第31話 準備万端!
何とも暗澹たる気分の俺とは対照的に、執事喫茶のアイデアを出した遼平は口角を上擦らせて何ともご満悦な表情だった。
「……俺様の颯爽たる執事姿見たさに、校内の女子が殺到するに違いない!」
「何言ってんだよ、おめーの場合、執事じゃなくて『羊』だろっ!」
将輔がお約束とも言える、的確なツッコミを入れた。
幸はその様子を見ながら、クスクス笑っている。
「……わたしはね、おにーちゃんの執事姿って絶対カッコいいと思うんだぁ」
「はいはい」
俺は溜息交じりに、教室の引き戸に手を掛ける。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
扉を開けた途端、恭しくも大仰な会釈がずらりと並んでいた。
ゆっくりと身体を起こし、戸口に固まった俺に微笑を向けていたのは、浦田をはじめとするクラスの女子たちだった。全員がメイド衣装に身を包んでいる。
俺の横から、幸が割り込んでくる。
「わぁ! すっごーい! カワイイ! みんな、バッチリきまってるぅっ!」
両手を組んで、キラキラ瞳の幸がうっとり顔になっていた。
「ほら、みゆもあっちで着替えておいで! 簡易のフィッティングルーム作ってあるから」
浦田が幸の背中をぽん、と叩いて、教室の奥に送り出す。奥の一角に、机を積み上げて暗幕を張った場所があった。
浦田が俺たちに向き直る。
「どお? 中々の出来だと思わない? 『執事喫茶』だったけど、これなら『メイド喫茶』でも行けそうな気がするわ」
腰に手を当てて、浦田はドヤ顔だ。
「……『冥途』の間違いじゃね?」
手を合わせながらボソッと漏れた将輔の呟きを、浦田が聞き漏らすはずもなかった。
「何だってぇ!? 将輔!」
思わず名前で呼んじまった浦田が将輔をシバいていた。
「バッカだねぇ……。成仏しろよ」
「……ったく、『雉も鳴かずば撃たれまい』だな」
俺と遼平は苦笑を漏らすばかり。
「おっ待たせー!」
幸の奴もしっかりメイド服に着替え、小走りに整列する女子の末席に並ぶ。
二年八組理系クラスの女子、総勢九名が、メイド服にて俺たちの前に整列した。頼んでも居ないのに、それぞれが好き勝手にポーズを取りだす有様だ。
「……」
俺も含めて、見ているヤロー連中は口をあんぐりだった。
呆気にとられているのか、魅入っているのかは分からんが、誰も一言も発することはなかった。
「ほら、何とか言ったらどーなのよ、野郎ども!」
俺たちの反応の鈍さに業を煮やした浦田は半ギレになる。
「いや……まぁ、いーんじゃねーの?」
復活した将輔がとってつけたような答えを返す。
「んもー、男子ったらぁ! 少しは褒めてくれてもバチは当たらないと思うけどな!」
浦田に便乗して、幸まで腰に手を当てて俺たちを睨む。
「げーっ!」
遼平がうんざりしたような声を上げた。……遼平、お前まで死にたいのか!
「ちょっと、細越、いくら何でもその反応は酷いんじゃ……って、げーっ!」
鬼の形相になった和賀が遼平に喰って掛かろうとした瞬間、奴の視線がメイドたちの向こう側に注がれている事に気付いて、和賀も振り向きざまに声を上げていた。
和賀の声と同時に、全員の視線が一斉に窓の外へと向いた。その中から少しだけ諦めと落胆の溜息が漏れた。
窓ガラスをかすめるように水滴が流れていた。それは次第にその数を増やし、俺たちの気分を一気に冷ますような雨へと変わっていく。
古い校舎の屋根を叩く音が次第に大きくなり、連続し始めた。
浦田は窓辺までつかつかと歩いて行くと、窓から空を睨みつけ、不敵な笑みを浮かべていた。
「上等じゃないの。……いいわ。あたしの努力と根性で雨なんざ吹き飛ばしてやる! あたしは今夜、神社にお百度参りでも何でもしてくるつもりだから、みんなもてるてる坊主を軒下にたっくさんぶら下げてよね!」
頭を振った浦田が、真剣な目付きで俺たちに告げた。
「……ったく、突っ走る気満々の実行委員だな。しゃーねぇ、俺も付き合ってやる」
将輔が浦田の肩を叩いていた。
それに続いて、「お百度参り宣言」がクラス中でやいのやいのと巻き起こる。
……全く、お祭り騒ぎの好きな連中だ。……ま、そんな奴らが揃ってるのが、ウチのクラスのいいところだがな。
それじゃ、俺も近くの神社でやってやるか。
「おにーちゃん、わたしたちも行こうよ!」
俺の考えを読んだかのように、幸が言った。
「俺たちは止めとこうぜ。……お前は明日から忙しいんだから、しっかりと寝ておかないとダメだ」
「……はぁい」
自分でもそう思っているのか、幸はそれ以上「行こう」とは言ってこなかった。
ま、お百度は俺に任せて、お前はしっかり寝てろ。それに、こういうのは一人でやらないと効果がないって聞いたこともあるしな。
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