第29話 心配すんなよ

 幸は差し出されたスマホを手に取り、画面をタップする。

 そして、驚いた。

「うわぁ! ミ、ミユキっ! いつの間にこんなアップデートしてたのよぉ!」

「――!」

 驚いたのは幸だけではなかった。

 俺のスマホは未だに幸の手の中で、俺からは画面を伺うことはできない。それでも、ミユキのアプリがアップデートされたことが手に取るように分かったのは――

「……ホ、ホログラフィ」

 俺の目にはスマホの画面から浮き上がった、幻影のミユキの後ろ姿が映っていたのだ!

「――二人とも何をそんなに驚いているの?」

 ホログラフィのミユキは、俺と幸を交互に見据えている。その表情も豊かに笑ってはいるが、聞こえた声は相変わらず抑揚のない声だった。

 ……本当に、ミユキは何処まで進化するんだ? この分だと、俺が多少の違和感を覚える「声」さえも本物と変わらなくなるのも時間の問題に思える。

 それと同時に、俺の持つスパイラル・エンタープライズへの懸念が一層強くなった。

 俺の目の前には幸、幸の手にある俺のスマホにホログラフィのミユキ――二人のミユキがいる。

「……幸の目と<STARS>が接続されていることは<STARS>の所有者であるスパイラル・エンタープライズには秘密だってことは、幸も知ってるよな?」

「うん、だから、わたしの目の秘密はバレちゃいけないんでしょ?」

「その通りだ。……だが、そのことは既にスパイラルにバレている可能性がある」

「……えっ?」

 幸はものすごく驚いた顔をしたが、ミユキの方は至って冷静に首肯する。

「――そうね。ほぼ知られていると言っても過言ではないわ。これは幸には知らせていなかったけど、実はこれまでに、<STARS 6th-Virgo>に対して、匿名による不正アクセスが二十八回行われているの。ここ二週間は行われていないけど。ワタシ――MIJUCIの保護機能プロテクトでその試みは全て失敗に終わっている。<STARS>にアクセスできるのはスパイラル・エンタープライズのみだから、匿名とは言え、明白だけど」

「がーん! ……知らぬは本人ばかりなり……うう、ショックぅ……」

 涼しい顔のミユキに視線を落とし、更には肩も落とす幸。

 俺は抱いていた危惧が現実のものだったことに、戦慄を隠しきれなかった。

「そうなのか! ……ミユキ?」

「――ええ。でも、わたしの保護機能は簡単に破れるものじゃない。ウィザードクラスのハッカーでさえ、最低でも一年以上かかると思うわ。先ほども報告したとおり、ここ二週間はそれらしき攻撃を受けていないから、その対策を練っている可能性は否定できないけど」

 抑揚のない声だったが、何となく誇らしげに聞こえたのは考え過ぎか。

「ミユキの言うことに間違いはないだろう。……だとすると、だ。生身の幸に手を出してくる可能性が高くなるかもしれん」

「えーっ! ……ねぇ、おにーちゃん、わたし、さらわれちゃうの!」

「馬鹿、んなこたぁ絶対にさせねぇ。俺が護ってやる。……相手は大企業だ。社会的な立場ってもんもあるから、人目のあるところじゃ強引な手筈にゃでないだろう。だから、一人にはなるな。人目の少ない場所ではできるだけ、俺かタカ姉と一緒に居るようにしろ。……だが、それにも限界がある。そのときには幸一人で対処しないとならない――」

「……わたし、足も遅いし、運動オンチだよぉ」

「まぁ、そのときにはミユキを頼るしかない。……もし、誰かに襲われたりした場合は、前に俺に電撃を喰らわせたことがあったろ? あのときみたいに、最大出力で電撃をくれてやれ」

「――なるほど。了解したわ、伊東衛太郎。有事の際には幸の位置情報などをあなたのスマートフォンに送るように設定するわ。あと、加えて何か有効な対策を講じておけるように準備しましょう」

「ミユキ……助かる」

 頼もしい助っ人と言えた。

「――では、これからいろいろと対策を講じてみるわ。調査も平行して行うから、結果は随時、伊東衛太郎のスマートフォンに送信させてもらう。それじゃ」

 ミユキの姿がかき消えた。

「……わたし……おにーちゃんやおねーちゃん、それにみんなの側に居ていいのかな……。今のミユキみたいに、さぁっと消えちゃった方がいいのかな」

 幸が思い詰めたように俺のスマホを見つめて呟いた。

「何馬鹿なこと言ってんだよ! 俺とタカ姉がどれだけ心配してると思ってんだ!」

「だからだよ! わたしなんかの為に、おにーちゃんもおねーちゃんもすっごく心配してくれてる……わたしが居なくなればそんな心配から解放されるんだよ? それに、わたしを護ってくれるって言うけど、そのときにおにーちゃんが怪我でもしたらどうするの? もしかしたら、死んじゃうかもしれない!」

「あのなぁ……俺もタカ姉も、何もお前の為だけにやってるって訳じゃねぇ。自分自身の為にもやってんだよ。言い方は悪いが、お前のことはそのついでさ。……それにな、お前の辛気臭いツラなんざ見たくもねぇ。あとな、怪我なんざぁ、何やっててもするもんだし、いくら何でも死ぬってこたぁねーよ。殺人ってのは重犯罪なんだぞ?」

 幸俊おじさんのことが脳裏をかすめたが、それは敢えて無視した。あれは俺やタカ姉の予測に過ぎないし、今は半泣きの幸を納得させるのが先決だ。

「だからいつも通りでいてくれ。昔から言ってるだろ? 『お前は俺の妹だ。兄は妹の為に色々やってやるんだ』ってよ。……まずは、学祭を楽しもうぜ! 俺も今日はサボっちまって悪かった。明日からしっかり手伝うからよ、今日のところは勘弁してくれ」

 幸は半泣きながら、笑顔で大きく頷いた。

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