第28話 依存しすぎだろ!
今週末に学校祭を控え、その準備は着実に進んでいた。
幸は生活そのものが学校祭一色だ。
クラスの一員として女子連中と一緒にクラスの
元気一杯楽しそうに毎日を駆け回る幸に対して、俺は色んなことが消化不良気味で、どこかやり切れない思いで一杯だった。
その原因の一端でもあるスマホを手にして、スリープ状態の真っ暗な画面を眺めていた。
俺のスマホに現れたミユキ――単なるアプリと言ってしまえばそれまでだが、三万六千キロ上空の人工衛星と「直接」話しているんだから驚きだ。
しかも、幸自身と話しているような錯覚さえ受ける。もっとも、ミユキは幸と違って喜怒哀楽に乏しく、沈着冷静。感情に任せて泣いたり怒ったりしないところは、本物よりも
実際に「会話」したのは、最初のセンセーショナルな初顔あわせを含めてまだ二回しかない。その内容も色々と「電話」に関する確認をしただけだ。
基本的にこのアプリは非常用であり、余程のことがない限り、ミユキから俺に連絡が来ることはない。だからといって、俺がミユキに話すようなこともないので、こいつは無用の長物になりそうだった。
このアプリにしてもそうだが、幸とミユキの周りは目まぐるしく変化し過ぎている。加えて、未だに見えることのないスパイラル・エンタープライズからの干渉――被害妄想かもしれないが、それでも心構えがあるのとないのでは大違いだ――に気を揉んでいた。
こんな状況がそうさせるのか、俺の中では学祭なんかは些細な出来事に成り下がっていた。百周年もへったくれもない。
「……あーあ」
何となく身体も重いし、気分も重い。
俺は適当な理由をこじつけ、学祭の準備をサボって高階医院の屋上に逃げてきた。
小煩い医学生は、一昨日から学会のお手伝いとやらで札幌に出掛けているようなので、見つかってあーだこーだ言われる心配も無い。
少しでも気分を変えようと、いつもとは違う方角から眺めていた。
前はこっちからも港が見えていたんだが、今は見えない。目の前には今春に完成したばかりのマンションがそびえているからだ。……そういえば、あそこにゃ越智さんが住んでるって言ってたな。
気分転換どころか、却って色々と考えを巡らす羽目になってしまった。
俺は未だに彼女への疑念を拭いきれないでいた。
クラスの誰よりも大人びた雰囲気を持ち、頭脳も美貌も併せ持つ――夏休み明けの全道模試ではぶっちぎりの一位だった。並み居る理数科勢を抑えて、普通科の生徒がトップに躍り出たのは、三十年振りだそうだ。
その割に天然ボケな部分もあって、クラス内での人気も上々、誰一人越智さんを悪く言う奴はいなかった。
だが、俺には何処かが引っ掛かっていた。具体的に説明できる訳じゃない。言ってしまえば、俺の勘だ。……まぁ、半分被害妄想気味の男の勘だから、自分でも当てになるとは思っちゃいない。
まぁ、今のところは平和な毎日だ。前にいずみ亭にてタカ姉と話した内容が全て、取り越し苦労の妄想だったんだろうか。
そうであれば、それに越したことはないんだがな。
「ん……?」
逆に考えてみよう。
スパイラル・エンタープライズの監視が既に付いていると仮定する。だが今迄、手を出して来る気配は全く感じられない……その理由はなんだ? この間に何があった?
幸の手術……幸と<STARS>の
「――!」
おぼろげながら答えが見えてきたような気がする。
……それは<STARS>の進化だ!
スパイラル・エンタープライズは<STARS>の更なる進化を見届けてから、幸ごと掻っ攫うつもりなんじゃないのか?
僅かな期間でこの進化だからな。更に時間を費やせば、もっと凄い進化が見られる、と踏んでいるに違いない。
加えて、ミユキそのものの進化も見逃せない。最初は「簡易人格」と聞いたが、もう既に「簡易」どころのものじゃない。完全な一個の人格と言っても過言ではないだろう。
こりゃ、今まで以上に警戒しないとならんな。……絶対に、妹に手出しはさせねーぞ!
「……」
すっかり高くなった空を見上げた。雲一つない、とまではいかないが、秋晴れのいい天気だ。将輔が言っていたように、週末の天気は雨マークが連続していたが、このまま晴れていてくれれば、幸も浦田も学校も大団円なんだがなぁ。
……せめて、学校祭が終わるまでは、余計なことを心配しないでいたい。
不意に、考えもしなかった問いが沸き上がってくる。
——どうして、俺は幸を妹として護りたいんだ?
「……いや、妹は妹だ」
自問自答はそんな回答しか出なかった。
「おにーちゃん!」
反射的に振り返る。
そこには肩で息をする幸の姿があった。
「……お前、どうしてここに?」
「だって、おにーちゃん居ないんだもん――」
俺の質問には答えていなかった。
「――おにーちゃん、どーしたの? ともっちと結城くんに訊いたら、家の用事で帰ったって言ってたし。でも、そんなのないってことはわたし、知ってたし。それに、このところずーっとウンウン唸ってるんだもん!」
「何だかメンドーだったんだよ。……それに、考えなきゃならんことが山ほどある」
「……わたしの……こと?」
どーしてこいつは妙に勘がいいんだ。
しかし、正直に話していいものなのか? 下手に話すとタカ姉に殺されかねん……。
俺は何をどう話したらいいのか、考えあぐねていた。
「わたしの……相手するのが……嫌に……なっちゃった?」
少し俯き加減の幸の声が、何だか鼻に掛かっている。……な、何を勘違いしてるんだ、こいつは!
「バカヤロ! 嫌になるならとっくに『おにーちゃん』なんか辞めてるわ!」
「よかったぁ……。わたし、おにーちゃんに、嫌われたら……すっごく困る」
鼻をすすりながら、俺の胸に顔を埋めてくる。
「……わーっ! 鼻啜るんじゃねぇ!」
全く何てことしやがんだ! コイツの場合、泣きながら俺に抱きついてきたときは、いつもこうだ。
「どんだけ、俺に依存してんだ、お前は! ……俺はなぁ、お前をどう護るか考えてたんだ!」
「わたしを……護……る?」
幸は俺を見上げて、きょとんとしている。
「……あっ!」
思わず口走ってしまった自分のうっかりさに頭を抱えた。幸のことをどうこう言えた義理じゃない。
「……どういう、こと?」
俺は観念して、溜息を一つ。そして、ある程度のことまでは幸に告げることに決めた。幸自身も警戒してくれた方が、俺も動きやすいと踏んだからだ。
「……いいか、よく聞け。幸に協力してもらわなければいけない事がある。それをこれから話す」
俺は自分のスマホを幸に渡した。
「……おにーちゃん?」
「それで、ミユキを起動しろ。これから話すことはお前たち二人に関係することだからな」
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