やっと揃ったってのか。

 正直、俺は乗り気じゃない。何が悲しくてそんな格好せにゃならんのだ。その上、「お帰りなさいませ、お嬢様」だの、「いらっしゃいませ、ご主人様」だの口走らないとならんとか、どんな罰ゲームだよ!

 行灯の微調整も大体終わったので、雨避けのブルーシートを掛けて、行灯作成班はぞろぞろと教室へ向かった。

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